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「大学発のスタートアップが日本の産業界を変える」―各務茂夫 (東京大学大学院工学系研究科教授)

各務茂夫・東京大学大学院工学系研究科教授

インタビュー

戦略コンサルタントやヘッドハンターとしての経験を経た後、2000年代初頭から東京大学でスタートアップ支援に従事してきた各務茂夫氏。旗振り役を務めた東京大学アントレプレナー道場から数多くのベンチャー企業を輩出する一方で、大学の研究成果を事業化するためのさまざまな取り組みを続けてきた。東大におけるスタートアップ支援の特徴、大学発ベンチャーの現状と課題について語ってもらった。聞き手=吉田 浩 Photo=山田朋和(『経済界』2021年10月号より加筆・転載)

各務茂夫・東京大学大学院工学系研究科教授プロフィール

各務茂夫・東京大学大学院工学系研究科教授
(かがみ・しげお)1982年一橋大学商学部卒業後、ボストン・コンサルティング・グループ入社。86年戦略コンサルティング会社コーポレイト・ディレクションに創業パートナーとして参画。その後人材ヘッドハンティング会社ハイドリックアンドストラグルズを経て、2002年東京大学大学院薬学系研究科客員助教授に就任。04年東京大学教授 産学連携本部事業化推進部長、東京大学エッジキャピタル監査役、13年から20年まで東京大学教授 産学連携本部(現産学協創推進本部)イノベーション推進部長を務める。20年4月より東京大学大学院工学系研究科教授、産学協創推進本部副本部長。同年日本ベンチャー学会会長に就任。スイスIMEDE(現IMD)経営学修士(MBA)、米国ケースウェスタンリザーブ大学経営大学院博士(経営学:EDM)。

東大発スタートアップ育成はいかに形づくられたか

国立大学の法人化で研究成果の事業化が加速

―― 東大アントレプレナー道場を開講して15年以上たちますが、スタートアップ支援にかかわるようになったきっかけは?

各務 道場は2005年に開講して今年で17期目を迎えました。私はもともとボストン・コンサルティング・グループにいましたが、1986年に冨山和彦さんらと一緒にコーポレイト・ディレクション(CDI)という戦略コンサルティング会社を設立した経験もあり、創業の熱気や組織が大きくなる時の喜びが、肌感覚としてあったのだろうと思います。

 さらに、2004年にスタートした国立大学の法人化の流れを受けて、大学の研究成果をいかに事業として展開するかが求められるようになりました。大学発ベンチャーを育成することが大学の本務となる中で、ヘッドハンターや戦略コンサルタントとしてあらゆる業種にかかわってきた私の経歴を生かしたいという思いもありました。

―― 大学における研究の世界にも、ビジネスの視点が求められていたということですね。

各務 大学の研究成果は多数あって、内容が良ければその後ビジネスとして大きく花開くということは明らかなのですが、サイエンスがサイエンスにとどまっている限りはビジネスになりません。そこにマーケットの論理を導入、資金調達をどうサポートするのかという役割がわれわれのようなものに求められてきました。

―― 東大に来た当時と比べて、学生の意識や興味関心に変化は見られますか?

各務 以前より周りにロールモデルがたくさんいるのが大きな違いです。私どもが持っているリストでも東大関連ベンチャーが400数十社あり、その中にはアントレプレナー道場の出身者も100人以上含まれています。私が所属する工学系研究科の技術経営戦略学専攻の同僚でもある松尾豊教授の研究室からベンチャーがたくさん巣立っていて、松尾研究室に入る大半の学生が起業するという環境にあります。

 日本社会の大きな変化も影響しています。誤解を恐れずに言うと、一生一つの会社に身を置くことをリスクととらえ、最先端分野に身を置いて社会の変化に合わせて身の処し方を考えていく方が良いと考える優秀な学生が増えています。一方で日本の大企業の低迷も、学生の意識を変えていると思います。

早期にベンチャーキャピタルファンドを設立

―― 産学連携やベンチャー育成で東大の特徴はどこにありますか。

各務 東大は幸いにして、国立大学法人化の年から大学専属に近いベンチャーキャピタルファンドを作ることができました。それが、現在の東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)です。一例を挙げると、アントレプレナー道場第1期生には後にmixiの社長になった朝倉祐介さんがいて、彼の作った会社にUTECも投資していて、最終的には会社をmixiに売却しました。そうしたお金の出し手が東大にいたことや、インキュベーション施設やアントレプレナーラボなど、学生のアイデアを事業化する際にサポートする仕組みが大学内に生まれているのも大きいと思います。

