経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

農家に消費者の声を届けて1800億円の市場を生み出す―左今克憲(アグリゲート社長兼バイヤー)

都内で「新鮮・おいしい・適正価格」で野菜や果物が手に入ると評判の旬八青果店。運営するのは農業ベンチャーのアグリゲート。ユニークなのは品揃えだけではない。店頭で集めた消費者の声を、流通・生産へとフィードバックするビジネスモデルで農業界の収益性向上に挑む。社長の左今克憲氏に、日本農業の課題を聞いた。(『経済界』2022年4月号より加筆・転載)

左今克憲・アグリゲート社長兼バイヤープロフィール

左今克憲・アグリゲート社長兼バイヤー
(さこん・よしのり)1982年福岡県出身。青山学院大学理工学部に入学したものの、在学中のバイク旅で見た田畑の風景に、日本の食農への危機感を感じ2年で退学。2005年に東京農工大学農学部環境資源科学科に編入し、07年に卒業したのちインテリジェンスに入社。09年にアグリゲートを個人事業主として創業し、さまざまな食農分野の仕事を行い、見聞を広め10年に株式会社化。

消費者ニーズと懸け離れた農産物に本来の価値を取り戻す

―― 日本の農業の課題は何でしょうか。

左今 あえて一つあげるとするならば、生産物の価格と消費者のニーズが縁遠くなってしまっていることです。生産者は、消費者が何を求めているかではなく、うごめく相場ばかり気にしないといけない。こうした構造に問題があると考えています。

 消費者のニーズから離れたところで相場が大きく変動する背景にはこんな理由があります。農産物の価格は市場ごとに形成されるので、農家はいくつかの卸からそれぞれの市場の情報を聞き「最終的にこれくらいは売れるだろう」と生産量を決めます。一方で、小売りと卸もそれぞれ「このくらい売れるだろう」という大まかな見立てで仕入れを行います。こうしてそれぞれがそれぞれの立場で動いた結果、相場が大きく変動しています。農家としては市場に出すまで価格が読めず完全に博打になっているのが現状です。

 もちろん需要と供給で価格が変動するのは市場原理としては当たり前ですが、農業の場合はあまりにも消費者のニーズと懸け離れてしまっていることが課題だと考えています。

―― 消費者ニーズをもっと意識するべきということでしょうか。

左今 そう思います。より消費者に求められているものを作り、そこにきちんと値段が付く構造にしないと先はないでしょう。食を支える野菜や果物って、本来はすごく価値のあるものじゃないですか。ところが、現状は何となく作って、何となく市場に出して、何となく大量に消費者の前に差し出される。その結果として、本来はもっと価値があるはずのものが安価になってしまっている。

 これは構造的な問題ですので、何かひとつを改善すれば一気に稼げるようになるということではありません。サプライチェーン全体で考え、各プレーヤーが消費者の求めるものを敏感に察知する必要があります。

 アグリゲートではユニクロさんやセリアさんの、消費者ニーズに素早く対応するビジネスモデルを参考にして、製造から小売りまで一貫して行うSPF(Speciality store retailer of private label Food)に取り組んでいます。

 SPFの起点となるのは、小売りの「旬八青果店」です。ここでは産地や品種、農家のこだわり、おいしい食べ方などを消費者に伝え、付加価値にして販売しています。また、接客時のコミュニケーションや購買データから、消費者の細かなニーズを吸い上げる役割も果たしています。

 需要のある品目や価格帯を把握できても、その条件に合致するものが市場で手に入らない場合があります。その際は「消費者がこんなものを求めていますけど、ありませんか?」と、産地にまで探しに行きます。

 消費者の声を元に農家をまわると、出荷の規格に合致していないから廃棄していたり、物流効率が悪いから市場には出していなかったり、あるいはオペレーションを改善して生産効率を向上させれば求めるラインまで価格を下げられるようなケースに出合います。

―― 農家と連携して消費者ニーズに応えていくということですか。

左今 そうですね。これは以前、自社で農場を運営していた経験も生きています。生産から流通、小売りまで一貫して関わるようになって感じるのは、現在の農業には価格に転嫁できない手間が多く存在しているということです。

 例えば、店頭でお客さんが求める価格で提供するためには農家さんから100円で仕入れたい野菜がある。それでも農家さんは150円で売らないと厳しいと言っているとします。実際に生産現場まで見に行くと、オペレーションに非効率な部分があって、これは確かに150円で売らないと厳しいなというケースを度々目にしてきました。

 そこでオペレーションの改善策を提案し、連携しながら生産性向上に取り組むことによって100円で仕入れられるようになります。一見すると単価が下がって農家さんの儲けが減ったように感じますが、無駄を省いて生産量が増えることでトータルの手取りは増加します。

 これは単に生産性を向上しましょうということではなく、小売りの現場でつかんだ明確なニーズに基づいて、必要とされているものを提供する仕組みを作りましょうということです。小売りの現場で獲得した実際の消費者ニーズから逆算しているため、改善した成果は確実に需要に結び付きます。その結果、消費者は望み通りの野菜や果物が手に入り、農家さんも利益が増える好循環が生まれます。

潜在的な市場を掘り起こし農業界を盛り上げる

―― 改めて、農業って稼げますか。

左今 儲かるよ! とはなかなか言えないですね、今のままでは。ただ、もっと稼げるポテンシャルはあると思っています。それを体現したい。そのためにも、消費者が何を求めているかを吸い上げ、生産の現場に反映させることが重要です。

 分かりやすい例が規格外野菜です。規格に合わないということで、だいたい出荷の前に3割から4割を捨てている。規格というのは、日本の経済が急成長している時代に、とにかく早く大量に一定水準以上のものを供給するために生まれた仕組みです。言ってみれば、流通・販売側の都合という部分も大きい。

 生産や流通工程だけではなく、小売りの現場で消費者の求めるものを把握していれば、規格外野菜のように既存の市場流通から漏れてしまっている青果を、消費者のニーズに結び付けることで新しい経済を生み出すことができると思っています。

 仮に規格外野菜で試算してみると、現在の卸売市場における青果物の取扱い金額は約3兆円ですから、その3割として9千億円。規格外ということで規格品の10%で評価しても900億円規模が生産段階で市場流通から漏れています。900億円という数字は生産段階のものですから、小売りの店頭で2倍の価格で売ることができれば1800億円の市場が潜在的に存在していると仮定できます。われわれベンチャーがこうした市場を掘り起こすことで農業全体を活気づけたいと思っています。

 これからの農業は生産と販売、どちらかだけではいけなくて、消費者のニーズを起点に一本軸を通すことが重要だと考えています。いずれ作り手不足や生産量の不足など深刻な危機に直面することは間違いない。完全に余力がなくなってからでは復活するのに膨大な労力が必要です。その前に手を打つしかありません。われわれが力をつけ、農業界を引っ張っていきたいと思っています。