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Voicy緒方社長に聞く「音声コンテンツとボイスメディアの未来」

緒方憲太郎・Voicy社長

インタビュー

音声SNSの「Clubhouse(クラブハウス)」が日本でも注目されたことによって、音声コンテンツ市場への関心が高まってきた。既に5年前からこの市場に目を付け、ボイスメディアサービス「Voicy(ボイシ―)」を展開している緒方憲太郎氏は、音声市場を一大産業に育てる構想を抱いている。先駆者の視点から、音声コンテンツ市場の行方とVoicyの戦略について語ってもらった。(吉田浩)

緒方憲太郎・Voicy社長プロフィール

緒方憲太郎・Voicy社長
1980年生まれ。兵庫県出身。大阪大学基礎工学部、経済学部卒業。06年新日本有限責任監査法人に入社、企業支援に携わった後、29歳で休職し海外放浪の旅に出る。その後、米アーンスト・アンド・ヤング社、トーマツベンチャーサポートを経て、2016年Voicyを設立。

音声コンテンツの現状と可能性

Clubhouse人気は再燃する?

2016年に産声を上げた音声プラットフォーム「Voicy」の月間利用者数は、2021年3月時点で250万MAUを超えた。ウェブとアプリ双方で展開しており、ユーザーは好きなパーソナリティの喋りを、いつでも、どこでも、何をしながらでも聞くことができるのが特徴だ。  

特に2020年末からのユーザー数の伸びはすさまじく、それまでの100万MAUから2.5倍にもなった。背景には、米国発の音声SNS「Clubhouse」の日本上陸によって、音声コンテンツへの注目度が上がったことなどがある。まずは、音声コンテンツ市場の現状分析から緒方氏にお願いした。

――SNSを含む音声コンテンツ市場の現状についてどうとらえていますか?

緒方 まず、海外の事情と日本の事情は大きく違っていて、海外では中国と米国で市場がめちゃくちゃ伸びています。最もトレンドになっているのが音声と言ってもいい状態です。

この2国ではスマートスピーカーやワイヤレスイヤホンなどもよく売れています。ガジェットが伸びたマーケットはそのままソフトウェアも伸びやすいので、今後ますます市場が拡大していくでしょう。音声コンテンツから映画化されるような事例も出てきていて、コンテンツ自体がIPとして価値を高める一方、言語認識の技術やさまざまな端末が登場しています。基礎技術、インターフェース、ソフトと、すべての要素が伸びてきているタイミングと言えるでしょう。

一方、日本はまだ「音声ってありなの?動画でいいじゃん」みたいな考えの人が多くて、発信者側がそこまでメリットを感じていないので、産業としてはまだ進み切っていません。ただ、音声コンテンツの強みは動画を作るのに比べて、制作にかかる時間が非常に短くて済み、発信者にとって非常に楽だという点です。リスナーのほうもながら聞きができるなど、音声ならではのメリットが発信者と受信者の双方にあります。

――音声SNSのClubhouseが数カ月前に日本でもブレイクして、今は一旦落ち着いている印象です。

緒方 Clubhouseは日本ではいったん沈んでいる状態ですが、日本で音声産業が育つ先駆けとしては良い第一ロケットが飛んだのかなと思っています。

ただ、SNSなどのサービスが盛り上がるときは、まず素人が使ってみて面白さを発見し、そこに有名人などが乗っかってくるという順番が普通なのですが、Clubhouse の場合は先行者メリットを得ようと、企業や有名人が一気に参加してバブルになった感じでした。金銭的なメリットがなくても楽しいと思って使う人たちによって文化ができていくものですが、Clubhouseの場合は初っ端から「どうやってマネタイズするのか」と言い出す人たちが一緒に入ってきて、いろいろと言い出したような状況です。

でも、いったん落ち着いた後に上手く使う人たちが残って、来年ぐらいには人気が再燃するのではないかと思っています。

――Clubhouse の盛り上がりでVoicyへの影響はありましたか?

緒方 話す文化や聞く文化に興味を持つ日本人が増えたお陰で、かなりのユーザーがClubhouseからVoicyに流れてきました。Voicyの月間ユーザー数は、昨年12月から今年3月にかけて、それまでの2.5倍くらいに増えています。音声業界の盛り上がりとして、次のステージに入ったのかなという印象です

ただ、日本は海外に比べて新しいものにめちゃくちゃ弱いと思っていて、フェイスブックやiPhoneなんて最初はみんな使わないと言っていたのに、いつの間にか世界で一番使う国になっています。そして圧倒的に乗り遅れる。音声についても「そんなの来ないよね」と言っている間に、海外では大きく進んでいるという状態になりつつあります。

Voicyの週あたり再生数

キーワードは「大衆化」

――Clubhouseのようなビジネスモデル以外にも、音声市場の攻め方はいろいろあると思いますが、2016年にVoicyを立ち上げて以降、変化したことはありますか。

