経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

街づくりのプロが語る渋谷再開発の醍醐味―髙橋俊之(東急取締役常務執行役員)

髙橋俊之・東急取締役

1920年代の田園調布から始まった東急の街づくり事業は現在、渋谷の再開発が注目を集めており、コロナ禍で鉄道事業が苦戦を強いられる状況において同社の収益を支える存在でもある。82年の東急入社以来、長年、街づくり事業に携わってきた同社常務の髙橋俊之氏に、街づくりの醍醐味、そして仕事をする上での信念を聞いた。聞き手=唐島明子 Photo=山内信也(『経済界』2021年11月号より加筆・転載)

髙橋俊之氏プロフィール

髙橋俊之・東急取締役
(たかはし・としゆき)早稲田大学理工学部土木学科卒業。1982年東京急行電鉄(現・東急)入社。多摩田園都市を中心に区画整理事業を担当し、多くの開発事業に携わる。2012年国際事業部長、14年東急ファシリティサービス社長、17年取締役都市創造本部長を経て、18年4月から常務、現在に至る。

街づくりにゴールはない

―― 渋谷の再開発が進んでいます。渋谷スクランブルスクエアの存在は定着しつつある一方で、東急東横店跡地など西口方面を中心に工事が続いています。渋谷の再開発は、完成まであとどれくらいのところまで来ていますか。

髙橋 街づくりは常にやり続けなければなりませんのでゴールはありませんが、現在計画している範囲についてはだいたい半分まで来ました。東急としては、2019年にオープンした「渋谷スクランブルスクエア」の東棟の開業が第1ステージで、今は後半戦の第2ステージに入りました。第2ステージでは、27年に渋谷スクランブルスクエアの中央棟と西棟が完成する予定です。

 渋谷の再開発は100年に1度の街づくりです。1964年の東京五輪の頃に渋谷の再開発をしようと考え始め、当時の五島昇社長が音頭を取り、渋谷の商店会や事業者とともに将来の渋谷について話し合うようになりました。そこから現実に再開発が動き出したのは2000年になってからで、05年に渋谷の駅周辺が都市再生緊急整備地域に指定されて動きが加速しました。

 再開発に向けた合意形成、都市計画の策定、地下の基盤整備などを終え、目に見える建物としての第1号が12年4月開業の「渋谷ヒカリエ」でした。その後は新しい施設が次々と登場しています。宮下公園前には「渋谷キャスト」(17年4月開業)、東急東横線の地上駅・線路があったところに「渋谷ストリーム」(18年9月開業)、旧東急プラザ渋谷があった場所には「渋谷フクラス」(19年10月開業)などが続々と建ち、昨年は屋上に新・宮下公園がある複合施設「ミヤシタパーク」(20年4月開業)がオープンしました。

―― 街づくりはさまざまな企業や団体が関わり、長い期間を要する大掛かりな事業です。

髙橋 渋谷ヒカリエや渋谷スクランブルスクエアは東急が開発していますが、三井不動産、三菱地所、東京建物、ヒューリックなども渋谷エリアで再開発事業に携わっています。これまで東急グループが中心となって渋谷の街づくりを進め、ステータスを上げてきました。その価値を他のデベロッパーの方々も認めてくれて、参加してくれているのだと思っています。いよいよみんなで一緒に渋谷を良くしていこうという機運になってきていて、新しいフェーズが始まろうとしています。

渋谷スクランブルスクエア
中央に建つのが2019年11月に開業した渋谷スクランブルスクエア東棟(提供:渋谷スクランブルスクエア)

鉄道事業がある東急は農耕型のデベロッパー

―― 街づくり事業の醍醐味や面白さはどこにありますか。

髙橋 街づくりはとにかく時間がかかります。今日、明日にすぐ結果が出るような仕事は一つもありません。日々の積み重ねの中でそこに関係する人をどう巻き込み、みんなに同じ方向を向いてもらい、納得いただくか。それができると加速度的に街は変わっていきますし、その変化のさまを目の当たりにしたときに醍醐味を感じます。

