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内閣官房参与が語る日本経済「5つの問題点」

岸田政権が発足後初の経済対策を発表した。岸田首相が目指すのは「成長と分配の好循環」。成長とともに弱者への配慮も重視するというものだ。そのためには解決しなければならない課題も多い。菅政権に続いて岸田政権でも内閣官房参与を務める、熊谷亮丸・大和総研副理事長に、日本経済の問題点と対策を聞いた。(『経済界』2022年2月号より加筆・転載)

熊谷亮丸・大和総研副理事長 内閣官房参与(経済・金融担当)プロフィール

熊谷亮丸・大和総研副理事長 内閣官房参与
(くまがい・みつまる)1966年生まれ。89年東京大学法学部を卒業し日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。みずほ証券、メリルリンチ日本証券を経て2007年大和総研入社。10年チーフエコノミスト、21年副理事長に就任。菅政権、岸田政権で内閣官房参与を務める。

2022年の日本経済の見通しは

―― 熊谷さんは菅政権に続いて岸田内閣でも経済・金融担当の内閣官房参与を務めています。その岸田首相ですが、11月に過去最大の55兆円の経済対策を打ち出しました。ただし市場やメディアは批判的です。

熊谷 今回の経済対策によるGDP押し上げ効果は2%程度あると見ています。その内容についてさまざまな見方があるようですが、まず、コロナ対策のところはしっかりやっていく必要があります。第5波が収束し、感染者数は大きく減少しましたが、再拡大して緊急事態宣言に至れば、大きな経済損失が生じるからです。ただし成長戦略向けの支出の割合は全体の2割程度で、分配にウエートを置いている面があるので、もう少し成長戦略を強化したほうがよいのではないかとは思います。

―― 2022年、日本経済はどのように進んでいくでしょうか。

熊谷 変異株には細心の注意が必要ですが、感染の急拡大が回避されるという前提の下では、国内外の経済活動の正常化の流れは継続すると考えています。大和総研の予測では、今年度の実質GDP成長率は3・1%、そして22年度は3・6%成長になると見ています。

 一方、アメリカは22年に4・0%、ユーロ圏で4・1%、中国で5・4%の成長を見込んでおり、日本にとっては概ね良好な輸出環境が続くと思われます。ひとつ心配があるとすれば中国です。恒大集団の問題などの不安要素がありますが、22年は5年に一度の中国共産党大会が開かれます。過去の歴史を見ると、共産党大会のある年に経済が大きく落ち込んだことはほとんどありません。さまざまな下振れリスクを抱えつつも、メルトダウンに陥ることなく政府が何とかマネージしていくと捉えています。

―― その一方で、円安と原油高が進んだ結果、商品価格の上昇など、マイナス面が目立ちます。

熊谷 かつては円安になると輸出企業の収益が増え、日本経済にとっても大きなプラスに働きましたが、今では貿易構造も変化し、GDPを押し上げる力は小さくなっています。それでも、マイナスではありません。その一方で原油高と円安によるエネルギー価格の上昇は、低所得者層に大きな負担をもたらします。ただし、マクロ的にはエネルギー価格の上昇は、過剰貯蓄を消費に回すことで十分吸収できると見ています。今回、大規模な経済対策を講じたこともあり、これにより景気が大きなダメージを受けることはないと考えます。

―― アメリカのインフレが日本に与える影響についてはどう見ていますか。

熊谷 インフレ圧力が強まるなか、FRBは22年に複数回の利上げを実施すると見られています。そうなると新興国はお金を引き揚げられるので大変かもしれません。しかし日本の場合、歴史的に見るとアメリカで金利が上がると日本の株価は上昇しています。理由は大きく2つあって、1つは利上げするということはアメリカ経済が好調だということです。それで日本からの輸出が増える。もう1つは、日米金利差が拡大すれば、円安に振れます。先ほど申し上げたように、昔ほどではないけれども、円安は日本経済にはプラスです。

―― コロナが収束すれば、リベンジ消費も期待できます。間もなくGoToトラベルも再開されるようですし、これも経済を押し上げます。

熊谷 20年のキャンペーンの時は、1・5兆円の経済効果があったと言われています。再開後、現在、未執行の予算額を消化した場合、4・0兆円の経済効果があると見ています。

日本経済が直面する5つの問題点とは

―― 岸田首相は、成長戦略と分配戦略を両輪として推進する「新しい資本主義」の実現を目指しています。そのためには何が必要ですか。

熊谷 今の日本経済には5つの問題点があると捉えています。第一に「成長の不足」です。これは企業の稼ぐ力が弱いことを意味しています。2000年度から19年度までの間に、日本の企業所得は1・5倍に増えていますが、この間、アメリカでは3倍になっています。アベノミクスで企業が最高益を出したというニュースをよく聞きますが、それは一部の上場企業や大企業の話で、中小企業や非上場企業の収益はそれほど拡大していません。しかも上場企業と非上場企業の差はどんどん広がっており、マクロでみると企業収益はアメリカほど拡大していない。

