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不祥事で品不足が深刻化するジェネリック業界の暗部

医療費抑制のために国が率先して使用を呼び掛けてきたジェネリック医薬品。ところが今、その供給が不足しており医療現場では大混乱が起きている。なぜジェネリック不足は起きてしまったのか。その背景を探ると業界の暗部が見えてきた。文=ジャーナリスト/大竹史朗(『経済界』2022年3月号より加筆・転載)

ジェネリック医薬品

大手の不祥事から地に堕ちたジェネリックの信用

 新薬よりも安価なことから、医療費削減が期待できるジェネリック医薬品が、日本の医療現場から次々と姿を消している。出荷後の検査で国が定める品質基準に満たない医薬品が見つかってメーカーが該当製品の自主回収を余儀なくされたり、在庫切れを恐れる企業が出荷先を絞り込む供給制限が相次いでいるためだ。

 新薬は一般に、数百億~数千億円単位という多額の研究開発費を費やして創出される。だが、ひとたび特許保護期間が過ぎれば、はるかに安価な開発費でジェネリックの製品化が可能だ。そのせいもあって、2000年代初頭までジェネリックは「安かろう悪かろう」のレッテルを貼られていた。それが、膨張し続ける日本の医療費負担を少しでも減らしたい国の政策誘導と、業界大手の努力などによって少しずつ患者の認知度を高め、今では医療現場に欠かせない存在となっている。

 しかし、ジェネリックに対する信用は、ここ1年の不祥事続きで地に堕ちた、と言っていい。きっかけは、オリックスの完全子会社である小林化工が起こした薬害事件だった。製造工程に関する国のルールを違反し、本来は爪水虫の治療などに処方される抗真菌剤に、あろうことか誤って睡眠剤を混入させ、死者を出してしまった。さらに不祥事に続き、度重なる買収で業界最大手に上り詰めた日医工でも、組織的な品質基準の逸脱が発覚し、当局による業務停止の行政処分が下った。

 こうした一部の製造業者による粗製乱造とも言える不正行為は、医薬品業界に限ったことではない。ただし、成分原料を中国などに依存している医薬品業界、とりわけここ10年ほどの市場拡大に対応すべく、大量生産に邁進してきたジェネリック業界の場合、構造的な問題はより複雑かつ深刻だ。

 ジェネリックはその名の通り、有効成分は新薬と同じで、一部製品を除いてブランド名ではなく、成分名にメーカーの屋号を加えるかたちで販売されている。同じ成分の医薬品なのだから、添加剤の種類など製剤化の方法に多少の違いがあっても、服用後の体内での溶け方といった血中動態のデータが新薬のそれとあまり変わらず、一定水準以内に収まっていれば承認を得ることができる。

 したがって、市場に流通しているジェネリックは、厚生労働省の承認を得ていれば、製造した企業を問わず「どれも同じ」というのが建前だ。類似品が少ない新薬とは異なり、一種のコモディティであるが故に、どこかの企業がジェネリックを市場から引き揚げると、需要は別のメーカーに大挙して押し寄せる。

玉突き式に出荷制限となるジェネリック

 出荷停止となった企業が日医工のような大手の場合、シェアが大きいことから需給バランスが崩れ、玉突き式に他メーカーも出荷制限を余儀なくされる。特許が切れたあとも該当成分の医薬品の製造を細々と続けていた新薬企業(先発品メーカー)も、この津波のような需要増には即時対応することは難しい。

 卸売業者も特定メーカーのジェネリックを贔屓にしていた医療機関や大量購入してくれる大手調剤チェーンへの安定的な納入を優先するため、新規顧客にはおいそれとは売れなくなる。そんな負の連鎖が、現在の日本のジェネリック業界では文字通り日常茶飯事となっているのだ。

 どうしてこのような悪循環に陥ってしまったのか。背景には、特許切れ新薬からジェネリックへの切り替えを積極的に進めてきた国の政策誘導がある。02年頃から、ジェネリックを処方した病院や診療所への診療報酬点数を厚くする一方、特許切れ医薬品の薬価を大きく切り下げるなどして、国内に流通している医療用医薬品の総量のうち、ジェネリックの比重を高める政策を続けてきた。

 結果、極端に低かった日本のジェネリックの数量シェアは欧米並みの80%程度まで上昇した。だが、この過程でジェネリック各社は製造設備への過剰投資に走る一方、工場での品質管理を徹底するために必要な人材教育は二の次にするといった歪みが生じてしまった。

 製造現場に対する行政の査察も、馴れ合いに等しいことが明らかになっている。これまでに発覚したジェネリック製造の不正行為は、奇しくも地方企業によるものだった。あわら市に本社を置く小林化工は昨年2月に福井県から、3月には日医工が富山県からそれぞれ業務停止命令を受けた。10月には徳島県が、調剤薬局チェーン大手の日本調剤の完全子会社である長生堂製薬に、業務停止の処分を下している。3社に共通しているのは、いずれも本社と主力工場が、長くそれぞれの県内で有数の雇用受け入れ先になっていることだ。

 こうしたメーカーと、工場の監督権限を持つ都道府県の担当部署との間に癒着があったとは考えにくい。ただし、定期的な工場の査察は通常、事前通告があったのちに行われる形式的なものにすぎず、企業側には品質基準の逸脱を隠す余裕があった半面、これを自己申告するインセンティブなどなかったことも事実だ。

