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職人からアウトドア女子までワークマンが人気の理由―小濱英之(ワークマン社長)

小濱英之・ワークマン社長

インタビュー

ワークマンの快進撃が続いている。最大の要因は、客層の拡大だ。以前はガテン系の職人のための店だったものが、今では機能と価格を両立したアウトドアファッションを求めて女性客が来店する。その成功の理由を小濱英之社長に聞いた。聞き手=ジャーナリスト/下田健司 Photo=西畑孝則(『経済界』2021年9月号より加筆・転載)

小濱英之・ワークマン社長プロフィール

小濱英之・ワークマン社長
(こはま・ひでゆき)1969年群馬県生まれ。90年ワークマンに入社。執行役員商品部長、執行役員スーパーバイズ部長、取締役スーパーバイズ部長などを歴任し、19年社長に就任した。

ワークマンプラスへの改装で売り上げ2倍

―― ワークマンプラスの効果で前期は好業績を残しました。足元も好調です。

小濱 ワークマンは建設現場で働く職人を主要顧客としてきましたが、職人は減少傾向にあります。そこで、一般客も呼び込み客層拡大を図ろうと開発したのが新タイプの店舗「ワークマンプラス」です。

 2018年9月に1号店を出店後、ワークマンプラスを新規出店したり、既存店をワークマンプラスに改装したりすることで店舗数を増やしてきました。これにより客層が拡大し、その効果が続いているのです。

 既存店改装では、全面改装のほかに、売場を一般客向けとプロ客向けに分ける売場分離改装を行っています。プロ客にとっても一般客にとっても買いやすい売場にするのが狙いです。これだけで客数が増え、売り上げが改装前の1・5倍から2倍に跳ね上がります。

―― 既存店をすべてワークマンプラスに変えていくのですか。

小濱 その考えはありません。確かにワークマンプラスに改装することで一般客にも客層を拡大できます。ただ、プロ客で十分な売り上げがあって伸びている既存店があります。そうした店をワークマンプラスに改装して一般客を呼び込んでしまうと、店内が混雑しすぎてしまいます。

 実際、「駐車場がいつも埋まっていて店に入れない」「店内が混んでいて買いづらい」といったプロ客の声も出てきています。ですから、プロ客で十分に売り上げが取れている店はワークマンのままにしておきます。全店をワークマンプラスに変えるつもりはありません。

 実は分離改装では、売場を一般客向けとプロ客向けに分けていますが、このことによって窮屈な陳列になってしまい、買いづらくなっている面があります。プロ客が手に取りやすくすることも必要になっています。

 今後は、仮称ですが「ワークマンプロ」といったプロ客向けに特化した店舗も検討する必要があると考えています。

#ワークマン女子を作った狙い

―― ワークマンプラスの成功で、プロ客への対応という新たな問題が出てきたということですね。

小濱 昨年10月に1号店を出店した「#ワークマン女子」は対応策の一つです。一般客向けの商品に絞り、とくに女性向けの商品の比率を高めた店舗です。プロ客の不満を解消するために一般客を誘導するのが狙いです。店は売場面積や駐車台数などの制約から売り上げには限界があります。それを超えると、店長が作業に忙殺され、売場の整理もままならず、フレンドリーサービスができなくなってしまいます。#ワークマン女子を出店することで売り上げ分散をするわけです。

 ただし、売り上げ分散のために例えばワークマンプラスの近くに新たにワークマンプラスを出店すると自社競合が起きますから、加盟店の不安や不満につながります。

 FC(フランチャイズチェーン)ビジネスで最も重要なことは本部と加盟店の信頼関係です。信頼関係が崩れると、本部がやりたいことを伝えても加盟店が「協力できない」となる可能性があります。それが顧客に伝わり売り上げの減少を招きかねません。ですから、本部と加盟店がともに成長する必要があるのです。

 自社競合を避けながらともに成長できるのが#ワークマン女子です。一般客は減少しますが、買いづらさから敬遠していたプロ客を呼び戻すことができます。

ワークマンはなぜ安く販売し続けられるのか

―― そもそも売り上げ分散をしなければならないほど売れている要因は何ですか。

小濱 リーマンショック後の景気後退期に客数が減少し売り上げも伸び悩んだときがありました。客数減はワークマンを必要としている人が減る、つまり他店へ流れていることを意味します。顧客を呼び込むには他店との差別化が必要になります。他店との違いを明確に打ち出そうと乗り出したのがPB(プライベートブランド)開発です。併せて、従来から取り組んできたEDLP(エブリデー・ロー・プライス)を強化しました。

