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「健全な危機感を抱き日本経済の本格的な立て直しを」―寺島実郎(日本総合研究所会長)

2021年は国際社会における米国のプレゼンス後退と日本経済の埋没がより一層際立つ年となった。国内では新型コロナの第5波が収束したとはいえ、引き続き経済、社会を混乱させる要因となることが予想される。そうした中、日本が置かれた現状と22年以降に直面するとみられる課題について、寺島実郎氏が語る。(『経済界』2022年2月号より加筆・転載)

寺島実郎・日本総合研究所会長プロフィール

寺島実郎
(てらしま・じつろう)1947年生まれ、北海道出身。73年早稲田大学大学院政治経済学研究科修士課程修了、三井物産に入社。米国三井物産ワシントン事務局長、三井物産業務部総合情報室長、三井物産常務執行役員、三井物産戦略研究所会長などを歴任。2009年多摩大学学長、16年一般財団法人日本総合研究所会長に就任。

2022年の国際情勢と日本―寺島実郎氏の注目ポイントとは

2021年は米国のプレゼンス後退が明確に

 2021年の国際社会において、私が最も注目したのはアフガンの陥落だ。9・11の同時多発テロからちょうど20年たったタイミングでタリバンが政権を掌握し、米軍の駐留部隊が現地から撤収したが、その際にバイデン米大統領は「われわれはアフガニスタンにネーションビルディングのために関わってきたのではない」と述べた。この言葉が、内向きになったアメリカを象徴している。

 アメリカがイラクやアフガニスタンでの戦争に突入していったとき、その大きな目的がネーションビルディングだったのは明らかだ。アフガニスタンの民主化やイラクの専制体制からの解放を実現し、中東の地に民主主義を根付かせて国づくりを支援することを目指していた。それが、この7~8年間に起きた大きなパラダイムシフトによって、「米国本土の安全性さえ保たれれば、イラクやアフガンは自分たちの責任事項ではない」との姿勢に変化したのである。

 そこで忘れてはならないのが、アメリカによるネーションビルディングの一番の成功モデルは日本であることだ。日本は第二次世界大戦後にアメリカの占領政策によって、軍事的に守られた民主主義の軽武装経済国家として歩むこととなった。その成功体験をひな型として、イラクやアフガンにも第2の日本をつくろうとした。しかし、今やアメリカが中東で軍事基地を置いているのは、湾岸産油国に限られている。

 20世紀はアメリカの世紀と言われたが、21世紀の到来とともに発生したのが9・11だった。それから20年間で、世界史におけるアメリカのプレゼンスが後退していった事実が、極めて明確に印象付けられたのが21年だった。

日本が直面するパラドックス

 そのような中、日本は深刻なパラドックスに直面している。00年に世界GDPの14%を占めていた日本だが、20年には6%にまで落ち込んでいる。IT革命を主導したアメリカも、同期間に30%から25%に下がった。そして、日本を除くアジアの比率が7%から25%まで伸びている。日本の貿易相手国のシェアの推移を見ると、米国が25%を占めていたが20年には14・7%にまで低下。一方、中国は10%から23・9%へ、アジアは41・4%から54・2%へとそれぞれ増えている。つまり経済的には中国やアジアとの依存関係を急速に強めているが、政治的には中国の脅威に向き合うために日米同盟をますます重視するような方向に向かっている。

日本の埋没と「アジアの世紀」の実現化
出所:IMF、財務省「貿易統計」等の資料をもとに作成

 岸田首相はASEAN首脳との会談で「自由で開かれたインド太平洋」という言葉を使ったが、そこには中国封じ込めの意図が見える。アメリカと連携しつつ政治的には中国を封じ込めることに軸を置きながら、経済政策においては中国やアジアとの依存関係を深めているところに日本の危うさがある。日本は米中対立に分断されることなく、本当の意味での自立自尊を目指さなければならない。アジアと連携しながら国際社会の中で第3のスタンスをしっかり作れるかどうかが、22年に向けて見えてきた最大の課題と言えるだろう。

