経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

携帯キャリアが競い合うスマホ戦争「宇宙の陣」

三木谷浩史・楽天社長

民間人でも宇宙に行ける時代が到来、2021年は宇宙ビジネスが一気に花開いた年となったが、その波は携帯電話の世界にも及んでいる。キャリア各社は、通信衛星を利用したサービスの準備を進め、早ければ年内にもスタートする。スマホ戦争「宇宙の陣」が間もなく始業する。文=ジャーナリスト/石川 温(『経済界』2021年12月号より加筆・転載)

通信業界が空の技術開発に注力する理由

 2020年3月にNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクでサービスが開始された第5世代の通信サービスである「5G」。さらに通信業界的には早くも6Gの技術検討が行われ始めている。

 そして次のターゲットとして注目を浴びているのが「空」を巡る技術開発だ。

 スマートフォンが通信や通話を行うには、最寄りに設置された「基地局」とデータのやりとりをする必要がある。基地局は半径数十メートルから数キロの距離に電波を飛ばしている。

 NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクであれば、それぞれが全国に20万以上の基地局を設置してサービスを提供。昨年、本格的に新規参入を果たしたばかりの楽天モバイルも既に全国に3万カ所以上の基地局を設置。22年3月までに4万4千局を建てる計画だ。

 都心であればビルの屋上、住宅地や農地、道路沿いなどの地上に基地局を設置してサービスを提供するのだが、当然、そこからでは電波の届かないところも多い。地下鉄や地下街、商業ビルの中心部分には、外からの電波が届かないため、屋内用の小型基地局を設置している。

 ネットワークの広がりを数値化する際に「人口カバー率」というのが用いられている。国勢調査に用いられる約500メートル区画において、50%以上の場所で通信可能なエリアを基に算出されている。

 つまり、仮に「人口カバー率」が100%であっても、必ずしも100%の人たちの自宅で携帯電話が使えるとは限らないのだ。

 現在、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクでは人口カバー率99・9%を誇っているが、まだまだ「携帯電話が使えない」という地域が全国に存在する。19年現在で全国1万6千人が「圏外」の地域に住んでいるとされているのだ。

 携帯電話サービスが開始されて30年以上が経過するが、なぜいまだに圏外の場所が存在するのか。

 携帯電話サービスを提供するには、基地局まで光回線ケーブルを敷設する必要がある。いまだに圏外というエリアは山間部の奥地にあるなど、光ケービルを敷設するのが困難な場所にあるケースが大半だ。仮に光ケーブルを敷設できたとしても、工事費が莫大にかかる一方、ユーザー数が圧倒的に少ないということで、携帯電話会社が工事を見送ることがほとんどなのだ。総務省や自治体が補助金を出そうとしても一向にエリア化されないのには「工事が困難」あるいは「採算がとれない」という理由が大きい。

人口カバー率に劣る楽天の起死回生策

 そんななか、そうした地域を衛星を利用することでエリア化しようという動きがある。

 楽天モバイルは、アメリカの宇宙事業ベンチャーであるAST Space Mobileとともに「スペースモバイル計画」を進めている。この計画では上空430マイル(約700キロ)に低軌道衛星を飛ばし、空から電波を地上に吹く。地上にあるスマートフォンと直接通信を行うことで、全国の人口カバー率100%を目指すというわけだ。

三木谷浩史・楽天社長
「スペースモバイル計画」を進める楽天の三木谷社長

 既存3社は既に99・9%の人口カバー率を誇る一方、楽天モバイルの計画では21年中に人口カバー率96%となっている。残りの4%弱を埋めていくには、それこそ人があまり住んでいない過疎の村などを全国でしらみつぶしにエリア化していく必要がある。既存3社のように、既に多数の契約者数を抱え、資金的に余裕があれば、そうした設備投資も可能かもしれないが、500万程度の契約者数しかない楽天モバイルではそこまでの設備投資は難しい。

 そこで、楽天モバイルとしては逆転ホームランを狙うべく、衛星から電波を飛ばして一気に全国をエリア化してしまうというのだ。計画では23年以降の実用化を狙っている。

イーロン・マスクと手を組んだKDDI

 かつて、「イリジウム」といった衛星電話サービスもあったが、イリジウムは衛星と通信するための大きなアンテナが携帯電話に備わっていた。楽天モバイルとASTとのスペースモバイル計画は、普通のスマートフォン、つまり今使われているiPhoneでも衛星と直接、通信ができるとしている。

 荒唐無稽に見えるスペースモバイル計画に対して、慎重な姿勢を見せるのが競合他社の関係者だ。スペースモバイル計画に対して「そもそも、一般的なスマートフォンはどんなに頑張っても100キロ程度しか電波が届かない。地上から低軌道衛星には電波は直接届かないため、サービス提供するのは無理なのではないか」と声を潜める。

 ASTがサービス内容について解説する動画が、YouTubeに上がっているのだが、新たに開発した特殊なアンテナがあれば、地上にあるスマートフォンと直接通信が可能だとしている。果たして、スペースモバイル計画で、衛星とスマホが本当に直接通信できるのか、関係者の多くが注目している。