緒方 Voicyのコンセプトは創業当初から大きく外れていませんが、ユーザーの反応を見ながら方向性を若干変えたりはしています。アンテナを張っているからこその気づきがあるので、そこにどれだけ対応できるかが大事ですね。

どんなものでも、いわば原石として面白ければなんとかなります。たとえば辛いものをご飯にかけたら絶対に美味しいという部分にこだわりがあって、それが最終的にカレーになるとか、ボールを蹴って戦ったら面白くて最終的にサッカーになる、みたいな話ですね。

それでいうと、「喋る」ということが、素材として絶対的に価値があるのはそもそも分かっていました。人と直接会ったときに筆談したいとは思わないし、わざわざ動画でコミュニケーションを取りたいと思う人もいませんからね。でも、喋ることに関してはこれまで結構おろそかにされてきました。たとえば、目の前にイチロー選手が居たら、素振りをしてもらうのではなく話を聞きたいですよね。喋ることに価値があるのに、それを実用化できていたのはラジオくらいしかなかったんです。

――Voicyのような音声メディアがさらに伸びていくためには、何が必要ですか。

緒方 インターネットの歴史を追うと「大衆化」というのが1つのキーワードになります。以前は文字を書くのは新聞記者さんやライターさんなどプロしかいなかったのが、ブログやツイッターで誰でも書けるようになりました。写真もプロカメラマンでなくても、誰でもインスタグラムを使うようになり、動画もテレビ局しか作らなかったのに、今や素人が世界中で作っているといます。これらはすべて大衆化がもたらした結果です。

それなのに声だけは「いや、自分はアナウンサーじゃないので喋りません」みたいな人が多くて、大衆化しなかった。それは、誰でも話せて誰にでも届くという場所がなかったからです。声の大衆化とそれをITに乗せるという部分が、情報交換の領域で空いているところでした。情報交換は手で作ったものを目に入れるか、口で作ったものを耳に入れるしかない。目に入れるほうは産業化していったけれど、耳に入れるほうもIT化したら伸びるだろうなとは思っていました。

大衆化するためには、コンテンツ制作を楽にする必要があります。いかにシンプルに、声をそのまま出せるかとか、コンテンツをアーカイとして残したほうがみんなが聞けるだろうとか、そうした世界を作ろうというのが当初から思っていたところです。

Voicyの戦略と未来像

審査で重視するのは声質より人間性

いくつかある音声コンテンツの中でも、発信者にボイシ―を選んでもらうための動機付けはどうするのか。Voicyでは現在、希望者を運営側で審査して、通過した人だけがチャンネルを開設できる仕組みを採っている。競争率は高く、毎月1000人以上の応募者の中から、2~3%しか通過しないという。   なぜそうした制度にしたのか尋ねたところ、緒方社長は音声メディアの現状を整理しながら説明してくれた。それを示したのが下図だ。
各メディアの立ち位置(緒方氏の話を基に作成)
各メディアの立ち位置(緒方氏の話を基に作成)

緒方 音声コンテンツの中で、放送したり流しっぱなしにしたりするものとアーカイブとしてコンテンツとして残るものを横軸に、時間を掛けて制作をしっかりやっているものと手軽に作っているものを縦軸に取ると、ボイスメディアという領域が空いていたので僕らはここを作った。つまり、制作には時間がかからないけど、アーカイブとして残るという領域です。動画でいえば、YouTube、テキストでいえばブログやnoteなんかに近い位置づけですね。

ラジオはしっかり制作するものを放送する領域、それに対して制作は楽でアーカイブできるのがPodcast。Clubhouseは手軽に放送してアーカイブが残らない領域です。音声市場に対する人々のこういうリテラシーを、もっと上げければいけないなという気持ちはあります。

Voicyでは一人ひとりがチャンネルオーナーになってフォロワーが付き、声のインフルエンサーとなってもらうことを目指しています。そのためには、予算をたくさんかけて台本をしっかり作るわけではなく、発信者の人間味を出していくことが大事になります。

―― 発信者を運営側で精査しているのは、コンテンツの質を上げるためでしょうか。

緒方 「ヒーローを増やす」という部分をちゃんとしなければいけないなと思っているからです。テキストや動画と違って、音声はパッと人が飛びつくようなものではなくて、「Voicyで発信する人の話なら聞いてもいいよね」という状態にしないと、新しいリスナーが増えません。世間には、他人の話を聞くよりも喋りたい人のほうが多いので、そういう人たちばかりが集まってしまうと、聞きたい人がほとんどいなくなるメディアになってしまいます。

音声産業が大きくなるためには、競合がたくさん参入してくることが大事なんですが、人々が審査制ではない競合のサービスを登竜門にして、最終的にボイシ―から発信したい、という流れにしていきたいですね。

―― 審査の基準はどこに置いているんですか?

緒方 聞く人を喜ばせられるかどうかです。この人の話なら聞いてみたい、聞きたいというリスナーがイメージできる人に発信者になってもらいます。ちなみに、審査は声ではなくて応募フォームの文章によって行います。声質よりも、その人が魅力的かどうかが重要になります。

―― 誰もが知るインフルエンサーではなくても、中身が面白ければ発信者になれるわけですね。

緒方 面白ければVoicyを通じてファンが増えますからね。

―― 大衆化という点を考えると、Voicyもゆくゆくはもっと多くの人が発信できる場にしていくのでしょうか?