 そうした状況でコロナ禍が絡んでくるわけだが、果たして日本の対応は正しかったのか、疑問に思う。20年1月に最初の感染者が出てから同年末までの1年間の死亡者は約3500人で、その前年のインフルエンザによる死者数を下回る程度だった。ところが21年に入ってからの1年間では約1万5千人が亡くなっている。ワクチンや病床の確保問題など、政策科学的な見地から問題はなかったか、検証しなければならない。

日本の産業界を象徴する2つの出来事とは

 経済界のキーパーソンたちに話を聞くと、彼らが大きなショックを受けているテーマが2つある。

 ひとつは新型コロナの国産ワクチン開発の遅れだ。20年3月の段階で、日本でもmRNAワクチンの開発プロジェクトがいくつか進んでいたが、世界各国のワクチン開発のスピードを見誤り、アビガンに象徴される治療薬のほうに重点的に予算を投入してしまった。ワクチン開発に最初から力を入れなかったことで、結果としてシンガポールやイスラエルなどにも後れを取る状況を生んだ。本来なら国民全員に10万円ずつ給付して12兆7千億円を使った際に、数兆円の予算でもワクチン開発に投入していたら、ワクチンを売ってほしいと諸外国にお願いするような状況にはならなかっただろうと思う。

 もうひとつは、日本にとって希望のプロジェクトだった国産ジェット機MRJの挫折だ。

 自動車の産業技術基盤を確立し、ボーイングの機体の部品の多くを作っていることに誇りを抱く日本人にとって、国産の中型ジェット旅客機の開発は大いに希望が湧く話だった。だが、人もカネも投入して全力で取り組んできたにもかかわらず、開発凍結に至ってしまった。アメリカの型式認証が取得できなかったり、コロナによりこの先航空機需要の増加が望めなかったりといった理由が挙げられているが、実際はどうだったのか。

 2つのケースに共通する問題は「総合エンジニアリング力」の欠如だ。ワクチンとMRJの例は、どちらも日本の産業界の状況を表していると言ってよい。日本人は部品・部材や素材などの要素技術が優れていれば完成品も作れると思っているが、それを実現するには政治的な力も含めてさまざまな課題解決力がなければならない。個別の要素を組み合わせれば問題が解決するわけではなく、総合エンジニアリング力が必要となる。それを大きな教訓として思い知らされているのが、現在の日本の産業界だ。

保守ばねの発動で生き延びた自民党

 10月に行われた総選挙の結果について言及すると、「保守ばねの発動」が働いたということだろう。これは自民党という政党の持つポテンシャルとも言えるが、右から左まで政策のラインナップが揃っていて、どちらかが実現できなければ逆を出すという変容性を持っているから政党として強い。安倍政権から菅政権へと続いてきた国家主義的なグリップを強めていく「保守強面路線」から、党首を替えてイメージチェンジしてきた。菅政権のまま総選挙を戦っていたら、恐らく自民党は50議席以上落としたのではないだろうか。

 同じことが起きたのが1960年だった。当時は日米安保の問題で国が二分し、国会をデモ隊が取り巻くなど政権が大きく揺れ、岸信介首相が退陣した。その後を引き継いだ池田勇人首相は岸田首相と同じ宏池会の所属で、「寛容と忍耐」のフレーズを使い、所得倍増計画を打ち出した。それと全く同じことを岸田首相はやろうとしている。総選挙ではイメージチェンジで自民党への批判を押さえて、結果的に15議席程度の減少に留めた。

 ただし、重要なのはそこからで、岸田政権が背負った十字架ともいえるだろう。聞く耳を持つ政権をアピールし、令和版所得倍増を打ち出すことによって政権基盤を維持しようとしているが、選挙の洗礼を受けたことによって、国民に対して責任を持って政策を実現しなければならなくなった。岸田首相は「分配と成長の好循環」と言って分配を前面に押し出してきたが、そのために早くも給付金10万円の圧力がかかっている。

