経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

雑談文化を変える「選択的雑談社会」の到来

窪田望

「雑談力」をテーマにした書籍が何冊も発行されるなど、場の雰囲気を和ませる雑談はビジネスパーソンの重要なスキルと捉えられてきた。しかし、その雑談の意義や在り方が、ここにきて大きく変わろうとしている。マーケティングのエキスパートである窪田望氏は、「選択的雑談社会」の到来を指摘する。(聞き手=吉田浩)

選択的雑談社会とは何か

物理的雑談社会からの変化

―― Youtubeチャンネル「窪田望のアンテナ」で解説していた「選択的雑談社会」というワードがとても気になったんですが、まず、簡単に説明していただけますか?

窪田 はい。これまでは、雑談が発生する場所というのが、物理的な距離で決まっていたケースがほとんどでした。たとえば学校の教室で隣に座った相手と話す、職場で上司や部下や同僚と話す、ご近所さんと顔を合わせ話す、みたいな感じですね。ところが今はリモートワークが中心になったことも一因で、雑談相手が必ずしも物理的に近くにいなくてもよくなりました。そのことでさまざまな変化が起きています。

デジタルは少し前まではリアルを補完する役割と捉えられてきたのが、今やその主従関係が逆転して、コミュニケーションはデジタルがメイン、リアルが補完するような関係になってきています。そうした中で、雑談が派生する頻度と内容の濃さが決定的に変わってきています。つまり、相手との物理的距離より心理的距離のほうが重要になっているわけですね。

―― 隣に誰もいないから、「今から雑談するぞ!」って、ZOOMなどで繋がらないといけないわけですね(笑)。

窪田 雑談相手が選択されている状況ですね。雑談をすることが相手に対する報酬や投票活動になっていると言えるでしょう。

二極化も始まっています。たとえば、本当は孤独だけれど、それが可視化されていなかった人たちがすさまじく孤独になっていたり、普通の人がとんでもない量のインプット情報が得られるようになっていたり。そうした極端な変化が起きているのではないでしょうか。

「物理的雑談社会」(左)と「選択的雑談社会」の違い
「物理的雑談社会」(左)と「選択的雑談社会」の違い

これまでのアイスブレイク手法が無意味に?

―― 今までは、天気だとかプロ野球の結果だとか、気楽な話で相手の懐に入るみたいなことが営業マンのスキルだったりしたわけですが、それが変わってくると?

窪田 トピックの選び方についても大きく変化しています。アイスブレイクとして、聞き手にとって意味のない話をしても仕方ないわけです。天気の話ってそもそも同じ空間にいるのが前提ですから「今日晴れましたね」「いや、こっち雨降ってますけど」みたいになって、会話として成り立ちません(笑)。

たとえばツイッターで天気の話で相手に絡んでも、リツイートされたり返信されたりすることはまずないわけですよ。相手と物理的に近くにいることと、同期していることを前提としたアイスブレイクが簡単に無視されるようになって、こちらが雑談したくても相手に選択されないということが起こります。相手のことをより深く理解して、本質的な話以外は雑談のテーマとして求められなくなっています。

窪田望
「時間的、空間的同期を前提にした雑談文化が変わる」と指摘する窪田氏。本インタビューもオンラインで行われた。

選択的雑談社会に必要なスキル

高まる読解力と表現力の重要性

―― コロナでリモートワークが普及する前から予兆はあったんですかね?

窪田 今ほど進むとは思っていませんでしたが、ありましたね。人気がある人の場合は、1時間のミーティングスケジュールを押さえられなくなって、30分や15分単位に刻むということは起きていました。短時間でミーティングを終わらせるには、雑談を飛ばしていきなり核心から話さないといけない。ただ、それはあくまで一部の人々の文化で、普通は失礼だと思われてきたんですが、今はより多くの人に適用されるようになりました。

―― そんな時代に必要なスキルとは何でしょう?