 昨今は東大の卒業生が大企業に勤めた後に研究室に戻ってきて、そこから起業するという流れも生まれています。さらに、もともと技術シーズを持っている研究者が、大学側のサポートによって事業化する流れもできています。

役割はエリック・シュミットを連れてくること

―― 研究成果を事業化するにあたって、経営トップは必ずしも事業の種を発案した研究者ではないという点が大学発ベンチャーの特徴としてあります。

各務 サイエンスに依拠するベンチャーの場合、特許等の知的財産を事業の基盤として用いることになります。東大発ベンチャーで成功しているペプチドリームは現在の時価総額が6千億円以上になっていて、素晴らしい研究成果に対してグローバルなメガファーマが連携したことで花開きました。

 ただ、創業者の菅裕明先生はもともと教員であって経営者ではないので、社長は別途連れてくる必要がありました。そこで、UTECと東京大学TLOという技術移転機関のサポートによって窪田規一さんが社長に就任し、研究成果をいかにして経営によって開花させるかという部分を担いました。

 大学発のベンチャーが失敗する大きな要因として、研究者が経営者としての適格性を欠いているかもしれないという認識をせずに経営までやってしまうことがあり、そこを上手く導いていくのがわれわれの役割となります。サイバーダインの山海嘉之社長(筑波大学教授)のように、研究者であっても事業マインドとスキルを持っている方もいますが、これは極めて稀なケースです。

 研究として素晴らしく、研究に対して資金が外部から入っているので、ビジネスもその延長線上にあると思った研究者が実際に事業を始めると大体は失敗します。お叱りを覚悟で言いますと、例えばローンなどの間接金融に経験を有する銀行系のベンチャーキャピタル(VC)はエクイティの世界に不慣れなこともあるため、研究論文が評価されて国から資金援助を受けている事業に対して、リスクマネーを提供してしまうケースがあります。

 しかし、テクノロジーチャンピオンである研究者はあまりマーケットとキャッチボールしないことも多く、研究成果を生かすキラーアプリケーションが何か、あるいは顧客の論理に立って本当にバリューを出せるのかという問い掛けをしないことも多いのです。そうなると結局、VCから資金提供を受けながら研究室の延長の活動を続けるだけになってしまい、いつまで経ってもビジネスの匂いがしないまま終わることになります。

―― 自分のアイデアや研究成果を事業化する場合と違って、外部から招へいした社長は志やマインドの面で問題があったりしませんか?

各務 確かに、研究成果に対して自分ごととしてとらえられる社長であることは重要です。グーグルの創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは1998年に会社を作りましたが2001年まで売り上げが全く立たず、そこにエリック・シュミットが参画することで事業として回りだしました。ですから、有望なスタートアップにエリック・シュミットのような人材をいかに連れてくるか、ということがスタートアップ支援のポイントになります。

ライフサイエンス系を中心に花開く東大発スタートアップ

―― 実際に事業化できる案件はライフサイエンス分野が中心ですか。

各務 最近では、大学発ベンチャーというと、案件ベースでは、ライフサイエンス系が半分以上を占めていると思います。薬事法が改正されたことで、従来の薬品や医療機器に加えて再生医療などの分野でいろいろなものが生まれています。

 特に東大の場合は薬学部が典型的ですが、生物も物理も化学も同時に研究する学問体系が役立つこともありますし、インフォマティクスや数学などさまざまな知の組み合わせによって生まれてくるものもあります。そういう意味で、大学の研究の中でもライフサイエンス系は代表格になります。

―― アントレプレナー道場に参加する学生もライフサイエンス系が多いのですか。

各務 必ずしもそうではありません。道場は学部の単位が取れるプログラムになっているので、出てくる事業プランの大半は社会課題解決のためのアイデアベースのものが多くなっています。

 ただ、ビジネスコンテストなどで上位に行く学生の多くは会社を設立して、既にPDCAを回しているケースも多々あり、マーケットの論理を踏まえているので、学生の事業化提案の中には説得力のあるケースが多くなっています。

各務茂夫・東京大学大学院工学系研究科教授

スタートアップをめぐる環境の変化と日本の課題

大企業の上から目線に変化が

―― 米国の場合は1980年代に公的年金基金が株式市場に流れ込み、ベンチャーキャピタルファンドを支える源泉にもなったとのことですが、日本でも年金改革によって同じようなことが起きているのでしょうか。

