経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「非常事態の今だからこそ経営理念が問われている」―岩瀬賢治(テイクアンドギヴ・ニーズ社長)

テイクアンドギヴ・ニーズ 岩瀬賢治社長

ハウスウェディングのパイオニアであるテイクアンドギヴ・ニーズ。コロナ禍により結婚式は軒並みキャンセルされたため、前3月期は赤字に沈んだ。しかし実際の結婚式の中止はわずか2%ほどというのは岩瀬賢治社長。その低さの背景には経営理念から導かれた顧客本位の経営があった。(『経済界』2022年1月号より加筆・転載)

テイクアンドギヴ・ニーズの岩瀬賢治社長
テイクアンドギヴ・ニーズの岩瀬賢治社長

何のために事業を行っているのかを問い直す

―― テイクアンドギヴ・ニーズ(T&G)の企業理念は、ミッション(使命)が「人の心を、人生を豊かにする」、バリュー(約束)が「One Heart」、ビジョン(展望)が「EVOL(進化)」です。どういう経緯でこの企業理念が生まれたのですか。

岩瀬 「人の心を、人生を豊かにする」というミッションができたのは、2007年4月です。その後11年にバリューとビジョンを定めました。

 まず、ミッションが生まれたきっかけですが、07年3月期をゴールとした計画があり、かなりハードルの高い売り上げ目標や利益目標の達成に向けて邁進していました。ただその結果、社員は数字をつくることに追われてしまって、お客さまのことが二の次になっていたという反省がありました。

 そこで計画が終わるメドが見えてきた段階で、もう一度自分たちが何のために事業を行っているのか、きちんと言葉をつくり、社員全員で共有しようという思いをこめてミッションを策定しました。

急成長の裏で起きていた社内の「制度疲労」

―― 当時の社内の状況はどんな感じだったのですか。

岩瀬 06年の年末、私は営業統括部長になる目前で、現場の最前線に立っていました。当時は、07年3月期の目標を何とか達成しようと全社一丸で取り組んでいたのですが、正直、現場は疲弊していました。そこで私は営業の責任者になるにあたり、もう一度ゼロからやり直すべきだと考え、半年間は業績を諦めてほしいと役員にお願いしています。そして実際、08年3月期には赤字に転落してしまいました。

 それまで当社は、ものすごいスピードで成長してきました。その過程で、売り上げを上げる、数字をつくるテクニックも蓄積されていきました。しかしそれは本当にお客さまのためになっているのか、もう一度見直す時期を迎えていました。それは私だけではなく、多くの社員や役員の方々も感じていたことで、ミッションをつくったのにはそういう背景がありました。

―― ミッションの策定にはどのような手順を踏んだのですか。

岩瀬 当時、20~25人いたマネージャーが集まって、自分たちの言葉でつくっています。外部の人たちは一切関わっていません。その時に出た意見の中には自分たちの仕事である結婚式に近いワードを入れようというものもありましたが、改めて自分たちが何をしたいのかを問い直した結果として、「人の心を、人生を豊かにする」というミッションが誕生しました。一から自分たちでつくった言葉ですから、社員の共感率もとても高く、今では私たちにとってなくてはならない言葉になっています。これを浸透させるために、全店舗で朝礼時に、この言葉を読んでどう感じたのか、それをもとにお客さまにどう向き合ったのか、実体験を話してもらっています。

―― ミッションができたことによって仕事のやり方は変わったのですか。

岩瀬 一つは言葉づかいです。例えばお客さまから結婚式のご契約をいただいたとします。今はどの社員も「契約をいただく」という言葉を使っていますが、以前は「契約を取った」とか「1件ゲットした」と言っていました。若い会社らしいといえばそれまでですが、これをお客さまが聞いたら果たしてどう思うでしょうか。社内で使う言葉であってもお客さまに失礼のない言葉を使う。これはミッションの効果だと思います。

 それと契約のプロセスに注目するようになりました。仮に新規の契約を結んでも、そのプロセスに問題があった場合、それを正すようにしていますし、人事評価においても成果だけではなくプロセスを加味した制度に変更しています。

―― 優秀な営業マンであればあるほど、契約を取りさえすればいいと考えがちです。そういった人たちからの反発はなかったのですか。

岩瀬 同業者の多くが、結婚式の契約を結ぶ人と、結婚式の担当者は別々の分業制にしています。そのほうが効率がいいですから。でも私たちは最初から、ご契約をいただくスタッフが、そのまま結婚式を終えるまで担当を続けます。そのためいくら営業が強くても、いい結婚式を作らなければ評価の対象にはなりません。これが会社のベースとしてあったため、ミッションを定めて会社の方向を変えるに際しても、社員が違和感なく受け止めてくれたのだと思いますし、その浸透のスピードも速かったのではないでしょうか。

