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第3回 疑惑議員から学ぶ企業と政治家の距離(前編)あっせん利得罪の難しさ -園田 寿

園田寿

【連載】刑法学者・園田 寿の企業と犯罪

企業の犯罪の事例の論点を法的な視点から掘り下げる本連載、第3回はあっせん利得罪の難しさについてです。2016年に甘利明経済再生相(当時)がこの罪に問われ、不起訴処分となりました。これを例に企業と政治家のあるべき距離について考えていきます。(文=園田 寿)

園田寿氏のプロフィール

園田寿
(そのだ・ひさし)1952年生まれ。甲南大学名誉教授、刑法学者、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、被害者のない犯罪などを研究。主著に『情報社会と刑法』(成文堂)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(朝日新書、共著)など。YAHOO!ニュース個人のオーサーとしても活躍中。

今もくすぶり続ける甘利疑惑

 「どぶ板政治」とか、「どぶ板選挙」といった言葉があります。最近はあまり見かけませんが、以前はよく家の前に雨水や汚水を流すための「どぶ」と呼ばれる細い溝があって、政治家たる者、舗装された表通りばかりを歩いているのではなく、どぶ板を踏むくらい路地の奥まで深く入り込んで庶民の声を聞き、それを行政に伝えるような政治をしないとだめだ、と言われたものです。

 地方と中央のパイプ役というのは政治家の重要な役割ですが、そこにエゴが働き、これが「口利き」となって、さらにそこに金銭が絡んでくると犯罪の臭いがしてきます。これを5年前の甘利明経済再生相(当時)の疑惑を素材として、企業と政治家のあるべき距離について考えていきます。

 発端は、甘利氏の地元事務所が、千葉県の建設会社の総務担当者から現金と飲食接待などの利益供与を受けていた疑いがあるとの記事でした(2016年1月20日付け「文春オンライン」)。大臣室での生々しい現金授受のやりとりも録音されており、結局、甘利氏は秘書と共に600万円を受け取ったことを認め、経済再生相を辞任しました。当然です。

 この裏には、当時千葉の建設会社と独立行政法人都市再生機構(UR)の間で生じていた用地買収に関するトラブルあり、その建設会社の総務担当者が、補償交渉に関して甘利氏に口利き(あっせん)を依頼し、見返りに現金等を渡したと証言しました。その後、甘利氏の秘書がURと接触した後で急に補償金の額が釣り上がり、最終的に2億2,000万円の補償金が出されていたことも判明しました。

 甘利氏は、あっせん利得処罰法違反や政治資金規正法違反で告発されたものの、東京地検特捜部は、甘利氏側がURに対して不正な口利きをした事実は確認できなかったとして、甘利氏と元秘書2人を不起訴処分(嫌疑不十分)としました。これが疑惑の内容です。

あっせん利得罪のわかりにくい構造

 問題となっているあっせん利得罪とは、政治家(と国会議員秘書)が、官庁が結ぶ契約や官庁が行う処分に関して依頼を受け、その政治家の「権限に基づく影響力を行使して」、相手の公務員に口利きをすることの報酬として金品などを受け取る行為を処罰するものです(政治家は3年以下の懲役、国会議員秘書は2年以下の懲役、金銭等を贈った方は利益供与罪として1年以下の懲役)。要するに、政治家が金品を受け取って、権力を笠に着て行う不当な口利き行為を処罰することによって、国民に対してクリーンな政治活動を保障しようとするものです。

 刑法典には似た犯罪としてあっせん収賄罪(刑法197条の4)がありますが、これは依頼を受けた公務員が、他の公務員に職務上の不正な行為をさせたり、正当な行為をさせないように口利きをすることが要件(不正な公務の防止が目的)です。一方、あっせん利得罪は、口利きの内容が公務員に適正な職務行為をさせたり、不当なことをさせないものであっても処罰の対象となるという点(クリーンな政治の保障)で大きな違いがあり、処罰の範囲も広いものとなっています。

