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日の丸半導体の再起へ高収益のビジネスモデルに活路―内海 弦(アーム社長)

内海 弦・アーム社長

凋落してしまった日本の半導体産業は、全盛期だった1980~90年代の活力を取り戻すことができるのか。半導体産業で30年以上のキャリアを重ね、現在は英半導体設計大手Armの日本法人、アームの社長である内海弦氏によれば、日の丸半導体に復活の目はあるという。文=白川 司 Photo=山内信也(『経済界』2021年11月号より加筆・転載)

内海 弦・アーム社長プロフィール

内海 弦・アーム社長
(うつみ・ゆずる)1961年生まれ、大阪府出身。87年同志社大学工学部卒業後、インテルジャパン(現インテル)入社、89~90年Intel本社サンタクララ勤務。95~96年はVLSIテクノロジ、97年~2003年は再びインテル、03~08年はテンシリカ勤務。08年アーム入社、OEMセールスを経て10年セールス担当バイスプレジデント、13年に社長に就任し、現在に至る。

 今年に入ってから、半導体産業をめぐる国内の動きが活発化している。経済産業省は3月、今後の半導体産業などの政策を検討する「半導体・デジタル産業戦略検討会議」を設置し、6月には「半導体・デジタル産業戦略」を公表。また自民党は5月に入ってから「半導体戦略推進議員連盟」を設立した。しかし日本の半導体産業はその競争力を失ってから久しく、経産省の動きも自民党の議連も今更感は否めない。

 だが、「これから日本が復活する目はあります」と断言するのは英半導体設計大手Armの日本法人、アームの内海弦社長だ。内海氏は1987年にインテルジャパン(現インテル)に入社してから一貫して半導体産業の先端を渡り歩き、半導体のビジネスを知り尽くしている人物だ。

垂直統合のビジネスに固執し海外勢に市場を奪われた日本の半導体産業

 「日本の強みは品質と信頼性の高さです。もともと教育水準が高くて勤勉な国民性ですし、現在、労働コストは決して高くありません。日本国内で半導体を作る環境は整っています」と内海氏は説明する。

 ただ、日本が復活するためには、過去の失敗を分析しておく必要があるという。そこで日の丸半導体の失敗の歴史と半導体産業の現状を振り返ってみよう。

 「1980年代は日米半導体摩擦のまっただ中で、日本企業が半導体の設計も生産も他国を圧倒していました。『半導体は産業の米』と言われ、名だたる日本企業は半導体でしのぎを削っていました」(内海氏)

 日本が半導体産業で興隆を誇っていた当時、日本企業は半導体の「設計」と「生産」の両方を行う〝垂直統合〟のビジネスを行っていた。だが、半導体の進化とともに設計や生産コストが著しく高くなり、世界の半導体産業は〝水平分業〟のビジネスモデルへと移行する。半導体の「設計」を行う企業と「生産」を行う企業に分かれ、徐々に台湾や韓国などが台頭し始める。

 日本のシェアが奪われたのは、対日貿易赤字が拡大していた米国の圧力で86年に日米半導体協定を締結したことに加え、日本の労働力が海外と比べて相対的に高かったことなどが理由ではあるが、それ以上に日本企業が垂直統合のビジネスモデルにこだわり、大量生産による薄利多売競争についていけなくなったのが大きな敗因だ。

 「特に台湾のTSMCなどはかなり早い段階で水平分業へのシフトを察知して、半導体の『生産』に特化して投資していました。それが今の躍進につながっています」(内海氏)

 今やTSMCは、世界トップの半導体の生産技術を持つ。他社からの委託に基づいた半導体を生産しているが、その顧客にはアップル、AMD、ブロードコム、クアルコム、インテル、エヌビディアなどが名を連ね、世界シェアは50%を超える。

設計に特化して高収益を上げるArm

 このように水平分業で「生産」に注力するTSMCに対して、「設計」に専念している企業として有名なのが、現在、内海氏がいるArmだ。2016年にソフトバンクグループが3・3兆円での買収を発表し、わずか4年後には4・2兆円で米エヌビディアに売却されたるとでも注目を集めている。

 Armは創業以来、約30年にわたって半導体の設計に特化し、設計図のライセンス(使用許諾)とロイヤリティ(知的財産権)を提供してきた。他社に半導体の設計図の利用を許可する段階でライセンス料を徴収し、半導体が工場で生産・出荷されるたびにロイヤリティの使用料を得る。

 同社の20年の売上高はグローバルで約2千億円。「私たちの売り上げは地道に伸びていますが、額としては決して大きなものではありません。これからいかに成長させるかが今後の課題です」と内海氏は言うが、アップル、ファーウェイ、サムスン電子など、ほぼすべてのスマートフォンがArmのアーキテクチャを採用しており、スマホ向けでは世界シェア約95%とほぼ独占状態だ。

 シェアを拡大した背景の1つとして、Armアーキテクチャのセキュリティの高さと省電力性能に強みがある。そしてこれはスマホに限ったメリットではなく、ニンテンドースイッチのようなゲーム機、デジカメ、家電、WiFi機器、ボタン電池しか搭載できないようなIoTデバイス、ICカード、さらには富士通と理化学研究所が共同開発したスーパーコンピュータ「富岳」、そしてこれから大きな需要が見込まれる電気自動車など、幅広い分野で採用されているという。

垂直統合のインテルはPC用に注力し成功

 このように半導体の設計と生産、それぞれの分野で寡占が進む一方で、かつての日本と同じ垂直統合のビジネスを行いながらも成功している企業がある。内海氏の古巣であるインテルだ。

 設計から生産まで、インテルはすべての工程を自社で行っているが、高収益なパソコン用の半導体に注力する戦略をとったことで現在の地位を築いた。2021年第1四半期の米マーキュリーリサーチの調査によれば、パソコン用では約80%のシェアを有し、20年の半導体メーカー売り上げでは世界1位の727億5900万ドル(約8兆円)だ。そしてこのインテルの戦略に、日本が半導体産業で再浮上するためのヒントがあると内海氏は語る。

 「薄利多売の半導体ビジネスに日本企業が足を取られるのをよそに、インテルは高収益なパソコンやサーバー用の半導体に注力することで現在のポジションを築きました。これからの日本の半導体産業は、インテルのように高い収益をあげられるビジネスモデルを作り上げることが重要です。例えば宇宙産業は有望で、ロケットは人工衛星などでは高性能で高寿命な半導体が求められますから、品質と信頼性が高い日本の強みが生かせるはずです」

 また復活を果たすには、政府・行政の役割も少なくない。「官民で半導体産業を守ることは賛成ですし、そのためには国による半導体政策も重要になります。技術ばかりに目を奪われず、高収益なビジネスモデルの設計と人材育成に目を配ってもらえるといいと思います」と内海氏は期待を述べる。