 最初の扉を開くのはすごく大変ですが、関係者みんなが「やっていこうぜ!」という空気になると、自分の及ばないところでもいろいろな動きが進み始め、大きなうねりが発生し、「今までやってきたことは正解だったんだな」と思えます。その変化は1年で出るときもあれば、5年かかるときもあります。

 街の開発計画は定期的に見直す必要があります。10年に1回くらいのスパンで大きな見直しをして、計画を描き直しています。渋谷の街では50年前からずっとそれを繰り返してきていて、今、本当にそのうねりが見えてきたタイミングです。

―― 他社も渋谷の再開発に加わってきているとなると、大きなライバルでもあります。脅威には感じませんか。

髙橋 確かに彼らは商売敵で、いよいよ来たなという、ある種の脅威も感じています。ただ、それだけ私たちがつくり上げてきた渋谷が認められたということでもあります。今後は東急の力だけでなく、他社の力も加わって渋谷がもっと良くなるのであれば、なおいいじゃないかと。しかも私たちはこれだけ長く渋谷でやってきていて、商店会や町内会の方々からも信頼を得ています。何十年も渋谷で積み重ねてきた努力に対する自信はあります。

―― 渋谷をはじめ、東急沿線の街で、場所を変えずに長年継続して都市開発をしてきている強みですね。

髙橋 一般的にデベロッパーは狩猟民族です。移動しながら狙った獲物を獲ったり、畑に押しかけるイナゴの大群のように、作物を一気に食べつくしたら次に行ってしまったり。しかし東急はそうではなく、完全な農耕型です。毎年のように一生懸命に畑を耕して、土に種をまいたら水や肥料をあげて作物を育て、果実を得たらまた畑を耕す。

 私たちが農耕型である理由は、鉄道事業を持っているのが大きいです。東急沿線エリアに住む500万人超の方々の生活を豊かにするお手伝いを私たちはして、皆さんが豊かになった生活から何らかのものを享受するということを事業構造としてずっと続けてきました。そして渋谷は東急沿線の中でも最重要の本拠地であり、例外ではありません。その地が常に豊かな場所であり続けられるよう、これからも渋谷を耕し続けます。

髙橋俊之・東急取締役

地主の立場に立ち選択肢を考える

―― 東急に新卒入社してから約40年たちました。これまでの間、苦難も経験していると思いますが、どのようにして乗り越えてきましたか。

髙橋 私は比較的、楽天的な性格ですので、くよくよ考えることはありません。とはいえ、夢でうなされてしまうような苦しいミスをしたこともあります。そういう時の解決法は、「自分だったらこうする」という答えをまず自分で出すことです。そして答えを出したら、同僚や上司に相談して意見を聞く。なぜなら自分で考えた答えが正しいかどうか分からないし、もしかしたら間違っているかもしれないからです。だからこそ周囲に意見を聞いて、自分が正しいのか間違っているのかを議論する必要があります。私は相談に乗ってくれる人が周りにいましたので、とても恵まれていました。

―― 夢でうなされるほどの苦しいこととは、具体的になどのようなミスだったのでしょうか。

髙橋 入社2年目くらいで、ある造成工事の仕事をしていた時のことです。設計や図面を引くのは、今ではほとんど外注になりましたが、当時は外注時の良し悪しを判断する能力を養うためにも自分たちである程度やっていて、私が設計を担当した時にミスをしてしまいました。土の中に杭を埋めて基礎をつくりますが、その杭は本来、例えば5メートル入れなければならないところ、私の計算ミスで1メートル足りなかった。そうすると4メートルしか打ってないので、本当はあと1メートル足さないと地盤ができません。それで実際に工事が進む中で、1メートル不足していることが原因で地盤が下がってきてしまったんです。

 自分なりに改善策を考え、関係者と共有して対策を講じ、結果的には改善できました。しかし、若いが故の経験不足、自分のミスに対する自責の念、そして情けなさなどが錯綜して、1週間くらい悩みに悩み、ついに夢の中で杭を飲み込んでしまいました。丸太みたいに太い杭でしたので、夢の中で苦しくて、「ウ~~~ッ」と唸り声を上げてしまった。心配した妻に起こされはしたものの私は夢うつつだったので、「杭を飲み込んだ!」と汗びっしょりになりながら、大騒ぎをしていたということがありました。

