経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「夜を駆ける」が証明した新時代のイノベーション戦略

福田譲氏

夜を駆ける

われわれ人類は欲望を原動力に生きている。欲望ある限り、何かが変わり、何かが生まれる。夜を掛け、今日という日を明日にすることすらも欲望と言えるかもしれない。

しかしながら、21世紀に入り、環境汚染、災害、人口減少と次々に壁が立ち憚った。これまで当たり前のように掴んでいた明日も、不確実性の高いものとなり、人類および地球の存続に危機感を覚えるようになったのではないだろうか。

「電気自動車(テスラ)でこれから滅ぶであろう地球のタイムリミットを1秒でも長く伸ばす」というイーロン・マスクの言葉も当時は誰しもが信じがたかったが、令和に入り現実味を帯びてきた。テスラは世界で最も時価総額の高い自動車メーカーとなり、人類を火星に引越しさせるために作った企業スペースXはNASAすらも認める存在となった。

私たち人類は、地球のために今何ができるのだろうか。夜を駆け、明日という朝を迎えることを確かなものにするために、やらなくてはいけないことは何だろうか。

2021年6月11日「富士通アクセラレーター第9期 Demo Day」が開催された。同イベントでは、音楽ユニットYOASOBI のヒットの産みの親であるソニー・ミュージックエンターテインメントの屋代陽平さんを招き、富士通のオープンイノベーションに携わる担当者と共に、新時代のムーブメントの創造を議論した。(文=戸村光・hackjpn CEO)

時代を駆ける旋風。YOASOBIヒットの裏側

軽快で耳に残るメロディと、疾走感のあるピアノのフレーズが特徴的なデビュー曲「夜に駆ける」で大ヒットを記録したYOASOBI。彼らの楽曲は今や誰もが一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。しかし、彗星の如く現れた2人組音楽ユニットの誕生秘話が、5年以上前に遡ることを知る者は、そう多くないかもしれない。

2014年、ソニー・ミュージックエンターテインメントの新規事業部に配属された屋代陽平氏は、小説投稿サイトの立ち上げに向けて動き出した。Webサービスの開発に1年弱を費やし、顧客集めに奔走して2017年にサイトをオープン。ユーザーが自らの小説を投稿する「monogatary.com」を公開した。

それから同僚の音楽レーベルに携わっていた山本秀哉氏と「小説を音楽にする」構想を描きだし、2019年秋にYOASOBIがデビュー。世界を席巻するムーブメントを巻き起こした。

YOASOBI

大企業の中で新規事業を起業する

ソニーという大企業にいながら、異色の大ヒットを飛ばした屋代氏であるが、その道のりは順風満帆ではなかった。部署に配属された折には、当時25歳の一番歳の近い同僚でも40代との世代乖離が大きく、提案されるのは固めの戦略企画ばかり。そんな状況下で、小説投稿サイトという会社とは少し方向性が異なる案を社内で通すのは、やはりある程度時間がかかったと言う。

しかし、そんな状況でも企画を推進できたのは、社内の風土と周囲との関係性によるものが大きい。目に見える成果が出ず外から冷ややかな視線を浴びる中でも、周辺の役員の態度は温かく、「5年後、10年後をみて今の取り組みをしている」と決裁権のある上司たちが言語化してくれたことで、信じ続けることができた。

YOASOBI

堅牢な大企業のピラミッド構造

流動性のあるソニーと対照的に、ドイツのソフトウェア企業のSAPジャパンで、23年間働いた経験のある、富士通株式会社の執行役員常務、CIO兼CDXO補佐の福田譲氏は、大企業のピラミッド構造についてこう話す。

「顧客対応にもヒエラルキーが存在し、意思決定権を持つのは年齢も立場も離れた上の人間ばかり。下積み期間が長く、やりたいことをやれる環境にない。大人数でプロジェクトを組み、個々が割り当てられた役職を果たすことによって、巨大な仕組みを作り上げる」

福田譲氏

大企業とスタートアップの協業を左右する距離感

全ての領域が得意な会社や個人はいない。企業の規模が大きいほど、自分達でやろうと思えばできてしまったり、社内で完結させようとしてしまう。それよりも、小回りの効くスタートアップと競合するのではなく「共創」した方がいい。

その一方で、大企業とスタートアップでは使う言葉も価値観も違い、あまりに世界が異なる。

得意技が違う両者がタッグを組むことで、新たな価値提供を可能にもするが、あまりに距離が遠いとうまく機能しない。

相互に協力して仕事を進めていくためには、大企業側の変化とスタートアップ側の理解が必要だ。

常識を打ち破るアイデア

「音楽業界でやっていることには、正直興味がない」と福田氏は語る。大事なのは他の業界の先進事例から、その常識と画期的と言われるポイントの関係性を探り、抽象化して自社業界と照らし合わせることだ。

予算に合わせた説明資料は一応作成し、納得できる裏付けを用意するが、状況は変わって当たり前。むしろ変えていかないといけない。大事なのは決め込みすぎないこと。凝り固まらないよう軽やかなフットワークを持ち、状況に応じてベストな選択肢をえらぶ。

「会社が何かをするのではなく、中にいる人が何をするか。会社はあくまでも仕組みであり、働く個人がそれぞれのバリューを発揮することで、結果として会社の成長と拡大に貢献できる」と同氏はいう。

ニコラス・フレイザー氏

富士通株式会社の理事で、M&A戦略立案、スタートアップ企業のと協業、出資の責任者でもあるニコラス・フレイザー氏は、企業にとって「イノベーション」と「適応」の2つが鍵になると述べる。

それぞれが新しい方法で問題にアプローチし、社会やビジネスの課題を見つけ出すことで、イノベーションの土台を築き上げる。新型コロナウイルスの影響下で世界規模で変化する、新しい生活や働き方に合わせたビジネスモデルを市場のニーズに「適応」させていく。

それらによって継続的なイノベーションを創造し、スタートアップの成長を可能にすることができる。ひいては世界や日本により大きなインパクトを与えられるだろう。

過去にとらわれず自らの在り方を問う

今や世界中のマーケットが動き、1秒ごとに世界を変えている。IT化とデジタル化が進み事業の枠組みを越えて業界を変える今、イノベーションを生み出し続けるには、新規の施策を臆す事なく打ち出していく必要がある。

既存の価値観にとらわれずに新たな価値を創造し、時代にムーブメントを巻き起こすためには、組織の大掛かりな改革と、個人の主体性を持ったあり方が求められているといえよう。

全ては夜を駆け抜け、明日の朝日を迎えるために。人類存続のためのイノベーションのために。