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同族企業の経営者が家系図を作る意義とは

家系図

長年続く同族企業では、創業者の理念や時代背景など、時が経つにつれそのルーツが曖昧になっていくケースが多い。また、代々続く株式相続によって、株主の関係性がよく分からなくなることもある。そうした問題を解決するための第1歩として、家系図作成が有効だという。多数の経営者から家系図作成依頼を受けてきた株式会社みそらの塩﨑明子氏に話を聞いた。(取材・文=吉田浩)

塩﨑明子氏プロフィール

(しおざき・あきこ)1981年生まれ、神奈川県出身。2005年中央大学総合政策学部卒業後リクルートに入社。08年結婚を機に退社し行政書士の夫と株式会社みそらを創業13年家系図事業を開始する。

経営者が家系図をつくるメリット

思わぬ有名人にあたるケースも

 もし、自分の先祖が歴史上の有名人だったら――そんな想像をしたことがある読者も多いのではないだろうか。静岡県で運送業を営むある経営者は、実際に家系図を作って自身のルーツを辿ったところ驚きの結果が待っていた。何代も先祖を遡った系譜の先頭に記されていたのは、大化の改新で有名なあの「藤原鎌足」だった。

 「家系図作成を希望する方は増えていて、その多くが企業経営者です。自分の原点に関心を持つ経営者は多いのですが、ご先祖様についてはほとんど知らないため、当社に依頼されるケースがよくあります」

 こう語るのは、オーダーメイド家系図の作成を手掛ける株式会社みそらの塩﨑明子代表。事業をスタートして8年が経った現在、顧客の8割を企業経営者が占めている。日本には創業100年を超える長寿企業が4万社以上あると言われ、その多くが同族企業だ。こうした企業の元経営者が、現場を退いて時間的余裕ができたため依頼してくるケースが頻繁にあるという。

 「依頼者の方々それぞれのいろんな人生に触れられるので、まるでドラマを見ている感覚ですね」と、塩崎氏は言う。

 戸籍謄本を調査することで、通常は江戸時代末期か明治時代まで遡って家系図の作成が可能だ。その他にも、過去帳などが保管されていれば、さらに昔まで調べられるケースもある。ただ、戸籍謄本は保管期限が定められているため、家系図づくりは先延ばしにすればするほど難しくなる可能性が高まる。

 藤原氏の先祖に行きついた冒頭の経営者は、自身が創業社長で同族企業の跡継ぎではないが、慶安4年(1651)に殉死した先祖からの一族に関する資料が家に保管されていた。そこから先祖が初代萩藩主である毛利秀就の家臣だったことが判明し、さらにそれ以前もひも解いていったところ、歴史上のビッグネームにぶち当たったというわけだ。

 「資料の調査を進め、親族調査、現地調査の末にまるで分らなかった一族のお墓も山口県に多数あることが分かりました。依頼者はそれまで、ご自身が藤原家にゆかりがあること自体知らなかったのです」

 飛鳥時代まで遡れるのはレアケースとしても、出来上がった家系図と報告書を見て「ここまで分かるのか」と驚く依頼者は多いという。高齢になってから家系図を作成した元経営者などからは「もっと早く作ればよかったという感想をよくいただきます」と塩﨑氏は語る。

経営の軸を認識し自己肯定感につながる

 長い歴史を持つ企業には、創業者についてほとんど知らない現経営者もいる。そのため、30代や40代の若手社長が、創業の精神や企業理念の継承といった観点から家系図作成を希望することもある。明治40年創業の会社の3代目として婿養子になった社長が、4代目を娘婿に事業承継するタイミングで「創業家のルーツをしっかりと繋ぎたい」という理由で依頼してきたケースもあったという。

 「家系図を作っておくことで、経営の軸や目的がはっきりし、それを誰にどう伝えていくのかを考える機会になります。3代目、4代目社長などはプレッシャーも大きいと思いますが、先祖とのつながりを意識することで、自己肯定感にもつながるのではないでしょうか」

 どのような時代背景の中で創業者が事業を始めたのか、その思いを知ることで先祖を大切する心が芽生え、従業員への接し方が変わったという経営者もいるそうだ。過去を知ることで現在の自分の立ち位置を知り、後継者へつないでいく意識を高める第1歩が、家系図作成だと塩﨑氏は説明する。