各務 米国の場合、ベンチャーキャピタルの一番大きな資金の源泉は年金(ペンション)と、エンダウメントと呼ばれる大学基金です。寄付の蓄積から成る大学基金が、スタンフォード大学では3兆円、ハーバードでは4兆円以上もあります。世界の組織の中で最もお金持ちなのが米国の大学なのです。基金の15%くらいがプライベートエクイティ、つまり未上場会社への投資に使われています。これがベンチャーキャピタルの資金ソースとなり、投資した会社が成功すると、大学基金へのリターンがあるだけでなく、成功起業家からの寄付によって大学がさらに潤うというメカニズムが働いています。

 年金基金という長期的に運用すべき資金の一部が、リスク資産であるプライベートエクイティに向かっているところも米国のエコシステムの特徴です。日本の場合はまだ大学基金の規模がけた違いに小さいのですが、GPIFのような公的年金基金の一部が株式市場に回るようになり、機関投資家である株主が高齢社会を支える年金であることも手伝って、株主の意思が公共性や社会性を帯びるものととらえられるようになって、コーポレートガバナンス改革も質的に次なるステージに移行しました。こうした株主の収益性向上への意識もまた強まったことで、大企業もスタートアップ企業と目線を同じくして協業しないと生き残れないという感覚を強く持ち始めています。

―― 以前は大企業とベンチャーが協業する場合、結局は大企業が主導権を握るようなケースもありましたが、そこは意識が変わってきたのでしょうか。

各務 一部の企業では変わってきています。例えばトヨタ自動車は米国にトヨタ・リサーチ・インスティテュートを設立し、米国防総省・国防高等研究計画局(DARPA)にいた人材やAIの専門家などを雇い入れました。並行してベンチャーキャピタルファンドも作り、自動運転技術にかかわるスタートアップ企業を買収するといった動きに出ています。富士フイルムも再生医療系のスタートアップなど多くのM&Aを手掛けています。こうしたことを行っている企業とそうでない企業では、これから大きな差が生まれてくるでしょう。

 数年前まで、「各務さんのやっているベンチャー支援は大事だから、大企業としてどうやって支援しましょうか?」といったベンチャー企業に対して上から目線の態度を取る大企業幹部の方もいましたが、今やスタートアップとの協業は生き残りのための重要テーマになっています。

大学発スタートアップが20年後の産業をつくる

―― IPOに限らずバイアウトを目指すなど、起業家の目標にも多様性が出てきました。

各務 例えば創薬ベンチャーの場合、製品開発や承認に膨大な時間がかかるためベンチャーキャピタルファンドの運用期間が10年間だと間尺が合わないことが多いんです。ですから、期間の途中で評価を受けてM&Aされるマーケットがないと難しい。これまでは海外企業しか買い手がいませんでしたが、日本の企業も参画するようになってきました。今はそうした潮流へのちょうど過渡期にあります。

 IPO一本やりからM&Aマーケットの動きが活発化してきたことは、大学発ベンチャーにとっても大きな意味があります。IT関連分野ではエコシステムが結構働いていますが、素材、薬品・医療機器、ものづくりといったディープテック系の領域ではまだまだ進んでいません。日本では楽天、DeNA、mixiなどの出身者が次々にベンチャーを作り出していますが、ディープテック系で同様の動きを加速させることが課題となります。

 先ほど言及したペプチドリームはその候補の1つで、バイオテックやライフサイエンス系の企業からどれだけ多くのベンチャーが生まれて、のれん分けが進むかがポイントになっていきます。

―― スタートアップ支援に関して今後の目標は?

各務 私が会長を務める日本ベンチャー学会から、昨年の緊急事態宣言が出た翌日の4月8日に緊急提言を発表しましたが、その中で第一の提言として、今後のわが国のイノベーションの主役はスタートアップであるという認識を持つことの重要性を強調しました。ソニー、ホンダ、トヨタなど戦中、戦後まもなくの時期に誕生した企業がその後の日本経済をけん引したことを考えると、今から20年後の時価総額トップ20社には、恐らく現在のスタートアップ企業、あるいはまだ存在していない企業が名を連ねているでしょう。

 そうした時代をイメージすれば、今の段階でどこにリソース配分していくべきかを考えなければいけません。大学から生まれた圧倒的なスタートアップが20年後の日本の産業を復活させて、世界に冠たる企業として君臨できるように力を尽くしたいと思います。