 さらに、よく、日本人の所得が伸びないのは、労働分配率が低いためで、企業の儲けが給与に反映されていないという人がいますが、現在の日本の労働分配率は過去の平均よりも高く、アメリカやドイツと比べても遜色ありません。つまり成長が不十分で、企業の稼ぐ力が弱いために所得が増えないということです。これが日本の低迷の第一の原因です。

 第二に輸出入物価の変化などに伴う「交易条件の悪化による海外への所得流出」です。最近でも円安や原油高で交易条件は悪化していますが、00~19年度で見ると、GDP比で4・3%の所得が海外に流出するようになりました。一方米国はプラス1・2%です。これが個人の実質賃金の押し下げ要因となっています。

 第三に「社会保険料の増加」です。日本の実質雇用者報酬は00~19年度で10・4%増えましたが、社会保険料を除くと2・4%しか増えていません。さらに税を除くと1・1%増です。この結果、可処分所得が低迷しています。

 第四に「若年層を中心とする将来不安」です。勤労者世帯の平均消費性向を年代別に見ていくと、40代、50代に比べ、30代や、20代以下の消費性向は大きく下げています。将来不安が消費に悪影響を与えているのです。何が不安かというと、20代は雇用状況の悪化が1位、2位が子育て・教育に対する負担の増加で、5位に国や地方の財政状況の悪化が入ります。30代では1位が子育て・教育、2位が雇用状況、そして3位が財政状況となります。このように雇用状況、子育て・教育への不安、財政状況という3つの要因が、若い世代を中心に消費性向を押し下げており、19年の日本経済への影響を見ると、消費性向の低下は消費で4・0%、GDPで3・6%のマイナス要因となっています。逆に言えば、全世代型社会保障改革などを断行して、不安を取り除くことができれば、消費性向は上向く可能性があります。

 そして最後は「企業部門内での資金の滞留」です。日本企業の株式配当は、コーポレート・ガバナンスへの意識の高まりもあり、増加してきました。それでも、GDP比ではようやくアメリカ並みになった程度で、ヨーロッパに比べるとまだ少ない水準です。それよりも問題は、この配当を個人が受け取るのではなく企業が受け取っているという点です。日本企業は株式の持ち合いが多いことも理由のひとつですが、それとともに家計の金融資産に占める株式・投資信託の割合が低いことが指摘できます。特に低所得者層のリスク資産への投資が少ないため、企業の成長の恩恵を受けることができなくなっています。企業に資金がわたっても、それが設備投資に回れば良いのですが、設備投資の動向を見ていくと、国内投資には慎重な一方、対外直接投資は大きく伸びています。これは日本の期待成長率が低いことが原因で、国内の設備投資を増やすためにも企業の成長や、国内における立地環境、投資環境の改善などが必要です。

5つの問題点をいかに解決するか

―― 問題点は分かりました。それをどうやって解決していくかです。

熊谷 それを岸田首相が議長を務める「新しい資本主義実現会議」でも議論しています。

 先日の緊急提言には、「科学技術立国の推進」「企業のダイナミズムの復活」「スタートアップの徹底支援」などが盛り込まれていますが、これらは成長力強化に役立つとともに、クリーンエネルギー技術の開発はエネルギー自給率を高め、原油輸入量の減少につながるため、交易条件の改善にもつながります。

 さらに今後は、ダイバーシティのさらなる向上や、医療・教育分野のデジタル化やエネルギー関連での規制改革などが求められます。また、成長企業・産業に労働力を円滑に移動させる取り組みも必要です。これまで日本は、雇用や企業を守る方向で動いてきました。しかし競争力を強化し、労働生産性を改善するためには産業の新陳代謝や、失業なき労働移動を促す必要があります。それにより供給過剰状態を是正できれば適切なプライシング(値付け)も可能になり、デフレ脱却にもつながります。

 社会保険料の増加と将来不安を解消するためには、全世代型社会保障改革が喫緊の課題となります。これなくして岸田首相の掲げる「成長と分配の好循環」はあり得ません。すべての世代の人たちが安心できる社会保障制度を構築し、次の世代に引き継ぐことは、われわれの責務です。

 また産業構造が大きく変化する可能性があるため、労働市場の流動化を前提としたセーフティネットの再編も必要です。そのためにもプッシュ型給付ができる体制を確立する。今回の経済政策での給付は、児童手当の仕組みを活用していますが、マイナンバーや口座情報、所得情報の連携があれば、本当に困っている人をきめ細かく特定し、迅速に給付することが可能となります。

 最後の企業内に資金が滞留する問題については、期待成長率が上がれば3四半期程度遅れて国内設備投資は改善に向かいます。そのためには規制改革や、グリーン化、デジタル化の推進が不可欠です。岸田首相に期待したいのは、カーボンニュートラルと経済成長を両立させる具体的な「グリーン・デジタル国土総合計画」をつくっていただくことです。そうすれば企業も将来を予見しやすくなり、安心して投資できます。