―― 入社2年目でそのようなミスをしたら、どうしていいか分からず、落ち着いていられなさそうです。

髙橋 本当に悩みましたね。ただ私は楽天的ですし、若造でしたからどうやって責任を取ればいいのかも分からないので、ひたすら謝るしかありません。当時を振り返って思うのは、やはり相談できる人がいるかどうかが重要です。誰もいなくて、自分一人で思い悩まなければならないような状況は気の毒です。仕事はチームですから、チームの中でどう課題を共有し、助け合っていくのか。それが大事ですね。

―― この時に相談したのは、当時の上司ですか。

髙橋 上司です。しかし上司にもいろんな人がいますよね。冷たい人もいれば、親身になって考えてくれる人もいる。私はこういう経験をしてきましたので、部下から相談される上司、慕われる上司にならないとダメだと意識するようになりました。今は、「サラリーマンは上司に好かれるより部下に好かれるべき」と考えています。

―― では部下から相談を受けたら、親身になって相談に乗っている。

髙橋 必ずそうするようにしています。相談を受ければ、自分でできることはとことん相談に乗ります。

 また仕事をするときには、どんな仕事でも自分のこととして置き換えるようにしています。例えばお金もそうです。事業をやるにはお金がかかりますが、会社のお金だと思うと甘えが出てきてしまいます。でもそれが自分のお金だとしたらどう考えるか。

 東急沿線で担当してきた区画整理事業でも同じです。私たちはたくさんの地主さんから土地を預かって開発を進めますが、地主さんからしてみれば自分の財産を東急に託すわけですよね。私たちはそれに見合うものを返さなければなりませんが、それぞれの地主さんの考え、思い、置かれている状況は違います。区画整理の方針だけを一方的に伝え、「これが正義です」「これが正しいです」と押し付けたら、そこからこぼれてくる人は必ず出てくるし、必ず不協和音が生じるでしょう。

 しかし一人一人、相手の立場に立って、この人にとってはどの選択肢が一番いいのかを考える。そこには色んな意見があり、ある人を立てれば別の人が立たなくなってしまいます。でもそうやって真剣に考えていると、どこで折り合いを付ければいいかがおのずと見えてきます。

経験を渋谷の街づくりに生かす

―― 各々の地主さんの話を聞き、自分事として引き受けて考えていく間に妥協ポイントが見えてきて、地主さんたちも100%自分の希望通りでなくても受け入れてくれるということですか。

髙橋 そうです。地主さんも「そこまで考えてくれたなら仕方ない」と受け入れてくれます。はじめからそこを狙っているわけではありませんが、でも私たちにそれくらいの覚悟がないと、人間は腹を割ってくれませんよね。

―― 渋谷の街づくりでも、その経験は生きていますか。

髙橋 生きています。渋谷でも商店会、町内会など地元の人たちに、同じ方向を向いていただくのは一番大事なことです。渋谷と一言で言っても、町内会はいくつもあります。商店会は7つあり、地元に住んでいる人もいれば通いの人もいるので考えや利害関係は多様です。その皆さんに同じ方向を向いてもらうために時間をかけて、私たちは黒子になって話し合いの場を設け、関係づくりを進めてきました。

 渋谷は現在進行形ですが、最近うれしいのは、渋谷の街の人たちが私たちを見る目が変わってきていて、東急への信頼が生まれているように感じられることです。そこは東急会長の野本弘文が渋谷の街づくりに関わっていく中で、最も力を入れてきた部分だと思います。

 皆さんに「渋谷の街をこうしたいんだ!」と夢を語ってもらい、それを夢で終わらせないために私たちが現実に努力するさまを見てもらうことで、本物の信頼は生まれます。これまで東急が中心となって進めてきた渋谷の再開発に他社の皆さんの力も加わり、うねりが見えてきました。力を合わせて皆さんの夢を実現させ、渋谷の街をさらに良いものにしていきたいです。