経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

社内推進役「Business Director」の機能と役割とは

【連載】「顧客創造の経営」―社内推進役「Business Director」が会社を変える(第2回)

第1回では、組織の能力を引き出し顧客を創造できる企業とそうでない企業の違いについて、事例を踏まえてお話しました。組織の能力を引き出し顧客を創造できる企業は、従業員にやる気と学びを与え、顧客から支持され、持続的な事業成長を遂げます。そのキーパーソンになるのが社内推進役「Business Director」です。今回は、社内推進役である「Business Director」が具体的に何をするのか解説していきます。

会議の強化書
高橋輝行氏の著書『メンバーの頭を動かし顧客を創造する 会議の強化書』(あさ出版)

「従業員に言っても意図が伝わらない…」経営者の苦悩

 それは、ある菓子メーカーの新商品開発会議での出来事でした。商品開発部長が、社長を含む会議参加者に顧客や競合他社の分析資料を配り、資料の内容を読み上げながら次期開発商品の方向性について説明しました。商品に関係する営業部長や宣伝部長も、説明を聞きながら時折頷き自分の関係する点について、いくつかやり取りが行われる、会社によくある商品開発会議でした。私は資料を見ながら、「この商品の面白さは、一体どこにあるのだろう?」と疑問を持ちながら会議の発言を聞いていましたが、その疑問は最後まで解消できませんでした。

 そこで、私が商品開発部長に質問しようとしたその時、社長から「こんな商品を作ってみてはどうか?」と提案がありました。社長は、取引先や子会社の社長等との情報交換の中から、商品イメージを膨らましていたようです。

 社長は楽しそうに話をし始めましたが、会議参加者全員ひたすらメモを取り続け、話が終わると商品開発部長から「社長はその商品をお作りになりたいのでしょうか」と、ややトゲのある言い方で社長に問いかけました。社長は相手の顔を潰さないよう配慮しながら、「そういう面白さがもっと商品にあっても良いと思っている」と伝えると、部長は「それはうち(会社)の製造ラインでは難しいです」とピシャリと言いました。

 その状況を見かねた営業部長は、「社長の仰りたいこともわかるので、例えば今回の商品に一部活かしてはどうだろう」と折衷案を出すと、宣伝部長は「それでは、商品のウリがぼやけてしまう」と言い、会議は混とんとした状態となって最後は静まり返ってしまいました。

 そこで私は社長に、「どうして商品に面白さが必要だと思われているのですか?」と質問しました。社長は、「当社は創業以来、顧客をハッとさせるお菓子と共に発展してきた経緯があります。しかし、近年そのDNAを感じられる商品は少なくなり、とても強い危機感を持っています。無難な商品も大事ですが、面白い商品作りにもチャレンジしてもらいたいと思っているのです」と答えました。

 私はなるほどと思い、「では顧客に面白いと思ってもらいたいポイントはどこでしょう?」と社長に聞くと、「お菓子で美味しいのは当たり前で、顧客が感動する体験価値にあると考えています。最近は、コンビニのスイーツも工夫を凝らしていて、これまでにない食感や食べ方をするスイーツが出てきています。だからこそ、今一度私たちのDNAを振り返り、顧客が感動する体験を提供するお菓子づくりに挑戦したいと思っています」と話されました。

 私は、「確かに、私も御社のお菓子を食べたことはありますが、初めて食べた時に感動した記憶があります。そういう観点から今回の商品を見ますと、感動体験が薄い印象ですが、皆さんいかがでしょう?」と問うと、商品開発部長は「その視点は抜けていました」と答え、営業と宣伝部長からは「それを磨くことができれば売りやすくなります」と意見が出たことから、私は「次回の会議では、社長と商品開発部長の素案を元に、顧客へ感動体験が伝わる商品の方向性を議論しましょう」と締めくくり、商品開発部長と別途素案作りの会議を設定し、その会議を終えました。

 帰り際に営業部長から声を掛けられ、「社長があんなことを考えているとは知りませんでした。いつもアイデアだけ話され我々も困っていたのですが、高橋さんが社長の想いを引き出し私たちにも分かるように翻訳して頂き大変助かりました」と言いました。

「商品が立ち上がらない…」執行役員の焦燥

 あるエンタメ会社の執行役員から、「コロナ禍で既存事業が大きな打撃を受け、トップから危機的状況を打破するために新商品や新サービスに挑戦せよと言われました。従業員に社長の話を共有し、思い切って価値創造を考えるように伝えましたが、半年経過しても何も出てきません。部長に確認しても、話し合いはしているがなかなか方向が決まらない、現業が忙しい等と言い訳ばかりです。トップからのプレッシャーも徐々に強くなってきています。どうすればいいでしょうか」と相談を受けました。

 私は彼に「従業員に考えろと言うだけでは、従業員は何を考えていいのかわからず動けません。相手に考えさせるためには、考えさせたいことを整理し、答えを考え出せるメンバーを選抜し、アウトプットまで導くことが必要です」と伝えました。

