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巨大米国市場に挑む「抹茶のイノベーション」

Cuzen Matcha

日本人には馴染みの深い抹茶だが、家庭で本格的な抹茶を楽しむには茶道具が必要だった。そこで、家庭やオフィスで手軽に上質な抹茶を味わえるようにするためのイノベーションを起こしたのがWorld Matchaの塚田英次郎CEOだ。米国市場を皮切りに、日常の健康的な飲み物として、抹茶を日々の生活に定着させることに挑んでいる。取材・文=吉田浩

塚田英次郎・World Matcha CEOプロフィール

塚田英次郎
1998年東京大学経済学部卒業後サントリー入社。在職中の2006年スタンフォード大学経営大学院(MBA)修了。日米両国で21年間に渡り、新商品開発や新規事業開発に携わる。18年Stonemill Matchaを米サンフランシスコで立ち上げた後、退社。19年1月World Matcha Inc.を創業。20年10月、米国で抹茶マシン「Cuzen Matcha」を発売する。

米国で抹茶人気が高まっている背景

米国で深刻化する「カフェイン・クラッシュ」

 高さ34センチ、幅22センチ、重さ2.1キログラムのコンパクトな筐体と、シンプルで高級感のあるデザイン。一見何の装置かは分からないが、茶葉をセットし、水を注いでスイッチを入れると新鮮で濃厚な味わいの抹茶を家庭でつくることができる。このコーヒーメーカーならぬ「Matcha Maker」を開発したのが、米サンフランシスコに拠点を構えるWorld Matchaの塚田英次郎氏だ。

 「日々の生活の中で気軽に、健康的な飲み物である抹茶を飲んでほしい」―そんな思いで生み出した商品だ。

 コーヒーを飲む習慣が定着している米国社会で「カフェイン・クラッシュ」が問題になっているのをご存じだろうか。カフェインを摂取しすぎることによって疲労感や集中力の低下、眠気などを引きおこすことで、一部の高濃度製品に関してはFDA(アメリカ食品医薬品局)が販売停止命令も下している。最近では、タバコのパッケージに記された健康被害への注意書きのように、コーヒー豆売り場にカフェインの有害性について警告表示する小売店もあるほどだ。

 そんなコーヒー疲れのアメリカ人に、健康的な飲み物としての抹茶を広めるために塚田氏は2019年に起業。Matcha Makerと専用茶葉であるMatcha Leafを販売する事業を展開している。

Cuzen Matcha
「Matcha Maker」と専用茶葉「Matcha Leaf」

さまざまな飲み方が楽しめる抹茶

 塚田氏は起業する前、サントリーで商品企画や事業開発などに長年携わっていた。抹茶の可能性に着目したのは、同社の社員だった2018年にサンフランシスコでStonemill Matchaという抹茶専門カフェを立ち上げた経験からだ。

 高品質な抹茶をスパークリングウォーターで割ったり、ミルクと混ぜて抹茶ラテにしたりと、さまざまな飲み方を楽しめる同店は大繁盛。大きな手ごたえを感じていたが、開店からわずか数カ月後に本社から帰国命令が出されたため、独立して自ら抹茶の飲用機会を広げていく可能性を追求する道を選んだ。

 「コーヒーのように一時的に気分を覚醒させるのではなく、緩やかで健康的にエネルギーが湧いてくる抹茶を好むアメリカ人は増えています」と、塚田氏は語る。

抹茶ラテ
さまざまな飲み方が楽しめる抹茶

 抹茶に含まれるテアニンには、リラックス効果や睡眠の質を改善する作用、記憶力や集中力の向上といった効果があることが学術論文などで報告されており、実際にアメリカでは注目され始めている。ニューヨークやサンフランシスコといった大都市には、抹茶が味わえるカフェやバーも増えてきた。

 問題は、カフェで抹茶を楽しむ人々が増えても、家庭で高品質な抹茶を手軽に味わえないことだった。豆を挽いて飲む方法を誰もが知っているコーヒーとは違い、抹茶を家庭で碾く人はほぼいない。たとえ碾かれた抹茶の粉を買って帰っても、茶筅で点てるとなると一般には受け入れられにくい。

 そのため、豆の売り上げが収益の大きな柱となっているコーヒーショップと違い、Stonemill Matchaでは家庭用の抹茶の粉を買って帰る顧客はいなかったという。

