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冨田みどり ソニーグループの最先端技術を活用。唯一無二の強みを持つ映画会社

冨田みどり・ソニー・ピクチャーズ-エンターテインメント

ハリウッドメジャースタジオの日本法人であり、ソニーグループが提唱する“One Sony”の一翼を担うソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(SPEJ)。昨年1月にソニー本社からSPEJ代表取締役に着任した冨田みどり氏は、最先端技術の活用などを強化することで、スタジオとしての差別化を図る。

冨田みどり
冨田みどり ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント代表取締役シニアバイスプレジデント ディストリビューション&ネットワーク日本代表。 1984年ソニー入社。2009年グループ戦略部門部門長兼CEOプレジデント室室長、14年UXマーケティング本部バイスプレジデントおよびUX推進部門部門長などを経て、16年にブランドデザインプラットフォームバイスプレジデントに就任。ソニーグループ全体のブランド戦略を担う。21年1月1日付でソニー・ピクチャーズエンタテインメント日本法人(SPEJ)の代表取締役に就任。

グループの連携強化がスタジオの優位性を生む

―― 2016年からソニー本社でグループ全体のブランド戦略を担い、21年1月よりSPEJ代表を務めています。

冨田 グループ全体で「One Sony」という言葉を使っていますが、グループ会社間の連携から付加価値を生み出すこと、シナジーをより発揮することが注力課題としてあります。SPEJでそれを進めていくのが私のミッションです。

―― 代表に就任してこの1年で手掛けてきたことを教えてください。

冨田 ソニーグループの存在意義である「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」はグループ内の全事業で共通であり、目指しているものは同じです。その共通基盤がある中で、着任してまず感じたのは、全社員がエンターテインメントが大好きで仕事へのパッションがとても強いこと。少数精鋭部隊でそれぞれの専門領域が明確にあり、プロフェッショナリズムと仕事の自立性が確立されています。それが最初にいいなと思ったことです。

 一方、SPEJは大きな会社ではありません。映画、放送、ディストリビューション等の組織がある中で、事業部の枠を超えた情報共有や協力体制に若干の課題が残ると感じました。その連携の延長線上にソニーグループであるSPEJの強みがあるんです。それを最大限に生かすためには、まだまだやれることがあります。

 昨年1月に着任、この1年は、前者のいいところはそのままに、課題となる後者の方で、社内での横串活動をしたり、いろいろなソニーグループの会社とのつなぎを作ることを中心に行ってきました。

―― グループ内でどのような連携に取り組まれていますか?

冨田 連携にはいろいろなことがありますが、例えばソニーグループが開発している最先端技術の実験的な試行も含めた活用があります。ここ十数年ほどでエンターテインメント事業がグループ全体にとって今まで以上に重要な位置付けになっていることからも、その機運はより高まっています。

―― その成果は既に形になっているのでしょうか?

冨田 まだタイトル名は申し上げられませんがいくつか実際に進んでいます。例えば技術においては、身につけたデバイスからの信号を処理するバイタルセンシング技術と、取得した信号の変動に基づいて人の情動の変化を推定する情動推定技術を組み合わせて、作品評価に使う実験が進んでいます。また映像制作では、多数のカメラで撮影した人や場所を3次元デジタルデータに変換し、高精細画質で再現するボリュメトリックキャプチャ技術が取り入れられています。これにより、カメラがない視点の映像を生成し、実際には見えるはずのない場所を映像化することが可能になります。

 こういった技術のタネはもともとソニーにあって、今は映画で積極的に利用するようになっています。

―― テクノロジーを生み出すグループの一員であることが、SPEJとしての強みになりますね。

冨田 SPEJはハリウッド映画を扱うだけでなく、ローカルコンテンツ製作もしており、そこにグループの最先端技術を取り入れていき、願わくば映画界で初、日本で初めてとなることをやっていければと思っています。

公開数減も巣ごもり需要でウィズコロナの業績は好調

―― 昨年もコロナが映画界に暗い影を落としました。劇場の閉鎖時期もありましたが、業績への影響はいかがですか?

冨田 映画に関しては、公開本数が大幅に減りましたが、そのぶんマーケティングコストも下がりましたので、ボトムラインはそれほど落ち込むことはありませんでした。一方、コンテンツ配信を中心とするビジネスは巣ごもり需要もあり好調です。

 グローバルでの業績は、コロナ前の19年から21年まで増益を続けており、好調に推移しています。今年は劇場公開作品が本格的に戻るうえ、期待のハリウッド大作が続きますので、忙しい1年になりそうです。

―― コロナの影響がポジティブに働いた面はありますか?