経営理念から導かれた「キャンセル料なし」

―― ミッションの4年後、バリューとビジョンが策定されます。

岩瀬 ミッションとバリュー、ビジョンの間に何があったかというと、先ほど言ったように08年3月期は赤字でした。翌年はぎりぎり黒字になり、さらに10年3月期は受注が堅調で、やっとV字回復できることが見えてきた。そこで何をしたかというと、これからの3年間、われわれは何をしていくべきか、マネージャーたちが合宿して話し合いました。人材や商品、ハードなど大きな項目10個と、細分化した800ほどの目標を定め、3年間でこれを全部クリアしようと、日本一の結婚式場になるとの合言葉のもと、走り始めました。

 その過程で分かったのは、T&Gの知名度が一般の人にはそれほど高くないことでした。そこできちんと認識していただくためにブランドを確立する必要があると考えました。そのため10年の後半から、今度は外部の力を借りて、社員からヒアリングを行い、できた言葉が「One Heart」と「EVOL」です。「One Heart」は私たちが大切にしている約束で、心がひとつになる瞬間を提供していこうというものです。「EVOL」は、ハウスウェディングという新しい市場をつくった私たちが、いつまでもイノベーティブなエボリューションを起こしていくという意味が込められていますし、後ろから読めば「LOVE」になります。

―― 急成長していたT&Gが、08年3月期をピークとして踊り場を迎えました。業界内では、勢いが止まったなどと言われていたようですが、その間に経営理念を制定し、会社の方向を変えていたわけですね。
岩瀬 周囲からはいろんなことを言われましたが、そのことはあまり気にしませんでした。実際、今にして思えば、あの期間は私たちにとっていい経験でしたし、現在、われわれが評価されているのは、その時期があったからだと本気で思っています。

―― コロナ禍で結婚式のキャンセルが相次ぎ、結婚式場はどこも大打撃を受けています。その中でT&Gは、キャンセル料はもらわないと宣言、注目を集めました。これも経営理念に基づくものなのですか。

岩瀬 20年度実績でみれば、結婚式の数が前年比3割にまで落ちています。こんなことは創業以来一度もありませんでした。でもそこで考えたのは、ミッションで「人の心を、人生を豊かにする」と言っているT&Gの人格が問われているということでした。コロナ禍が収束した時、T&Gのことを信頼してくれる人たちをもっと増やすにはどうするか、それが判断の基準となりました。

 キャンセル料を頂かないということは、私たちはお客さまをどう思っているかということのひとつの表現です。実際、20年の5月頃には消費者センターに結婚式場のキャンセルについての相談が多数寄せられています。そこでこのままでは結婚式場業界にとって非常にマイナスだと考え、まず自分たちがお客さまに寄り添った規約をつくろうと、8月1日に規約を全部変更しています。さらにこれを業界の方々にもお知らせして、結果として業界全体で規約を見直す動きが始まりました。

 一方、社員に対しては、雇用を守るのはもちろんのこと、給与や賞与についても満額支払うことを決めています。
私たちの強みは、社員が生み出してくれる付加価値です。これは常日頃から社員にも投資家にも伝えていることです。その強みの源泉となる社員に対して、何をすべきなのか考えれば必然の結果でした。これはコロナが流行してまだ間もない5月には決めています。

非常時こそ問われる経営理念の有効性

―― 結婚式のキャンセルで収入が減る中、人件費を減らさないとなると業績は悪化します。実際、前3月決算は162億円の最終赤字でした。投資家からは厳しく言われたのではないですか。

岩瀬 きわめて好意的でした。金融機関の方も同様です。20年春にコロナ対策として、金融機関に100億円の融資枠をつくっていただきました。そのうち実際に融資を受けたのは80億円あまり。一方、当社の賞与の原資は1回につき4億円程度。年2回支給しても8億円です。ですから、賞与を半額にしたとしてもそれが経営に与える影響はそれほど大きくありません。

 実は、コロナ禍でキャンセルが相次いだといっても、実際に中止した人は2%程度です。みなさん、日常が戻ってきたら、改めて式を挙げようと考えています。ということはお客さまは未来に予約をされているということです。緊急事態宣言が明けた今、これからの稼働率は過去に経験したことのないほど高くなることが見えています。そこできちんとした品質の結婚式を提供するためには、社員たちに頑張ってもらわなければいけません。それを考えれば、賞与の全額支給というのは、きわめてまっとうな投資だったと考えていますし、社員に対しては「先払いしているのだから頼んだぞ」と伝えています。

―― こういう非常時に、経営理念はどう役立ちましたか。

岩瀬 非常時になればなるほど、ミッション、バリュー、ビジョンの重要性を実感しています。先ほど言ったように、こういう時こそ、本性が出ます。そのことは強く意識していました。社員はわれわれの行動を見ているため、普段言っていることが単なるきれいごとだったのかどうか、すぐに分かってしまいます。そのことを意識しながら、一つ一つの経営判断を下しています。