 ワークマンはプロ向けの作業服はつくってきましたが、プロ向けの作業でも使えてアウトドアやスポーツでも使えるような商品の開発は経験がありません。キャンプではどういうウエアが求められるのか。スポーツではどういう機能が必要なのか。とにかく、いろいろな人の声や意見を聞くことから始めました。顧客の声を取り入れ、使いやすさを追求し、高機能化を図りました。その結果、他店にはない商品がいつも安いとプロ客に認められていきました。それを一般客にも広げられないかということでワークマンプラスにつながっていったのです。

 PBの売上比率は当初50%を目標にしていましたが、現在は約60%に達しています。アイテムをいたずらに増やすのは在庫リスクが高まります。それにメーカーにはいい商品がたくさんあります。ですから、すべての商品をPBにすることは考えていません。

―― EDLPはどのようにして実現しているのですか。

小濱 店舗の標準化による運営コストの低減のほか、さまざまな要素が噛み合ってEDLPを実現できています。

 例えばアパレルでは、一般に値引きをしたり売れ残った商品を廃棄したりすると得られる利益が減りますから、あらかじめその分を上乗せして売価設定をしています。しかし、ワークマンは値引きもしないし廃棄もしないので、そうした売価設定は必要ありません。値引きや廃棄に伴う関連作業も不要になります。ですから、安く販売し続けられるのです。

―― AIを使った「新需要予測発注システム」の導入を始めました。今後、どのように活用を広げていきますか。

小濱 20年3月にシステム開発をスタートし、今年2月にパイロット店舗で検証を始めました。新システムでは、ワークマンやワークマンプラス、#ワークマン女子といった店舗タイプに応じた各種の設定が可能です。どのタイプの店舗でも在庫適正化を図ることができるようになります。

 現在は、本部の需要予測発注チームが出荷センターとの連携部分での不具合や、加盟店から上がってきた問題点などを踏まえ、修正を加えながらワークマンに合うシステムにしているところです。AIに学習させ段階を踏んで導入店舗を増やし、今年中に470店舗、来年末に700店舗で稼働させる予定です。

―― ネット消費が拡大しています。ECにはどのように取り組んでいきますか。

小濱 21年3月期のEC売上高は約24億円、前期比32%増でした。EC売り上げの約6割を占めるのが、ネットで注文して店舗で受け取る、いわゆるクリック&コレクトです。現在、この店舗受け取りを推進していて、7割に引き上げるのが目標です。

 店に行ったことがないけれども利用してみたいという方がネット注文をして店舗受け取りを利用されることもあります。そんなお客さまが「使えそうだ」となれば固定客になってもらえます。

 将来的には、顧客宅への直送は廃止しすべて店舗受け取りにするとともに、店舗在庫を活用し、全国900店舗超の実店舗を利用したECを拡大していきます。店にとっては、店売りの限界を超えてプラスアルファの売り上げにできるメリットがあります。

 店舗に在庫があると、10分で商品を引き渡す準備が可能ですから、お客さまは直送の場合よりも早く商品を手に入れられます。サイズ交換も可能ですし、気に入らなければ購入を見送ることもできます。

 店舗在庫を活用するには理論在庫と実在庫が一致していなければなりませんから、これを一致させる作業をスーパーバイザーと加盟店が一緒になって取り組んでいるところです。

小濱社長が就任2年間で心掛けてきたこと

―― 19年4月に社長就任後、経営するにあたって意識してきたことはありますか。

小濱 社長に就いたときは、既にワークマンプラスが立ち上がり、客数が増え売り上げも伸びていましたから、これをさらに伸ばし続けていくことを第一に考えてきました。

 急成長に伴う問題を解決することも必要でした。例えば在庫問題です。好調時には生産計画数量などが雑になりがちですから、データを活用し計画の精度を高めていく必要がありました。プロ客に不便をかけていることも問題でした。顧客満足度が低下すると、その何年後かに売り上げの減少を招いてしまいますから、未然に防ぐように手を打たなければなりません。

―― ワークマンはスーパーのベイシア、ホームセンターのカインズなどを中核とするベイシアグループの一員です。グループ像をどうとらえていますか。

小濱 グループでは「For the Customers」という共通した経営理念を掲げています。商品や売場がお客さまにとってどうなのかを基点に何事も考えるということです。

 グループでは毎月、各社の社長や幹部が集まり、自社の取り組みを報告し合ったり、情報交換をしたりしています。ワークマンプラスをSCに出店する際には、カインズが新たに開発しSCに出店していた「スタイルファクトリー」という都市型店舗についての情報を生かすことができました。

 各社はチャレンジ精神も旺盛です。カインズの土屋裕雅会長は、各社それぞれがとんがるという意味でベイシアグループを「ハリネズミ経営」と称しています。「For the Customers」という共通の経営理念を持ちながら、各社が独自の戦略で成長を図っているのがベイシアグループです。