冨田 劇場公開は大きく滞りましたが、制作は止めないように工夫しました。コロナの制限がある状況だからこそ活用が進んだ技術もあります。

 例えば、劇場の音響をヘッドフォンで忠実に再現する360バーチャル・ミキシング・エンバイロンメント。ソニーとSPEで10年以上かけて開発してきた技術ですが、これを使用することで、スタジオのサウンドエンジニアやサウンドミキサーは調整室のミキシング機器を使わず、自宅で同クオリティの音響制作が可能になりました。

 映像制作で活用されたのは、ソニーPCLのバーチャルプロダクション。ソニーのCrystalLEDという高精細ディスプレーユニットを組み上げて巨大なディスプレーを作り、そこに映し出される映像とそこで撮影するカメラの動きを連動させ、スタジオにいながらあたかも実際の場所にいるかのように撮影ができます。これまではグリーンバックで芝居を撮影し、あとから風景と合成処理をしていたこともありますが、この技術を使うと撮影現場で完成形を認識して制作できますし、後処理にかける時間も圧倒的に短くなります。コロナに影響を受けているクリエイターをサポートするために発足したプロジェクトによるオムニバス映画「DIVOC-12」(21年10月1日公開/U-NEXTにて配信中)にて、上田慎一郎監督作品の「ユメミの半生」で使用されました。

―― コロナの影響で洋画邦画それぞれの方針に転換はありましたか?

冨田 洋画はウィズもアフター(コロナ)も良い作品をお届けすることに尽きます。そのための新機軸がいくつかありますが、ひとつは前述のグループ連携につながるプレイステーションのゲームIP活用です。「アンチャーテッド」(2月18日公開)から始まり、「Ghost of Tsushima」「Twisted Metal」「The Last of Us」など次から次へとゲームIPの映画化、テレビドラマ化が続きます。

 もうひとつは、SPEが映画化権を持つスパイダーマンの関連キャラクターの映像作品化。そのひとつが「ヴェノム」で既に2作公開していますが、次が「モービウス」(4月1日公開)。これらをシリーズ化し、スパイダーマンの世界を広げていく予定です。

 邦画制作に関しては、今後さらに力を入れる方針です。コロナ前も年間2~3本ほどありましたが、22年はコロナによる公開延期の影響もあり、公表しているだけで「極主夫道」「キングダム2 遥かなる大地へ」「バイオレンスアクション」「ヘルドッグス」「耳をすませば」「アイ・アム まきもと」と6本。23年以降も引き続き着実に取り組んでいきます。

フレキシビリティを優先配信での独自スタンス

Dr. Michael Morbius (Jared Leto) in Columbia Pictures’ MORBIUS.

―― アメリカではSPE以外のメジャースタジオは、それぞれのメディアグループの配信プラットフォームを有しています。SPEの戦略を教えてください。

冨田 他スタジオが自前のプラットフォームを持つなかで、独立性のあるスタジオでいるのがSPEのスタンスです。それが逆にユニークな存在になっています。

 その背景には、どこにでもコンテンツを売れるフレキシビリティがあるべきという考え方と、劇場に対するコミットメントがあります。現在のように配信で自宅で映画を観られる時代にこそ、劇場での素晴らしい映画体験を提供する作品を作ることが、映画会社にとって重要です。「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」(1月7日公開)は今年の洋画シーンを代表するヒットになりそうですが、作品の力があれば劇場に観客が来てくださることを証明しています。スタジオの方針は今まで通り劇場を優先していくことです。

―― ソニーグループの一員であるSPEJですが、グループ外の異業種との協業も行われていますか?

冨田 もちろんです。例えば、Jリーグ・横浜Fマリノスの30周年記念ビデオの制作を行ったり、SPEJグループのアニメ専門チャンネル「アニマックス」がアニメソングの大規模ライブイベント「ANIMAX MUSIX」を開催していたり、事例は数多くあります。

 SPEJに来てから、それまでご縁がなかった業種の方々とご一緒させていただく機会も増えています。これからは新しいビジネスを手掛けていかないといけない局面です。こちらにも注力していきます。