緒方 はい、そのつもりです。

今は収益よりユーザー体験の拡大を優先

――今、発信者は何人くらいですか?

緒方 800人くらいですね。1週間で1千人以上のリスナーがいる人が100人くらいいます。つまり、「喋ります」と言ったら毎週1千人集まるということなんですが、これは結構すごいことです。レベル的には真ん中の下くらいの発信者でも、週に200人ぐらいに聞かれています。

―― リスナー層にはどんな傾向がありますか?

緒方 今は25歳から45歳くらいまでがボリュームゾーンで、30代が中心になっています。他のサービスと比べて倍速でも聞きやすくしているので、すき間時間に効果的に情報を収集したいという、いわゆる意識高めでポジティブに生きている人たちが多いですね。

Voicyには聞いて役立つコンテンツが多く、完全にながら聞きをする層は、まだラジオなどに行っています。ながら聞きの場合、リスナーの集中力の配分はラジオだと手作業8割、後ろで流れている音声2割ぐらいなのに対し、Voicyの設計はそれを逆にしようと考えました。つまり、音声に8割集中できるようにして、家事やランニングなどのルーティーンと相性が良くなるように作っています。

人と会ったり、講演会に行ったりしなくても、人生を豊かに生きている人のエッセンスが取れる、学びになる、違う思考が得られるといった、何か新しいものが得られる場所をしっかりと作っている段階です。アマゾンがまず本から売り出して、ある程度知的レベルが高い人からグリップしたのに近いのかなと思います。

―― 収益構造は現状どうなっているんでしょうか。

緒方 リスナーからの課金や、チャンネルを作っていただいた法人などからお金をいただいています。ただ、今は収益よりもユーザー体験を大きくしたいと思っていて、まず音声の文化を作って、産業に育てたいと考えています。

ツイッターやインスタグラムもユーザーが喜ぶことに集中して、大きくなりさえすればそれから稼げるという方向性でやってきました。そこは日本企業が下手なところで、お金ありきでサービスを設計するケースが多いんですが、まずは発信者がしっかり稼げる世界を作っていこうと考えています。発信者が喜んでユーザーが増えたら、出資したいと考える人が絶対に出てきますから。マネタイズに関しては、将来的にユーザーデータなどが増えたときにそれを調理していけばいいと考えています。

音声は長期のブランディングと相性が良い

――創業から5年経って、見えてきた課題はありますか?

緒方 「日本の大企業の頭をカチ割る」ですかね(笑)。

――(笑)。どういうことでしょうか。

緒方 米国なら新しい部長は前の部長がやらなかったことをしないと評価されないので新しい施策をどんどん打っていきますが、日本は新しいことに挑戦するリスクを恐れて前任者と同じようにやるし、他の企業の成功事例を気にします。それで、二段階くらい遅れてしまうわけです。予算を持っている人たちが、新しいものになかなかお金を投入しません。

昔のラジオパーソナリティの声を今聞いたら嬉しくなるように、音声は耳に入ってからすぐにコンバージョンするようなものではなく、ジワジワ好きになっていくことが多いんですね。つまり、ブランドが長期的に残って染みつくという性質が強いのですが、すぐに成果が出ないと評価されないものとは相性が悪い。

日本企業には、安くていいもの作れば売れるという考え方が染みついているので、ブランディングがめちゃくちゃ下手です。米国は壊れやすい車でも売らなければいけないから、プロモーションとブランディングが凄く上手い。

つまり、「好き」「共感」「長期的に安心」「悪くても応援する」といったブランド価値を創れていないわけですが、そこと音声は実は相性がいいと思っています。海外では5年、10年かけて好きになるような商品・サービスに予算投下するのに対し、日本では長期間でパワーが溜まる投資をしようという経営者が少ないと思っています。機関投資家が持っている時間の長さも海外のほうが長いので、そこの文化を変えていきたいですね。

――海外展開についての考えは?

緒方 もちろんやるつもりです。日本から出てきたサービスで、世界中が熱狂するのってやりたいじゃないですか。描いている将来像としては、音声があって当たり前で、画面がなくても生活できる世界を作ることです。将来は「お父さんの時代って画面がないと情報が得られなかったの?」と、子どもに言われるような時代になるんじゃないでしょうか。

時代を超えると前の時代ってキモく見えるんですよ(笑)。そのうち、みんなが10センチ四方のスマホ画面を見て首が痛いと言っているような時代があったんだよ、みんなが自分のプライバシーを晒して動画の前で演者をやってたんだよ、みたいに言われるかもしれません。

そうやって、今の常識を壊して新しい常識を作って、みんなで「昔はこうだったよね」なんて笑い話をしながら酒を飲む。そんなことが、人生の醍醐味なのかなとも思います。