 今回の選挙で保守ばねの発動を支えたもう1つの要素が公明党の存在だ。公明党は各小選挙区で圧倒的に強いわけではなく、数万の組織票を動かせるにすぎないが、野党が統一候補を持ち出して接戦になればなるほど、その数万票の重みが増し、現実にそれによって当選した自民党議員がいる。自分たちが10万円給付を主張して実現させたとアピールする公明党の説明に本音では納得していない自民党議員がいても、その影響力を考えればやむを得ないと思っているだろう。

 子どもがいる家庭に対して給付する10万円に加えて、クーポン券なども合わせると少なくとも2兆円以上かかる。こうした積極財政政策によって、当然ながら政府の債務は増え、借金を増やしても財政出動をかけていく代償が、ジワジワと日本のボディに効いてきている。国債金利が安いうちは財政出動をかけても金利負担を背負わないから構わない、赤字国債を日銀に青天井で引き受けさせる形を取れば、個人の懐は痛まないという理由で、10万円配るのは良いことではないかという雰囲気になりかけている。

「悪い円安」スパイラルで競争力を落とす日本

 しかし今、それによって日本は明らかに「悪い円安」のスパイラルに入り始めた。アメリカは既に2020年11月の段階で、金融政策の出口をうかがい始めた。これまで緊急避難的に財政出動をかけて、異次元の金融緩和を行ってきたが、量的緩和を引き締める検討を始めた。22年、23年を睨んで金利を引き上げる方向に向かうだろう。

 一方、日本にはそうしたカードが残されていない。日銀がもし国債買い入れをストップすると言い出せば、株価は暴落する。金融政策を正常化できないことによって、日本国債の世界での格付けランキングは24位にまで落ちた。今や中国や韓国の国債より、日本国債の評価が下だという現実をしっかり認識しなければならない。

 この先アメリカが金利水準を上げ始めれば、日本との金利差によって為替はどんどん円安に向かっていく。輸出産業にとっては円安のほうが良いと思われるが、その一方で輸入のハードルがますます高くなっている。現在、エネルギー価格は1バレル80ドル前後の状況になり、円安も加わっているためエネルギー調達の負担は既に過重になっている。東日本大震災から10年たった今も、日本は原子力発電を忌避してLNGと石炭火力など、化石燃料に依存している。日本で導入されている再生可能エネルギーのほとんどは太陽光パネルで、日本列島の隅々まで太陽光パネルを貼りつくした結果、熱海の土砂災害のようなことが起きてしまった。日本全体が大きくゆがんできている印象だ。

 1ドル80円台だったころに比べると現在は3割円安が進んだ。つまり、日本国の通貨の価値が、国際社会で3割劣化したということだ。新型コロナの第5波が収束し、海外に出かける人たちが増えてきたが、彼らはこぞって「海外の物価があまりにも高い」と感想を漏らす。東京ディズニーランドの入場券は今8千円ぐらいだが、フロリダやカリフォルニアのディズニーランドに行けば少なくとも1万5千円はかかる。例えば家族3人で行って食事もすれば、日本なら5万円以内に収まるところがアメリカなら10万円近くかかる。このギャップによって、自国のお金が海外で通用しないという、何十年も前に味わったのと同じような悲しみを今の日本人は感じている。

 つい10年ほど前までは、国連の分担金を2番目に多く出しているという理由で日本を常任理事国に、という話もあった。しかし、分担金はGDPに比例して払うので、日本が経済的に埋没し、世界GDPに占める割合がかつての3分の1になった今の状況では、国際社会における発言力も3分の1になったと考えたほうがいい。日本国内に埋もれたように生きている日本人の多くは、その事実に気付いていない。

 2022年は日本にとって正念場を迎える。健全な危機感をテコに、日本経済の本格的な立て直しができるかどうかが問われている。残念ながら、政策的には給付金や助成金を出すといったポピュリズムの方向に向かっているが、経済界の人々には日本の経済力や産業の現状について冷静に分析して巻き返しを図ってほしい。(談)