ジェネリックの原薬供給源はブラックボックス

 問題は、日本国内におけるジェネリック製造現場のずさんな実態だけではない。専ら海外から輸入している医薬品原料(原薬)の品質が、ほとんどノーチェックのブラックボックスであることも深刻だ。

 業界団体である日本ジェネリック製薬協会(JGA)の集計によると、昨年12月に出荷調整中あるいは品切れとなったジェネリックは7社57製品に及ぶ(12月27日現在)。18年以前はほとんど顕在化していなかった供給不安は、19年以降激増し、昨年からはほとんど毎週のように、業界大手を含め、何らかのメーカーが製品の出荷調整や供給停止、欠品を医療関係者に案内している有様だ。

 では、19年ににわかにに発生した供給問題のトリガーは何だったのか。それは、原薬に対する品質不安だ。

 実は、日本で流通している医薬品の大部分は中国やインドをはじめとする海外の原薬に依存している。

 これは日本だけの状況ではない。最大の医薬品市場である米国も同様で、18年には血圧降下薬として汎用されている「バルサルタン」の原薬に、発がん性物質「N-ニトロソジメチルアミン」(NDMA)が混入していたことが発覚した。

 医薬品は、有効成分である原薬にさまざまな添加剤や賦形剤を加えることで、錠剤やカプセル、注射といった最終製剤となる。原薬製造、そして製剤化という2つの工程に、揃って異物混入リスクなどの脆弱性が認められれば、人体に投与される医薬品として信頼に足りないと認識されるのは、ごく自然なことだろう。

 医薬品製造は、科学的に厳密に設定された法的な標準プロセスに、世界中のどの工場も従う必要がある。しかし、現状は当局から示されている標準手順書を、各メーカーが遵守していることを前提としている仕組みだ。米国をはじめとする先進国の規制当局は、製造工程に少しでも疑わしい点のある医薬品は、輸入禁止や工場の再点検を命じることが多い。

 米国食品医薬品局(FDA)も、インドや中国といった海外工場の査察には、人員不足もあって手を焼いていると言われている。ただし、米国国内の工場は例外なく抜き打ち検査だ。日本の都道府県当局も、まずは地元企業との馴れ合いをなくすことが最優先だろう。

不祥事を起こした2社の現状

 ほとんど年中行事のようになってしまっているジェネリックの供給停滞は、当然のことながら業界再編の地殻変動を呼び起こしている。その際たるものが、昨年、不祥事を起こした2社の状況だ。

 10年に東証一部上場を果たした日医工は、創業家の2代目である田村友一社長の指揮の下、中小メーカーの買収や新薬大手からの工場買い取りを繰り返すことで業容を拡大。米国市場への進出も果たすなど、業界の盟主である沢井製薬と肩を並べる存在に急成長してきた。

 しかし、10年以上に渡り、製造工程の不備が放置されていたことが発覚、業務停止処分を受けたことで、日医工ブランドに対する信用は失墜した。依然として品質再点検が続いており、100品目を超えるジェネリックの出荷が止まったままだ。22年3月期は2期連続の赤字に陥る見通しで、昨年8月には医薬品流通の最大手であるメディパルホールディングスの出資を受け入れ、同社が約10%の筆頭株主となったが、今後数年は苦境が続くと見られている。

 一方、薬害事件を起こしてしまった小林化工は早々に自主再建を諦め、昨年12月に沢井製薬の持株会社であるサワイグループホールディングスに生産部門を譲渡する決断を下した。製薬会社としては過去最長の116日間の業務停止処分を受けた小林化工は、6月に旧経営陣が退陣し、親会社であるオリックスから弁護士出身の社長が送り込まれていたことから、身売りは既定路線となっていた。

 小林化工という火中の栗を拾い、同社の生産部門を母体に新会社を設立するサワイGHDの澤井光郎会長は、沢井製薬の自社工場の増強も含めて、グループ全体で製造量を現状の約150億錠から今後3年程度で200億錠超に引き上げる方針を示している。新会社の製品は23年4月に出荷を開始する予定で、軌道に乗れば名実ともにナンバーワンの国内ジェネリック医薬品企業となる。

「ジェネリックはどれも同じ」ではない

 白日の下に晒されたジェネリックの品質問題と供給不安は、いまだに中小メーカーが林立する日本のジェネリック業界の再編を促すトリガーとなりそうだ。「ジェネリックはどれも同じ」ではない。原薬の調達先も違えば、製造手順を守らない企業もある。

 日本にジェネリックが浸透してきた08年頃、ある新薬大手メーカーが大物俳優を起用して打った企業広告に、「『どんな薬か』だけじゃなく、『どこの薬か』を考えたことがありますか」というものがあった。狙いはもちろん、新薬とジェネリックは違う、という意識を患者に植え付けることにあった。だが、いまやジェネリック同士でも「どこの薬か」を意識しながら比較しなければならない時代に入った。

 供給が不安定な現状では選り好みさえできないが、人材育成やコストの問題から品質基準という最低限のルールを守ることさえかなわないメーカーは、遠からず淘汰されるだろう。