窪田 まず、選択的雑談社会においては「同期が特殊である」ということをしっかり認識することが大事です。同じ時間、同じ空間にいることがめちゃめちゃ特殊で、ある意味贅沢な環境だというのを理解することからスタートです。同期的に行わなくても済むことはたくさんあって、あらかじめ要件を伝えておいたり、共通のゴールを決めるといったりした作業は別に同期的にやる必要はまりません。

一方、お互いの持ち味を生かして共に何かを作るような場面では、同期的に行ったほうが圧倒的に面白くてワクワクすることができます。あえて同期的に何かする場面では、ワクワクやドキドキ、あやふやなこととか危なっかしいこととか不安定なことが求められるでしょう。

―― そうなると、相手の意図を理解する能力やその場で意図を的確に伝える表現力がますます重要になりそうですね。

窪田 読解力と表現力が、ものすごく求められる時代になりましたね。たとえば1時間のミーティングで15分とか伸びたりするのは当たり前ですが、Zoomのミーティングだときっかり1時間で埋まっている状況なので、時間管理をきっちりしないといけません。時間内に相手の意図を理解する力と、それに対してどんな表現が適切か考えて伝えられる能力は、おそろしく求められるようになったと思います。

窪田望
「ワクワク、ドキドキ、不安定なことはあえて同期的に行う方が良い」

決断できない人は表現もできない

―― 最近、話題になった音声SNSのClubhouseなんかは、まさに選択的雑談社会を体現している気がします。

窪田 ただ、今はみんなClubhouseから引いていっちゃってますよね。理由の1つは、選択的雑談社会ではプライベートが守られることが前提なんです。心の距離が近い相手との会話を心の距離が遠い人が監視する状態になっているので、それでは話せなくなるというのがあると思います。

Clubhouse的な文化、つまりオンラインではあるけど、気持ちよく相手とぶつかり合うように話す文化自体は広がると思うんですけど、衆人環視の中で発言の一部を切り取られてメディアで記事にされちゃうとか、禁止されている録音をこっそりされちゃうとか、そういうのを嫌って人が離れていったのかと。音質がめちゃくちゃ良くて同期性といったところにメリットを見出してプライベートに続ける人はいるのかな、とは思いますけど。

―― 日本人はビジネスの打ち合わせでも意味のない雑談ばかりして、外国の企業から嫌われているという話もよく聞くので、苦労する人は増えそうですね。

窪田 これまでの成功体験を捨て去らないといけないし、苦労する人は多いでしょうね。日本人がよくやる表敬訪問が、海外では凄く嫌われるという話は確かにあります。とりあえず挨拶に来て会社の自慢をされて、いざ一緒に仕事しようとなると「上司の許可が必要」みたいなことを言われて「俺の時間は何だったんだ?」みたいなクレームを海外の起業家からよく聞きます。

結局、決断できない人は表現もできないんです。相手が求めているものが商売だとしたら、その場で商売の話を決めないといけない。そうなると、トップと直接話をすれば良いので、中間管理職と雑談する意味ってあるのかなってことになっちゃうんですよね。

尖れない人は自信がない?

―― 窪田さんの専門であるマーケティングの観点で見ると、どんな変化が起きそうですか?

窪田 △と〇でたとえると、△の人が出ていく世の中で〇の人が出ていきづらくなる世の中になります。

―― どういうことでしょう?

窪田 つまり何かに尖った人に、雑談という投票がいきわたるようになるということですね。場を和やかにするような〇の人は今までは高い価値を持っていましたが、その価値が発揮されづらくなっていきます。〇の人に対しては、そもそも何のためにその人に話しかけるのか、相手にとって定まりにくくなるからです。

今までは一人一人が守られていて、たとえば中間管理職は会社のブランドに守られていましたが、ZOOM会議になるとどっちが上座か下座かも分からないし名刺交換もしないので、問題はその人が話している内容が面白いかそうでないかだけなんですね。そんな時代ですから、「自分はこんな尖り方をしています」と、自ら表明しなければいけなくなりました。