家系図作成は株主政策にも有効

 経営者の個人的な思いとは別に、株主政策の入り口としても家系図は役に立つようだ。非上場の同族企業の場合、代々続く相続を通じて株式が親族に分散し、現状把握が難しくなるというのはよく聞く話だ。特に地方には、こうした老舗企業が数多く存在する。

 「本社以外にも複数のグループ会社に親族が役員として入っているような場合、株主の1人が亡くなると誰が株式を相続したのか、その都度把握していかないと後で大変なことになります。そんな時に、家系図を見ながら親族の関係性を整理するのは非常に有効です」

 株主である親族同士が定期的に集まって、家系図を囲んで話ができるような関係性を築くことで、グループ内の結束強化も期待できるだろう。株式相続が絡む場合は、直系だけでなく横の広がりもある程度把握できる家系図を作るのがお勧めだと塩﨑氏は言う。

 「会社の存続を重視するなら、本家と分家が協力し合ってそれをミッション化することが大切ではないでしょうか。江戸時代に徳川家が長く続いたのもそうした体制があったからだと思います」。

中小企業支援としての家系図作成事業

 塩﨑氏が事業として家系図作成に取り組みだしたのは、輸入家具の卸会社を経営し、事業に失敗し再起をかけて頑張っていた父親から「いつか成功したら自分史を作りたい」と頼まれたのがきっかけだった。それまで先祖についてあまり意識してこなかったが、父の自分史づくりのために家系図作成を進めるにつれ、歴史が自分事になり、代々続く命のつながりに感銘を受けた。「先祖の誰一人が欠けても今の自分はいない」―そんな思いに胸が熱くなったと話す。

 家系図作成を手掛ける事業者はいくつか存在するが、製品でこだわっているのは分かりやすさだ。家系図で一般的にイメージされる巻物形式や折本形式だと、ビジュアル的に先祖同士の関係性が把握しにくいため、一目で流れが分かるよう工夫した(写真参照)。

みそらの家系図
一目で一族の関係性が分かるよう作成された家系図

 過去帳や古文書が残っている場合は、歴史に精通したスタッフが読解を手掛ける。それ以外の部分は、調査員が足を使って地方の図書館で調査したり、親族に手紙を出して協力をお願いしたりと、地道で根気のいる作業となる。

 直系親族だけを調査する業者もいるが、先述のように一族の繋がりを揚言するにはそれだけでは物足りないと塩﨑氏は考えている。そのため、親族の横の広がりを含めて400人もの相関図を制作したこともあるという。

 そこまで手間暇かけて家系図作成に情熱を燃やす背景にあるのは、「中小企業を支援したい」という思いだ。

 「経営者には孤独な人が多いですし、事業が成功していても家庭がうまくいっていない人もたくさんいます。家族を大事にするためにも、先祖を大事にすることを念頭に置いていただきたいですし、家系図を整えてもらうことで命の大切さや縁を大切にできる経営者が増えてほしいと願っています」

 もともと起業家志望で、一時は政治家を志したこともあるという塩﨑氏。以前勤めていたリクルートで中小企業の採用支援を担当した経験や、経営者だった父親の姿を見て育ったことも、現在の事業に繋がっている。

 「父はその後71才で自分史を完成せずに病気で逝去し、事業継続も混迷を極めました。私自身も父が亡くなった後で父と縁があった方と繋がるなど、見えない繋がりを実感しています。地域愛や地方の雇用を何とかしたいという気持ちが大きいですし、地域に愛されて長く続く企業をつくるお手伝いがしたいです」

 経営者一族が相続で揉めるのは、多くの場合、日ごろから親族同士の付き合いがなかったり、早めに事業承継しなかったりしたケースだと塩﨑氏は指摘する。後継者に会社を継がせる準備が整う前に、経営者が突然亡くなる事態もあり得る。

 自分自身や家族、一族にとって「幸せな経営」とは一体何か――そんな思いを抱いている経営者は、家系図作成を検討してみてはどうだろうか。