経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

第5回 ネット発信で企業が評価される時代 地方企業も働き方の質的転換で若者に選ばれる存在に 木下 斉

【連載】誰も言わない地方企業経営のリアル

人口論で言えば、新型コロナウイルスの影響が出てもなお東京圏への人口流入は継続しています。しかし昨今、特に地方企業の採用を見ていると大勢は変わらないものの、個別解では大きな変化が生まれています。応募者および企業側のインターネットの活用もこれを後押ししています。地方企業は量を追うのではなく、働き方の質の転換を図ることで優れた人材を採用でき、それが地域活性につながるのです。(文=木下 斉)

木下 斉氏のプロフィール

木下斉
(きのした・ひとし)エリア・イノベーション・アライアンス代表理事。1982年東京都生まれ。高校生時代からまちづくり事業に取り組み、2000年に全国商店街共同出資会社の社長就任。同年「IT革命」で新語流行語大賞を受賞。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。09年一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンスを設立。全国各地の地域再生会社への出資、役員を務める。著書『まちづくり幻想』『稼ぐまちが地方を変える』『凡人のための地域再生入門』等。
全国各地の最新情報を配信するnote「狂犬の本音+」(https://note.com/shoutengai
音声で地域のリアルを伝えるvoicy「木下斉の今日はズバリいいますよ!」(https://voicy.jp/channel/2028

都市部への人口流入は多いが、質的な変化が起きている

 私の関わっている、業績が堅調で経営陣もしっかりしている地方企業の採用が好調です。

 一般論で言えば生産年齢人口が減少しているわけですから、地方ほど採用が困難になりそうなものですが、「東京か地方か」みたいな分け方が機能しなくなっています。つまり、分け方として好調な会社と不調な会社があり、好調な会社に次々と就職・転職希望者が集まるようになっているのです。

 しかも、海外留学経験があって語学堪能であったり、有名大学出身でそれなりの企業に勤めているような、従来であれば「東京に出たら地方には来ない」と言われていたような人材が次々と地方中小企業の門を叩いています。私が地域に関わり始めた20年前にはまず見られなかった流れです。

 20~30代前半を中心としたミレニアル世代、さらにその下のZ世代と呼ばれる人たちの中でも、特に優秀な人材は綿密に調査をして、働く場所については都市も地方もフラットに判断し、魅力的な場を選ぶようになっています。昔のように地方就職=都落ちといったイメージはなく、多様な場での経験を組み込もうとするキャリアポートフォリオの一つと考えているようです。

 また、地域産業への見方が大きく変わってきたこともあります。福井県鯖江市を訪問した際に驚いたのは、昔は高校生の進路指導で「成績悪いとメガネの仕事に就くことになるぞ」と脅していたそうです。これは地域産業=だめな人間がやること、というレッテル貼りです。しかし今や、メガネ部品製造技術を活用して医療機器製造でも外貨を稼ぐ鯖江市には多様な人材が集まり、大手企業も進んで協力するようになっています。

 このように昨今は地場産業もしっかり評価していこうという姿勢が高まりました。東京と比較して国際優位性のある地場産業への理解も深まったこと、地場産業も進化して良い就労環境になったことなどさまざまな理由はあるでしょうが、都市部側の若者が変わっただけでなく、地元側にも変化が訪れ、シビックプライド(都市に対する市民の誇り)につながっているものも多くあります。卑屈な精神がなくなり、胸を張って地場産業で募集をかける優れた企業が出てきているのも変化の一つです。

インターネットで就職関連情報の偏在が解消されてきた

 現在はインターネットを利用した採用サービスやツールが数多くあり、当然ながら若者たちはそれを駆使して、就職先や転職先を選ぶようになっています。また、就職・転職サイトだけでなく、彼らはSNSも幅広く活用しています。

 地方企業にエントリーしてくる優秀な学生に聞いてみると、企業のスクリーニングを行った上で、気になる企業の公式サイト、社長のツイッター、インスタグラム、ブログなどを幅広く調べています。逆に言えば、企業は若者たちに細かく審査されているのです。いくら会社のサイトがきれいで、業績が良くても、ツイッターで社長が差別的な発言をしていればその会社は選ばれません。先々が心配になるのもありますし、そういう社長の下で働く就労環境に不安が生じるのは当然です。

 もっとも、これは企業にとって良いことです。オンラインの採用サービスだけでは埋もれてしまう危険性があるので、SNSでの発信をクロスさせることで若者に選んでもらいやすくなります。

 そもそも、これまで地方における採用といえばハローワークしかなかったような世界ですから、こうした「就職・転職する側」の変化に気づいていない企業もまだたくさんあります。一方で、既にその変化に気づいている優れた地方企業は、社長自らが積極的に情報を発信し、会社として採用コストをかけて良い人材を集める工夫をどんどん始めています。といっても、個別に各地を回って探し出すよりもインターネットのサービス使用料を支払ったほうが安いと、経営者はちゃんと考えて投資をしています。

 良い人材が採用できれば会社の業績は上がり、採用コストなんてものはすぐに取り返せますからね。

地方企業の質的転換が地方産業を活性化させる

 このように従来は地方に来てくれなかった優秀な若者たちが、優れた地方企業を発掘し、就職・転職してきてくれる流れができたのは大きな変化です。人口論で、何人が移住・定住といった情報に一喜一憂しがちですが、重要なのは少人口でも稼げる産業が残る地域になることです。

 その点では、量的には少なくとも質的に優れた人材が地方企業に目を向け始めている、またインターネットの登場によって地方の優れた企業を探し出しやすくなっていることは良い流れです。

 また地方企業の採用について言えるのは、今までの働き方からの変化も必要ということです。オフィスワークなど、実地での仕事だけでなくリモートワークを組み合わせた勤務を可能にしたり、接客業でも閑散期にまとまった休暇が取れるようにしたり、都市部から地方に移住して働く人のためにデザインや機能面で優れた社宅を提供するなどは効果的です。給料を高くするだけでなく、トータルでのWell-beingの改善を意識していれば、地方企業の採用機会の幅は大きく広がります。

 安くたくさんの商品販売から脱却するためには、安くたくさんの社員をこき使うという姿勢から脱却することが先決です。この転換なくして高付加価値の商品やサービスを作ったり、生産性の高い職場形成をすることは不可能だからです。いまだに外国人技能研修制度などで安くたくさんの人材に依存した経営を続けているところなどは危険です。

 姿勢さえ変えれば、チャンスは広がります。地方企業はこれまでの採用方法を変え、就労環境も変え、その上でインターネットを積極的に活用した採用戦略を実行することをお勧めします。これからこの流れはより強くなっていくでしょうから、早めに準備をしている企業が有利な立場になるでしょう。まずは社長自らのネットを活用した「まともな」発信をすることからトライしてはどうでしょうか。