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デジタル化を促す「電子帳簿保存法」改正で中小企業の経理現場は大混乱

「電子帳簿保存法」と聞いても、ほとんどの人は「知らない」と答えるはずだ。しかし来る1月1日、この法律が改正施行されることで、会社の経理はデジタル化に向け大きく動き出す。しかしその一方で、現状を無視した改正との指摘もあり、現場での大混乱が予想される。文=関 慎夫(『経済界』2022年2月号より加筆・転載)

電子帳簿保存法改正で進む経理のデジタル化

freeeの佐々木大輔社長
電帳法改正をチャンスと捉えるfreeeの佐々木大輔社長

 

 「日本のビジネスのデジタル変革の第一歩。これにより日本企業がペーパーレスに運営できる」

 こう語るのはfreeeの佐々木大輔社長。12月に開いた記者発表会での発言だ。

 コロナ禍ではっきりしたのは、日本社会のデジタル化が世界に後れを取っているという事実。そこで今、社会も官庁も企業も、必死になってデジタル・トランスフォーメーション(DX)を進めている。しかし企業のDXにとって最大の難関が経理部門のデジタル化だ。

 その理由のひとつが電子帳簿保存法(電帳法)の存在だ。この法律は1998年7月に施行されたもの。もともと日本では、帳簿は書類で保存することが義務づけられていた。それがこの法律の施行により、電子保存が認められるようになった。しかし、現実に電子保存を行っている中小企業は極めて少ない。それというのも、電子保存をするには、電帳法の定める条件を満たさなければならず、それがネックとなっている。

 例えば帳簿を電子化するには税務署の事前承認が必要で、その申請も煩雑だ。そのため、日本には現在400万の企業があるが、電子保存の承認件数は約27万件、比率では約7%にとどまる(2020年3月時点)。

 また、紙の領収書などをスキャナ保存することも可能だが、これもやはり事前承認が必要で、しかも領収書を受け取ってから3日以内にスキャンしなければならない。これは現実と乖離している。さらにはスキャン後も原本とデータを突合する検査が必要で、この検査が終わるまでは原本を廃棄することはできない。このように使い勝手が悪いため、スキャン保存の承認件数はわずか4千件(同)だ。

 これでは経理のデジタル化は進まない。そこで国税庁は22年1月1日に電帳法を改正施行する。改正により、電子帳簿保存、スキャン保存ともに事前承認は不要になる。さらにスキャンも3日以内から2カ月以内へと緩和され、しかもスキャン後すぐに原本を廃棄することが可能となる。

 この改正により経理のデジタル化のハードルは一気に低くなる。冒頭の佐々木社長の言葉は、それを受けてのものだ。

 freeeは、「スモールビジネスを、世界の主役に。」をミッションに掲げており、クラウド会計ソフト「freee会計」を、中小企業や個人事業主向けに提供、スモールビジネスのDXをサポートしてきた。電帳法改正は、freeeが目指す世界への第一歩であるとともに大きなビジネスチャンスである。佐々木社長の熱弁にも力が入る。

 佐々木社長は電帳法改正の意義を次のように語る。

 「オンライン会議などではペーパーレスが進んできたが、経理でもペーパーレスが可能となる。経済界全体で紙保存コストは3千億円。さらに中小企業が経費精算に使う時間は年間164時間にも達する。電子保存すればこれが35時間になる。つまり129時間削減できる。さらに経費支払依頼処理にかかっている206時間が、電子保存にすれば116時間で済む」

 同社が就業者を対象に行ったインターネット調査によると、働く環境のペーパレス化が進んでいると答えた人の比率は中堅企業で23%、小規模事業者で20%にすぎない。その一方で進んでいると答えた層では79%が効率が上がったと答えており、82%がコスト削減効果があったという。

電子取引データの電子保存という難関

 400万社ある日本の企業の99・7%が中小企業。これが日本経済を支えているが、最大の課題が生産性の低さ。日本経済の成長率が他国に比べて低いのも、中小企業の生産性の低さが背景にある。DXはその課題解決の大きな武器となる。そしてそれを法律面からサポートしようというのが電帳法の改正ということができる。