 そして、「よければ一度テストしてみませんか」という私の提案を彼は受け入れました。早速チームリーダーである事業部長に話を聞くと、

 「役員から何かせよと言われたものの、何をしていいか分からず、とりあえずアイデアを持っていそうな企画、営業、Web編集の人間に声を掛けてプロジェクトを立ち上げ会議をしていますが、なかなか意見がすり合いません。仕方なく、私が独断で決めたものをやらせようともしたのですが、メンバーのやる気は上がらず出てくる資料は付け焼刃程度のもの。正直どうしたらいいのか分からない状況です。役員にもそのことは伝えているのですが、頑張って欲しいとしか言われず、、、」と、部長一人ではどうしようもない状況であることが分かりました。

 私は、全ての会議資料を見せてもらい、プロジェクトメンバーの思考の遍歴を辿ることにしました。すると、初期に出ていた商品アイデアの中でいくつか面白いものがあったものの、それらが途中で消えどこかで見たような無難な商品に落ち着きました。

 しかし、メンバーの一部はその商品に確信を持てず、話し合いは堂々巡りになっていました。事業部長に「この商品は面白いと思うのですが、どうして途中で消えたのですか」と質問すると、「営業の人間が出したもので、私も面白いと思ったのですが、企画やWeb編集から実現が難しいのではと言われ引っ込めてしまいました」と答えました。私は「面白いアイデアを考えられる人に理想を考える役、それ以外の人に現実解を考える役、そして私が皆さんのアウトプットをリードする推進役となって、この商品アイデアのイメージを膨らませるディスカッションしてみませんか」と事業部長に提案しました。

 私は理想役から顧客や提供価値のイメージを引き出しながら、ありきたりと感じる部分については現実役から意見を引き出し、自分でもアイデアを出しながら、会議とアウトプットを重ね全員がワクワクする商品イメージを作っていきました。私がプロジェクトチームの推進役になり3か月で商品は仕上がり、執行役員は「そんなに早く成果が出るとは思いませんでした」と驚いていました。後日社長へ報告し、新商品のリリースは承認されました。

「なかなかうまくいかない…」従業員の疲弊

 あるアルコール飲料メーカーの新商品開発プロジェクトを支援した時のことです。メンバーと何度も試作を繰り返し、顧客の試飲調査も重ねいい商品に仕上がりました。エリアを絞ったテスト販売を行うことになり、営業チームに販売を依頼したところ、彼らは担当地区を割り振り販売先へ提案しました。後日、営業チームから「売れた店と売れなかった店がある」「競合品との違いを強く打ち出したほうがいいと思う」「他社よりマージン率を高くすべきだ」といった声が上がりました。

 プロジェクトメンバーは、これらの声を受け止めつつも営業チームに「とにかく1店でも多くの店に採用されるように頑張ってほしい」と伝えました。しかし、採用店舗は思うように伸びず、メンバーと営業チームに疲労感が出始めました。

 そこで私は、「どのような状態が実現できていると店は導入したいと思うでしょうか」と尋ねました。すると、営業チームの一人が「小さい店でもいいので、顧客に飲まれている実績と声があると営業の強い武器になると思うのですが……」と答えました。

 そこで、私は実績作りを優先する活動をメンバーに提案し、営業には新商品を面白がってくれそうな店長がいる店をピックアップしてもらい、全員が知恵を出し合い相手がワクワクする提案書をまとめ上げました。後日営業から商品採用の報告があり、売上は微々たるものですが着実に採用店舗は増えていきました。実績と顧客の声をまとめ、採用が見送られた店舗に再アタックしたところ採用に繋がりました。

 私は現状を打破するアイデアを話してくれた営業に、「あなたのアイデアのおかげでみんなが成果を上げられるようになりました。ありがとうございます」と伝えました。

社内推進役「Business Director」の機能と役割

 上記事例からお分かりになると思いますが、社内推進役「Business Director」は企業の顧客創造にコミットし、価値創造の方向付けをするマーケティングを支援し、価値提供を具現化する組織マネジメントを行い、顧客と企業、そして働く従業員に利益をもたらす正しい実行を推進します。これができるようになるためには、必要最小限の知識を学び、顧客創造の実践を通じて「人の頭脳と心を動かす技術」を磨いていくしかありません。次回は、社内推進役が押さえておくべき知識についてお話します。

筆者プロフィール

高橋輝行・KANDO代表
高橋輝行(たかはし・てるゆき)会議再生屋。1973年東京都生まれ。東京大学大学院理学系研究科を修了後、博報堂入社。教育エンタメ系企業の広告、PR、ブランディングを実施する。その後ベンチャー企業を経て経営共創基盤(IGPI)にて企業の経営再建を主導。2010年KANDO株式会社を設立し、会議を使った価値創造の組織マネージメント手法を開発。桜美林大学大学院MBAプログラム非常勤講師、デジタルハリウッド大学メディアサイエンス研究所客員研究員。著書に『ビジネスを変える! 一流の打ち合わせ力』(飛鳥新社)、『頭の悪い伝え方 頭のいい伝え方』(アスコム)、『メンバーの頭を動かし顧客を創造する 会議の強化書』(あさ出版)がある。