 「Stonemillの盛況ぶりを見ても、高品質な抹茶の価値は認識されていました。でも、自分では作れないから家庭で飲まれないというのが当時の状況でした」という。

Cuzen Matchaの開発と抹茶が提供する価値

課題は新鮮な味わいと香りをいかに再現するか

 抹茶の粉末は流通しているが、茶葉から碾いて時間が経っているため、当然ながら新鮮味はなくなる。また、抹茶は水と交わるとすぐに劣化が始まるため、原液をペットボトルなどに詰めると味が大きく損なわれてしまう。作り立ての新鮮な味わいを実現するには、これまでにないやり方が必要だった。そこで考えられたのが、飲む直前に茶葉を碾くことで、新鮮な味わいを可能にするMatchaマシンとそのためのMatchaリーフというわけだ。

 「最初から粉を機械に入れて作るやり方も考えてみましたが、粉はアマゾンでも買えるので品質が悪いものでも使われてしまう。だから、自分たちで責任を持って茶葉の調達から手掛けたかったんです」

茶葉
新鮮な茶葉の味わいをいかに損なわないかが課題だった

 開発に際して課題となったのは、いかに機械の中で茶葉を粉状にして水に溶かすかという部分だ。抹茶の粉は単に攪拌しても溶け切らなかったり、ダマになって浮かんできたりしてしまう。家庭に置けるよう筐体をコンパクトにし、デザインを洗練することも必要だった。

 さらに、技術的な課題をクリアした後は量産体制の構築など、やるべきことが山積していた。これらの課題を一つひとつ解決し、20年10月、「Cuzen Matcha(空禅抹茶)」として、全米で販売開始に漕ぎつけた。

日本の茶農家の支援にも

 塚田氏は自らを「良いお茶を仕入れて売るお茶屋さん」と位置づけているという。

 「消費に一番近いところで作れば、新鮮で美味しい抹茶を味わってもらうことができます。マシーンは言うなれば、小さな工場を各家庭やオフィスに置いてもらう感覚です」

 上質な茶葉からその場で抹茶を作って飲むスタイルが広まれば、お茶農家の支援にもつながる、と塚田氏は言う。現在流通しているペットボトルのお茶は、弁当と一緒に飲んだり、リフレッシュすることを求められるため、そこまで高品質な茶葉を使わなくても、清涼飲料として美味しい味わいの設計が可能だ。加えて、PB商品含めた価格競争が激しく、常にコストダウン要求があるため、茶農家としては、せっかくいい品質の茶葉をつくっても高くて買ってもらえない、というサイクルに陥っている。 

 「こうした環境を変え、お茶の本当の価値を理解いただけるお客様と生産者をつなぐことで、農家が良質な茶葉をもっと作れるようにしたい」と力を込める。

塚田英次郎氏
「お茶の価値を理解してもらえる消費者と生産者をつなぎたい」と語る塚田氏

抹茶の価値を訴求し、より日常的なものに

 これからの課題は、いかにMatcha Makerを購入してもらうかだ。価格は現在のところスターターキット(本体1台と約60杯分の専用茶葉)で369ドル。サブスクリプション方式でMatcha Leafを購入すれば一杯70セント程度で飲めるものの、抹茶を飲む文化が一般レベルまで浸透していない米国の消費者が、すぐに飛びつくとは考えにくい。最初にマシーンを購入してもらうための強い動機付けが必要となる。

 とはいえ、Cuzen Matchaに対する周囲からの評価は高い。販売開始前から「CES 2020イノベーション賞」などの海外アワードを獲得したのに続き、発売一カ月後にはTIME誌が選出する「Best Inventions of 2020」を受賞。商品の社会的意義や先進性、デザイン性などが称賛されている。また、ハリウッドセレブなどのインフルエンサーがメディアを通じて紹介したことで売上が増加するなど、注目度も徐々に高まっている。塚田氏は言う。

 「幸いなことに、価値を認めていただいた方々に口コミで広めていただいたり、ギフト用に数台購入していただいいたりしています。今後は啓もう活動に加え、たとえば茶葉のレパートリーを増やしたり、生産者を前面に出したりといった取り組みが必要になるでしょう」

 今夏には日本での展開も計画している。抹茶に馴染みが深い多くの日本人にとっても、上質な一杯を飲む機会は限られている。Cuzen Matchaの上陸によって、われわれの日常でも抹茶がより身近なものになるかもしれない。