 さらにこれにより経理のデジタル化が進めば、コロナ禍でリモート勤務が推奨された時でも、経理だけは出社する、という事態も避けられる。クラウドによって経理社員がどこからでもデータにアクセスできるようになれば、働き方改革にもつながる。

 このように書くと、電帳法改正はいいことだらけのように見えてくる。しかし、社会的な関心は低く、改正1カ月前の段階で56・9%の人が知らないと答えている(freee調べ)。また小規模事業者のうち、改正内容まで知っている人は2割に届かない(同)。

 そこで佐々木社長は、「認知を広めるための環境づくりを後押しする」ことを自らの役割として啓発活動に力を入れる。

 しかし、佐々木社長の思いとは裏腹に、実際の経理の現場では混乱が広がっている。というのも、電帳法改正で新たに導入される「規制」が現状に即していないからだ。

 最近では、請求書や領収書がメールにPDFを添付する形で送られてくるケースが増えてきた(電子取引)。デジタル化の進んでいない経理現場では、これをプリントアウトして保存していた。しかし電帳法が改正される1月1日以降、電子取引データは電子保存が義務づけられ、紙での保存は認められなくなる。

 しかしその一方で、いまだに紙で請求書・領収書をやりとりするケースは多い。そこで経理現場では、紙で送られてきたものは紙のまま保存し、電子取引は電子保存するというダブルスタンダードか、紙で送られてきたものをスキャンし、電子データとして保存するかのどちらかを選ばなければならない。どちらにしても経理現場としては従来より余計な仕事が増えることになる。

 しかも改正案が明らかになった当初、実効性を上げるため、法律に従わない場合、青色申告を認めないとの情報が駆け巡った(その後、国税庁は否定)ために、個人事業主は震え上がり、「改正ではなく改悪だ」という声が現場から聞こえてきた。そのため「今まで電子取引をしていたのに、わざわざ紙で送ってもらうよう取引相手に頼むケースも出てきている」(大手会計事務所)。生産性を上げるための電帳法改正が、むしろ生産性を下げる方向に働いているというのだ。

必要なのは社会のあり方を見直すデジタル化

 「事業者にとってそれほどメリットがないものが、短期間で強制的にやらなければならない。とてもではないけれど対応できません」

 というのは、弥生の岡本浩一郎社長だ。弥生の提供する「弥生会計」は業務用会計ソフトで3分の2、また個人事業主のクラウド会計市場でも過半のシェアを誇っている。

 岡本社長および弥生は、経理作業のデジタル化により生産性の向上に反対しているわけではない。むしろ19年12月には弥生が発起人になって社会的システム・デジタル化研究会を立ち上げ、確定申告制度などのデジタル化を通じ、社会全体としての効率を抜本的に向上させるための提言を行ってきた。さらに言えば、弥生にとっても今回の電帳法改正がビジネスチャンスであることも十分認識している。それでも、現場の声を聞くと、現状を無視した行政のあり方には異を唱えざるを得ないという。

 国税庁にしてみれば、コロナ禍でデジタル化に関心が集まった今こそ、一気に経理のデジタル化を進めたいとの思いだろう。だからこそ、「青色申告を受け付けない」などの強い意思を見せることで、事業者に対して変革を迫った。

 しかし岡本社長は次のように反論する。

 「デジタル化が遅れているのでこの1年で集中的にやろうというような話がよくあるけれど、逆に言うと、1年でできることぐらいしか変わらない。デジタル化を進めるのには時間がかかる。さらに重要なのは、3年後、5年後、10年後にどうなっているかというロードマップをつくり、共有して進めていくべき」

 freeeの佐々木社長は、今回の電帳法改正にネガティブな反応があることを分かったうえで、「完全ペーパーレス化に向けての過渡的なステップ」とポジティブにとらえている。

 岡本社長は「もっと現場の声を聞いてほしい」と訴える。

 佐々木、岡本両社長は、「本当に必要なのは帳簿の電子化よりも業務のあり方そのもの、社会のあり方を見直すデジタル化」ということでは完全に意見が一致する。

 目指すべき場所は同じでも、足元の改革に対する姿勢はそれぞれ異なる。どちらが正しいではなく、それぞれにとってベターな方法を模索することで、日本のデジタル化は進んでいく。