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原発再稼働の検討は避けられない 持たない 日本のエネルギー戦略 -日本エネルギー経済研究所 久谷一朗

久谷一朗

ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに世界でエネルギーの安定供給に対する不安が広がった。それまでエネルギー分野では脱炭素が大きなトレンドで、日本も2050年のカーボンニュートラル実現に向けて進んでいる最中だ。日本のエネルギー戦略に変化はあるのか。聞き手=和田一樹(雑誌『経済界』2022年7月号より)

久谷一朗
久谷一朗 日本エネルギー経済研究所研究理事
くたに・いちろう 専門は、エネルギー安全保障政策、アジアを中心とした地域情勢。早稲田大学大学院理工学研究科機械工学を修了後、日本鋼管(現JFEエンジニアリング)入社。その後、日本エネルギー経済研究所入所、現在に至る。

需給のバランスまで数年は必要エネルギー価格の高騰は続く

―― ロシアのウクライナ侵攻を受けて、世界でエネルギー安定供給の重要性が再認識されています。

久谷 エネルギーをめぐる世界の動きについては、ロシアの軍事侵攻以前は脱炭素が大きなトレンドであり、まずもって炭素排出を削減することが大きな目標でした。特にリードしていたのが欧州です。

 しかし、その欧州を中心にエネルギー供給が大きく脅かされる事態となっています。これまで通り脱炭素は進めつつ、エネルギー安全保障も考え直さなくてはならなくなった。これが大きな変化です。

 今後の石油や天然ガスの供給は、ロシアの動向に左右されます。既に4月中旬までに石油の輸出量が減っているという見方があり、これが続けばロシアの輸出量を短期的に賄うのは恐らく不可能です。そうなれば、サウジアラビアやUAE、アメリカがどれくらい増産できるかにかかってきます。しかし4月下旬時点では、OPECは大規模な増産には賛成ではなく、当面は需要が緊張した状態が続くことが考えられます。

 天然ガスも石油と同じくロシアの供給力を短期間で置き換えるのは容易なことではありません。また、多くの天然ガスの供給先は長期契約で決まっているため、余剰分を流動的に供給するような対応が困難です。需給のひっ迫具合では、石油よりも事態は深刻と言えます。期待が持てるとすれば、アメリカで天然ガスを液化する新たな施設の稼働が控えており、そこが順調に進めば需給のひっ迫が若干緩和する可能性はあります。また、エネルギーの安定供給は、供給側だけではなく需要側の動向にも左右されます。4月下旬時点で中国は上海のロックダウンを実施していますが、引き続きこのような対策が続くのであれば、経済が減速し需要面が落ち着くことで、ひっ迫具合もやや軟化する可能性はあります。

 いずれにしても、ロシアを完全に代替しようとすれば数年という時間がかかり、当面は価格の高騰が懸念されます。

 国内の状況に目を向ければ、円安も相まってエネルギー価格は高騰を続けています。市民生活レベルでも、電気や都市ガス、ガソリンの値上がりが続いています。これらはおおむね上がり切っているように思いますので、当面はこれ以上値上がりしていくことは考えにくい状況です。

 ただし、酷暑や寒波といった気象要因や、ロシア以外の動きなどによって、さらに値上がりする可能性は否定できません。世界全体で石油と天然ガスの供給に余裕がない状態となっているので、従来であれば吸収できていたようなショックでも価格が動きやすくなっています。

 また、エネルギー価格が値下がることも考えにくく、当面は高値が続くことが予想されます。電力会社も、しばらくは持ちこたえる体力がありますが、原価を超えた状態が続くのは企業として耐えられることではありません。数カ月、あるいは半年経ってもエネルギー価格に改善の見通しが立たなければ、東日本大震災後以来の料金改定が視野に入る可能性はあります。

見えない技術頼りは危険原子力も議論が必要か

―― 日本のエネルギー戦略に変化はありますか。

久谷 まず大前提として、日本は資源がなく輸入に頼らざるを得ません。リスクを低減するために調達先を分散するのは基本的な戦略です。日本は石油、天然ガス、石炭の輸入量のうち、5%から10%程度をロシアから輸入しており、今回はそれがリスクとして顕在化しました。逆に言えば、10%で済んだということです。欧州のように40%依存していたら事態はもっと深刻だったと言えます。

 調達リスク分散の次にやることは、1970年代の石油危機からあまり変わっていません。つまり何とかエネルギー自給率を上げることです。

 そこで再エネ活用がポイントですが、太陽光発電や洋上風力発電は技術が成熟し、より安価になることが予想されます。既存のエネルギー価格が高止まりしている今の状況ならば、コスト面が課題だった再エネを活用しやすい状況とも言えます。なるべく海外から石油や天然ガスを輸入しなくていいようにしていくしかありません。

 今回、世界でエネルギー安定供給のリスクが顕在化しましたが、脱炭素という大きなトレンドに変化はありません。ゴールに至る道筋を変えるだけです。欧州にとって炭素由来のエネルギーから再エネに切り替えることはロシア依存から脱することでもあります。そういう意味でも、欧州の脱炭素の流れは続きます。

 日本も2050年までにカーボンニュートラルを達成する目標を掲げていますが、実現のための選択肢がそれほど多いワケではありません。

基本的には再エネの活用が軸ですが、その比率が増えていっても、エネルギー需要の大部分を賄うのは厳しいという見方もあり、そうなった時には二酸化炭素を地中に圧縮するCCSという手法や水素エネルギーを活用することになります。あるいは原子力発電所の再稼働、新設も検討する必要があるかもしれません。

―― 福島原発の事故があり日本人は感情面で抵抗がありそうです。

久谷 原子力について安全面でリスクがあるのは確かにその通りです。しかし、2050年まであと30年を切っています。何らかのイノベーションに期待するのではなく、既に見えている技術で道筋を明らかにするとなれば、原子力は現実的な選択肢だと言えます。

 もちろん、企業の研究開発で新たな技術が開発されたり、低コスト化が進んだりしてカーボンニュートラルを加速させる可能性は大いにあり、支援していくことは必要なことだと思います。しかし、2050年が期限のカーボンニュートラル実現に関して、見えていない技術だけを当てにするのはやや危険です。

 仮に原子力が選択できないとなると、再生可能エネルギーや水素を最大限に活用するしかありません。その上で、一般家庭をすべて電力化し、太陽光パネルと蓄電池設置を義務付ける。他にも自動車はEV以外の販売は禁止する。また、働き方を大幅に変えて、通勤がない都市構造に組み替える等の社会の大胆な構造的変化は不可避です。また、原子力なしのカーボンニュートラルを目指すとなれば、産業分野でも、鉄鋼や石油化学のようなエネルギー多消費型の業界はかなり厳しい選択を強いられます。例えば、どれだけコストが高くても水素の使用を義務付けるといったことです。こうなっては企業としては国際競争で勝つことができません。日本国内で事業を継続することが不可能になり、産業が国内に残らなくなることも考えられます。

 これらはやや極端なシナリオかもしれませんが、全くあり得ない話ではありません。2050年は今この瞬間も近づいてきています。日本のエネルギー戦略は、岐路に立たされています。難題を前にして、公正な議論が求められています。