 そんな中、現実的な手法で全国エリアカバーを広げようとしているのがKDDIだ。

 KDDIは、電気自動車「テスラ」などを手掛けた経営者であるイーロン・マスクCEOによる宇宙事業会社スペースXと9月に提携。同社が提供する衛星ブロードバンドインターネット「Starlink」をau基地局のバックホール回線に利用する契約を締結した。

 Starlinkの通信衛星は、高度約550キロの低軌道上に配置されており、従来の静止軌道衛星に比べて地表からの距離が65分の1程度と大きく近づくため、大幅な低遅延と高速伝送を実現している。

 KDDIでは、光回線ではなく衛星との通信によって、これまでサービス提供が困難とされていた山間部や島しょ地域などをエリア化し、さらに災害発生時のネットワーク復旧対策に活用する計画だ。22年をめどに全国1200カ所に導入するという。

 KDDIはかつてはKDDとして国際通信を手掛けており、衛星通信のノウハウを豊富に持っている。実際、Starlinkが日本で展開する際には、KDDIが総務省より実験試験局免許の交付を受けて、通信衛星と地上のインターネット網を接続するゲートウェイ局(地上局)をKDDI山口衛星通信所に構築。技術検証を両社共同で行ってきた。

 Starlinkはアメリカなどで一般ユーザー向けにサービスを手掛けているが、小型のパラボラアンテナを庭や屋根に設置して、固定通信として利用するものとなっている。スマートフォン単体との通信ではなく、あくまでパラボラアンテナがなくては衛星と通信ができないため、KDDIとしてはau基地局のバックホール回線としての活用を計画しているのだ。

ソフトバンクは宇宙と空の2面作戦

 ソフトバンクは空からの通信に対して、幅広く活動を行っている。

 例えば、ロンドンに本社を構えるOneWeb(ワンウェブ)に対しては資金出資をしているだけでなく、今年5月に日本およびグローバルでの衛星通信サービスの展開に向けた協業に合意している。

 ワンウェブは地球上空に648基の衛星を飛ばし、地上に向けて通信サービスを手掛けようとしている。地上にはパラボラアンテナが必要となるサービスだ。

 主に通信環境が整っていない新興国でインターネットを普及させることで、これまでアナログだった産業を一気にデジタル化させるという。

 ワンウェブは既に182基の打ち上げを完了。今後、商用環境での実証試験やデモンストレーションを実施して、21年末までに北緯50度以上の地域で、22年には世界中で商用サービスを開始する計画だ。

 もうひとつ、ソフトバンクが注力しているのがHAPSモバイルだ。HAPSモバイルは上空20キロ程度の成層圏を、ソーラーパネルを積んだ無人飛行機がグルグルと旋回する。地上に向けて吹く電波は、スマートフォンが使っている既存周波数帯だ。HAPSモバイルは、日本展開する際には3Gサービスで使っている周波数帯を転用しようと考えているようだ。

 スマートフォン単体で電波が届く距離はHAPSモバイルによれば100キロ程度といわれている。HAPSモバイルは既に使っている周波数帯を用いて、スマートフォンと直接、通信を行うサービスを提供する。

 空からの通信はグーグルの親会社であるアルファベット社も関心を寄せ、Loonという子会社をつくり、研究開発を行っていた。HAPSモバイルは、Loonが持っていた約200件の特許を取得することに合意。HAPSモバイルが独自に持っていたものと合わせ、約500件の特許でHAPSの商用化に向けた準備をさらに加速させていくという。

 HAPSモバイルでは、通信環境が整わない新興国だけでなく、万が一、日本で災害が起きて通信回線が遮断された時に、すぐに上空から電波を吹けるようにと検討が進められている。

激化する宇宙と空の覇権争い

 既存の携帯電話3社は、11年の東日本大震災の時に、津波で基地局が流され、ネットワークサービスが長期間、停止するなどの被害に遭った。その際、短期間での復旧に役立ったのが衛星通信であった。

 10年前、スマートフォンの普及は過渡期であったが、今では誰もがSNSで情報を得るだけでなく、発信も行う。今後、仮に災害が訪れたときにも、大容量で通信ができるようにと、新たな衛星通信や無人飛行機を活用しようと準備を進めているのだ。

 また、6G時代となる30年ごろには、今まで以上に無人のドローンが街中を飛行する可能性が高い。リモートからの操作で安定して飛行させるには、通信でリアルタイムにつながっている必要がある。これまでの基地局は地上に歩いている人に向けて電波を飛ばしていれば良かったが、将来的には空を飛ぶドローンに対して電波を吹く必要が出てくるため、宇宙や成層圏から電波を飛ばした方が効率的というわけだ。

 各社が空からのエリア化を進める背景には「全国100%のカバー率実現」「災害対策」「6G時代への準備」といった複数の要因が存在する。30年に向けて、既に空の覇権争いが始まっているのだ。