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「デジタル時代だからこそ対面の共感力で真の絆を結んでいく」―永島英器(明治安田生命保険社長)

永島英器・明治安田生命保険社長

インタビュー

コロナ禍によって企業の営業活動は大きく変化した。とくに人と人の接点を協力減らす必要があったため、これまで対面を基本としていた生保会社は、営業手法の抜本的な見直しが必要だった。それはいかなるものだったのか。そしてアフターコロナの営業のあり方とは。7月に明治安田生命保険社長に就任した永島英器氏に聞いた。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(『経済界』2021年10月号より加筆・転載)

永島英器・明治安田生命保険社長プロフィール

永島英器・明治安田生命保険社長
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(ながしま・ひでき)1963年生まれ。86年東京大学法学部を卒業し明治生命保険(現・明治安田生命保険)入社。2010年静岡支社長、13年企画部長、15年執行役企画部長。16年執行役員人事部長、17年常務執行役を経て、今年7月社長に就任した。

コロナ禍で変化する生命保険会社の営業手法

デジタル化で顧客満足度が上がる

―― 7月2日に根岸秋男前社長(現会長)からバトンを引き継ぎました。日本のみならず世界がコロナ禍で混乱している中での就任です。

永島 平時でもコロナ下でも、身に余る大役を引き受けたことに変わりはありません。私たちには1200万人のお客さまがいて、グループで5万人の社員が働いています。そして140年の歴史もある。それを考えると、責任感と覚悟を日々感じます。

―― この1年間で環境が大きく変わりました。生保の多くは対面営業を基本としていましたが、それがむずかしくなっています。

永島 その代わりにデジタル化が急速に進んでいます。デジタルを活用することで、アドバイザー(営業職員)とお客さまとの対面・非対面のアクセスは以前の3倍に増えていますし、お客さま満足度も過去最高となるなど、評価をいただいています。

 このようなデジタルの進化は不可逆で、アフターコロナになっても後戻りすることはありません。しかしデジタル化が進めば進むほど、対面の共感力や、人にしかできないことが重視されるようになると私は思っています。社内でよく言っていることですが、AIもロボットも死に直面しないから不安や恐怖を感じることはありません。ですからお客さまの不安な心理を理解することはできないし、死なないがゆえに一期一会の出会いに感謝したり、感激の涙を流すこともない。真の意味での深い絆を築くことはできません。今こそ対面の力が、価値が大きくなったと、心の底から思っています。

 もちろん手段としてデジタルを活用しないことには勝負の土俵にはのぼれませんが、のぼったあとは人間力や共感力が今まで以上に重要になってきます。そのためには人の役割の高度化が必要です。

―― 具体的にはどうやって高度化をはかっていくのですか。

「お客さま本位」の視点で営業職員の評価を年次に変更

永島 営業職員に関しては、来年度から次世代アドバイザー制度をスタートさせます。次世代アドバイザーは、地域貢献に役立つ活動を通じて、より地域に入り込むことを目指します。これまでにも各地域それぞれのお祭りを盛り上げたり、地域の絆を紡ぐ活動を行ってきましたが、個の力に頼っていました。これからは、当社と地方自治体との地域連携協定も含め、会社として後押ししていきます。これにより、地域での会社もアドバイザー個人もさらに存在感を発揮できるようになると考えています。

 アドバイザーの評価の方法も見直します。アドバイザーの報酬は、昔は固定給が少なくて、比例給が多かったのですが、当社ではこれをずっと見直し続けてきて、現在では固定7割、比例3割になっています。その3割分は毎月25日に締め、次の月の給料に反映されます。

 しかしこれだと、締め切り日が近づくと、翌月の給料を増やしたいためお客さまに契約をお願いするケースもあります。お客さまがそのタイミングで申し込もうとしているのならいいのですが、そうでないかもしれない。これではお客さま本位ではありません。そこで来年度からは1カ月単位ではなく1年単位へと時間軸を伸ばします。今年の成績は翌年の給料が決まるというスタイルに変えていきます。

契約者の増加が最大の経営指標

―― 月次から年次にするのはそんなに大変なことなんですか。

永島 月次から年次へと変える理由の一つに、自立した個の社員を増やしたいという思いがあります。アドバイザーの中には、毎月の締め切りごとに背中を押されるから頑張れるという人もいます。でもそれよりも、自立して、自分で人生設計し、目標を立ててそれに向かって頑張っていくようになってほしい。その切り替えは、人によってはそれほど簡単ではないかもしれません。ですから指導する営業所長の役割が重要になってきます。

 以前、当社にはチャレンジ月間というのがありました、特定の月に、通常より多い目標を掲げて、営業所全体で達成を目指すというものです。達成できれば、例えば所員全員で食事会に行くこともありました。このように組織で動くことによって一体感が生まれるのは事実です。でもこのように組織を重んじるより、個人一人一人の合計が組織の成績であるべきです。