大人数のZOOM会議で、大半の参加者がカメラオフにして音声もミュートにして何も話さない状態ってありますよね。滑稽な姿ですが、もともとそういう会議はリアルでよくありました。それが可視化されたので、これからは〇になるほうを選択してきたが、今後は△をつくって自分のマーケティングについて真剣に考えないといけません。今までマーケティングは特殊な人だけの武器でしたが、今後は全員にとっての必須の道具になると思います。

―― そうなると、現場のプレイヤーやクリエイターに比べて、中間管理職のオジサンたちにはなかなか厳しくなりそうな….。

窪田 管理職は自分の強みを必死に掘る必要がありますね。これまでは会社に守られて、強みを自分で言わなくても良かったのですが、会社から放り出されたときに「自分の強みはこれです」と言えるようにならないと厳しい。その人と雑談するメリットがないと思われてしまいます。

中間管理職に限らず、尖るのが難しいと捉える人は、根本的に自信がない人が多いんです。たとえば、特定の上司への尖り方は分かっても、自分に対する尖り方が分からない。物事を自分軸ではなく、誰かを主語にして生きている人が多い印象です。

―― 窪田さん自身も、経営者としては珍しくTikTokをやられたりしていますよね。あれ、相当珍しいと思うんですが。

窪田 お陰様で、マーケティングノウハウを1分に凝縮して発信したところ 3か月でフォロワーが7万3000人まで増えて、多くの交流の起点になっています。

窪田望
尖る手法を実践し、TikTokのフォロワーを3か月で7万3千人まで増やした

選択的雑談社会で高まるアナログの価値

―― 喫煙部屋の雑談から新商品のアイデアが生まれる、なんて話はなくなっていくんでしょうか。

窪田 私はタバコは吸わないんですが、逆にタバコ部屋や合宿など、アナログ的な場の価値はめちゃくちゃ上がると思いますよ。あえてリアルでみんなで会って、選択的雑談をしようよという場がとても貴重になってくるでしょう。これまで惰性で参加していた社員旅行みたいなものの価値も上がるんじゃないですかね。

―― 最後に、厳しい時代を迎えたビジネスパーソンにアドバイスをお願いします。

窪田 今の時代の変化はシビアでもありますが、逆転できるチャンスでもあります。会社という空間でうだつがあがらなかったり悶々としていた人も、自分のキャラや環境を選択的に選んで自分を変えることができるようになりました。今までの自分に与えられていたステレオタイプの記号を塗り替えるチャンスです。

もともと成功していた人は、その成功を着実に伸ばすのではなくムーンショットに転換できる機会ができました。足し算のような地道な上がり方ではなく、トッププレーヤー同士で繋がれると、加速度的に飛躍できるようになります。

今は雑談のやり方さえ変わって、誰も正しいルールが分からない世の中。だからこそ何をやってもどんなことを考えても良い。面白いことや刺激的なことができる社会に変わったので、自信をもって夢に向かって走る人が増えたらいいなと思います。

窪田望氏プロフィール:

(くぼた・のぞむ)株式会社Creator’s NEXT、CEO & Founder。米国NY州生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。15歳の時に初めてプログラミング開発を行い、ユーザージェネレーテッドメディアを構築。スペイン・香港・シンガポール・ルクセンブルクでデジタルマーケティングについての登壇、ハッカソン優勝等実績多数。グッドデザイン賞受賞、KVeCS 2018 Grand Finaleで優勝しニューヨーク招聘、IE-KMD MEDIATECH VENTURE DAY TOKYOで優勝しスペイン招聘される。2019年、2020年には3万7000名の中から日本一のウェブ解析士(Best of Best)として2年連続で選出。東京大学工学系研究科技術経営戦略学専攻グローバル消費インテリジェンス寄附講座/松尾研究室(GCI 2019 Winter)を修了。マサチューセッツ工科大学の「MIT Sloan & MIT CSAIL Artificial Intelligence: Implications for Business Strategy Program」修了。グローバルマーケティングにおけるスケーラビリティーの実装に強みがあり、マーケティングやA/Bテストに関する教科書の執筆や、のべ3000名以上のマーケティング担当者の前での登壇・育成に携わる。
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