 ただ、口利き自体は昔から政治活動の一つと考えられてきましたし、口利きに際して無言の威圧感を与えることがあっても、物言いが穏やかで紳士的、低姿勢である場合もあるでしょう。例えば「予算委員会で問題にする」とか、「人事を動かす」などと言えば、「権限に基づく影響力を行使した」と言えそうですが、実際にはその認定はかなり厳しいことが予想されます。実は本罪が国会議員に対してはまだ1度も適用されたことがないという事実も、立件の難しさを物語るものかもしれません。

甘利氏のケースは罪が成立するのか

 甘利氏の疑惑で公表されたUR側の面談記録を見てみますと、「少しイロをつけてでも」とか、「顔を立ててくれ」と甘利氏の秘書が迫る場面もありますが、他方で、「圧力をかけてカネが上がったなどあってはならないので、機構本社に1度話を聞いてもらう機会をつくったことをもって当事務所は本件から手を引きたい」とか、UR側から秘書に対して、「これ以上は関与されない方がよろしいように思う」と言っており、秘書が「URには迷惑をかけてしまい申し訳ない」と謝罪している場面などもあります。

 このようなやりとりを見ると、確かにいわゆる広い意味での「口利き」はあっただろうと思いますが、これが国会議員としての甘利氏の「権限に基づく影響力を行使した」口利きかと言えば、微妙なものがあるのではないでしょうか。

 ただし、あっせん利得罪は、「あっせんをすること又はしたことにつき、その報酬として財産上の利益を収受したとき」(あっせん利得処罰法第2条)に成立します。そして、ここが重要な点なのですが、あっせんを依頼する際には、議員の「権限に基づく影響力を行使して」、相手に圧力をかけることまでを依頼する必要はありません。なぜなら、「権限に基づく影響力を行使する」ことは、あっせんの内容ではなく、口利きをする時に問題となるあっせんの方法だからです。つまり、口利きを依頼する側は、議員に対して「権限に基づく影響力を行使した」威圧的な口利きまでを依頼する必要はないし、議員の側もそのようなあっせんを約束して金品を受け取ることまでは犯罪成立要件として要求されていないのです。

 具体的には、A業者に対する◯◯業の許可を早く出すようにB省の役人に単に「働きかけてください」という依頼や、◯◯業者から◯◯という物品を納入するよう単に「C省の役人に働きかけてください」などの依頼を受けて、これらを承諾し、「あっせんをすること」の見返りに金銭を収受したような場合が考えられます。国会の法案審議でも、務省関係者の解説書でもこのように理解されています(勝丸充啓編著『わかりやすい あっせん利得処罰法Q&A』大成出版社)。

 甘利氏および秘書が大臣室や事務所で複数回にわたって現金を受け取った際に、具体的にどのようなやりとりがあったのかが重要となりますが、私はあっせん利得罪が成立するのではないかと思いますし、そうならば当然、金銭を贈った企業側にも利益供与罪が成立することになります。

まとめ ~政治家と企業の適切な距離とは

 路地裏の腐ったどぶ板を踏んでしまって靴が泥だらけになった議員が、この人たちの暮らしを何とか改善したいと思って行政に掛け合い、その結果道路や下水道が整備されることになる。議員が住民から日常生活の困り事を相談されたり、陳情を受けたりして、行政に対して直接掛け合って働きかけを行うことは、昔から議員活動の重要な仕事の一つであるとされてきました。口利きは与党・野党に関係ありません。

 国民一人一人の悩みの解決が国全体の利益につながることはよくあることで、そのような個々人の悩み、困難を1つずつ丁寧にくみ上げ、行政に掛け合うのも政治家の重要な活動に違いありません。しかし、そこに金銭が絡んでくると、受け取った側はそれが国民全体の利益につながることだと胸を張れるものではなく、クリーンな政治活動とは言えなくなります。金銭を贈った側も、悪賢く汚い手を使って他人を出し抜き、もっぱら自己の利益のためにだけ行動したとのそしりを免れず、企業としての見識も問われることになるでしょう。