 そのためにチャレンジ月間もなくなりましたし、月次から年次への変更も、個として自立するための施策です。

―― インセンティブを徐々に減らしてきたと言いますが、それでは新規の契約をとるのがむずかしいのではないですか。

永島 確かに新規契約を取ってくることがすべて、という時代もありました。でも今は、既存のお客さまを守ることも大切で、会社としてもその方向へと変わってきました。今いるお客さまからの評価が高くなれば継続率も高くなります。

 ですから今、会社としてこだわっているのはお客さまの数です。一人一人のアドバイザーが明治安田フィロソフィーに則り行動すれば、お客さまの信頼感は絶対に高まります。それが継続率につながり、新たなお客さまの紹介にもつながります。先ほど言った地域での活動も、一生懸命にやっていれば、新しい仕事につながります。ですからお客さまの数が増えるということを非常に重視しています。

―― 具体的な数字目標があったら教えてください。

永島 現在、当社は23年度を最終年度とする中期経営計画に取り組んでいます。そこでは、お客さまの数を、20年度末比で、個人で14万人増、法人で12万人増の合計1235万人まで伸ばそうと考えています。

 われわれは相互会社です。相互会社とは運命共同体の船のようなものだと私は考えています。だったら船が大きいほうがいい。安定するため仮に嵐になっても安全に航行することができるはずです。そのためにもお客さまを増やしていきたい。

―― 日本の人口は今後大きく減っていきます。その中で契約者数を増やすのはそんな簡単なことではありません。

永島 そのためにも地域での取り組みが大切になってきます。われわれは全国に1千カ所の営業所があって、それぞれの地域で地元に密着した活動を行い地域の活性化にも協力しています。これまで35都道府県と地域連携協定を結び、市町村では325自治体と協定を結んでいます。こうした自治体とは健康増進などさまざまな形で協力しあっています。

 例えば当社の「ベストスタイル健康キャッシュバック」という保険は、毎年の健康診断の結果に応じてキャッシュバックを行っています。都市部のサラリーマンは、毎年健康診断を受けていますが、地方や自営の方の中には健康診断を受けてない方もいらっしゃいます。アドバイザーがこういう方たちの相談に乗り、健康診断を勧めることで、疾病の早期発見や重症化予防につながります。こうした活動を通じて地域や地元の方の健康に貢献し、その結果としてお客さまが増えていけばいいと思います。

永島英器・明治安田生命保険

永島英器社長が描く成長戦略とは

相互会社ならではの長い時間軸での投資

―― それでも国内市場だけでは成長はあまり望めません。成長戦略を教えてください。

永島 資産運用の位置付けが今まで以上に大きくなってくると思います。大切な視点が2つあって、ひとつは大きな変化の起きる時にはリスク・リターンの歪みが生じがちなので、そこをとらえた機動的な運用をすること。そしてもうひとつは成長の場に身を置くということです。そうなると中長期的に投資するのは海外ということになります。

 資産運用を成長戦略とすることは中計にも盛り込まれています。また海外事業の収益割合は10年前に定めた目標があり、27年度をめどに、現在10%程度の収益比率を15%にまで引き上げる方針です。

―― 信託銀行なども資産運用に力を入れています。優位に立つ決め手はなんでしょうか。

永島 あるとしたら時間軸です。生保の場合、お客さまとの約束は20年、30年と長期にわたります。しかも相互会社は株式会社と違って短期的な利益を追求する必要がないので、より長期的な視点で経営ができます。そういう意味で他の業態とは時間軸が違う。そこに当社ならではの投資のスタンスが出てくると思います。

立自立した個を育てる

―― 社長に就任したばかりですが、その座を後進に譲るまでに明治安田生命をどのような会社にしてバトンを渡したいですか。

永島 何年務めるかとは全く考えていませんが、一貫して思っているのは、先ほども言ったように自立した個を一段と際立たせて、それぞれが真摯に誠実に幸せを追求していけば、結果としてお客さまの満足度が上がり、会社の価値も上がる。そうなれば社員の処遇にも反映できます。このような、自立した個を出発点とする美しい循環をつくりたいというのが一番ですね。

―― 人事部長を務めただけに社員の成長に期待する部分が多いんでしょうか。

永島 自立した個という考え方は昔からですね。人事担当役員の時には、他社に先駆けて65歳定年制を導入しましたし、昨年は2千人の契約社員の正社員化に踏み切りましたが、こうした施策も自己変革、自己成長が前提になっています。そのことは総代会でも申し上げていますし、この考えは今後も変わらず持ち続けていきたいと思います。