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和歌山県のIR誘致否決で大阪カジノが得る「漁夫の利」

日本国内で最大3カ所の建設が予定されている統合型リゾート施設(IR)。その有力候補地だった和歌山県で県議会が承認議案を否決した。一方、議会の承認を得て計画申請したのが大阪府と長崎県。地方経済成長戦略の切り札としてIRへの期待は膨らむばかりだ。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2022年7月号より)

4票差で否決資金計画に不安あり

 国土交通省が4月28日、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)に関し、自治体からの区域整備計画の申請受け付けを締め切った。国が認定する最大3枠に対し、申請したのは大阪府・市と長崎県の2カ所のみ。去就が注目されていた和歌山県は4月下旬、県議会が計画の承認議案を否決し、申請を断念した。IRを強力に推進した自民党の観光族のドン、二階俊博元幹事長のお膝元での否決だっただけに、「二階氏の神通力は消え失せた」との声も上がっている。

 承認議案が否決されたのは、4月20日の和歌山県議会の本会議。賛成18、反対22だった。
 新型コロナウイルス感染症対策で全国的に名を知られた4期目の仁坂吉伸知事が、地域経済の成長戦略にと、音頭をとって進めてきたIR事業。県内ではENEOS(エネオス)ホールディングスが2023年10月に有田市内の製油所を閉鎖するなどの動きがあり、県内経済の「逆風」を巻き返す手段としてIR事業に期待していただけに、仁坂知事の失望は大きかった。

 仁坂知事は記者会見で「和歌山が少しずつ衰退しているのを止めよう、止めようと頑張ってきた。残念ながら、次の成長因子を失った形になった」と、無念の色を隠せなかった。

 そもそも和歌山県のIR誘致への取り組みは早かった。既に仁坂氏が知事となっていた09年、カジノに関する意識調査を県民に対して実施。このときには、カジノ誘致に対して「賛成」が36・3%、「反対」が28・7%、「現時点で反対できない」が29・2%、とおおむね3分の1ずつの結果だった。

 その後まとめた「和歌山県IR基本構想」では、会場に、1994年に竣工した人工島「和歌山マリーナシティ」をあてた。そして、島のすべてが造成済みなので「すぐに着工が可能」「ゆえに早期の投資回収が可能」とアピールした。

 最終的に区域整備計画が提示した効果などは以下の通りだ。

 開業の予定は2027年秋ごろ。IR施設に対する投資額は約4700億円、建設時の経済波及効果は約7100億円。この効果は、地域の建設企業の活用推進や県内産の原材料の調達推進などで最大化するとした。さらに、運営時の経済波及効果は約3500億円。地産地消の拡大などで地域の原材料や製品を活用し、最大化するとした。

 30年度の各施設への総来場者数は約1300万人を目指す。IR区域に対する30年度の来訪者による旅行消費額は約2600億円、IR施設において雇用する従業員数は約6300人と見込んでいた。

 中心となって事業を手掛ける予定だったのは、カナダの「クレアベストニームベンチャーズ」。カナダ、米国のほか、チリ、インド、イギリスなどのカジノ業界へ投資し、成功を収めてきた事業者だ。

 今回、県議会で否決された最大の理由は、このクレアベストへの不信感だったといえる。

 和歌山へのIRには初め、クレアベストのほか、マカオを本拠地とする「サンシティ・グループ」も名乗りを挙げていた。サンシティのほうがクレアベストより有力だとみられたが、21年、サンシティに関する疑惑が浮上し、潮目が変わった。

 具体的には、オーストラリアのカジノ事業でマネーロンダリング(資金洗浄)に手を染めていたり、中国で違法なオンラインカジノを行っていたという疑惑だ。

 サンシティは同5月、和歌山IRからの撤退を発表。その理由として、新型コロナの拡大や日本での区域認定の手続きの不透明さを挙げたが、実際は疑惑が浮上したことが大きかったとみる向きが多い。

 そして和歌山県は同7月、クレアベストを事業者として正式に決定するが、早いうちから、その資金計画の不透明さが問題になった。

 21年11月の県議会のIR対策特別委員会ではクレアベスト側の具体的な資金調達の方法などが示されず、紛糾する。その後も、融資や出資を確約する金融機関からの書類が示されないなど、資金計画はあいまいなままだった。

 このままではIRの建設に手をつけても資金難に陥り、頓挫するかもしれないなどの危機感から、IRに賛成していた県議も反対に転じた。そして、今年4月20日の県議会本会議でのIR承認案否決につながった。

観光業界の「ドン」二階氏の力の衰え?

 もっとも、和歌山県の最大の実力者・二階氏が〝健在〟であれば、ギリギリでも賛成に決まったのではないかという見方は少なくない。何しろ、反対と賛成の票差は4。3人が賛成に回るだけで、結果は可決に変わっていた。

 IRは安倍晋三政権と、それに続く菅義偉政権が強力に推進してきた、観光分野での成長戦略の柱だ。

 そして、両政権下で、歴代最長となる約5年間にわたって自民党幹事長を務めてきた二階氏は、旅行業界に大きな影響力を持つ。公的にも、業界団体の全国旅行業協会(ANTA)の会長を務めてきた。当然、旅行業界や観光業界を潤す和歌山県へのIR誘致を強く主張していた。

 そのIR誘致に反対すれば、二階氏ににらまれ、自分の将来がなくなるのではないか――。特に自民党の県議がそう思ったとしてもおかしくはない。

 だが二階氏は、岸田文雄政権の発足とあわせ、21年10月、幹事長を退任。岸田政権下では、率いる派閥・二階派への人事面での冷遇も目立つとされ、二階氏の求心力低下がささやかれている。

 さらには、83歳という高齢であることから、「次期衆院選には出馬しないのでは」という観測も絶えない。

 加えて、和歌山県は自民党の世耕弘成参院幹事長のお膝元でもある。もはや自民党の実力者による重しはきかず、県議は〝良心〟に沿って行動するようになったと言うこともできそうだ。

 もっとも、県議会で可決され、和歌山県からIR計画の申請が国に行われたとしても、やはりクレアベストの資金計画の不確かさがネックになり、国の認可はスムーズにいかなかった可能性がある。

大阪のIRには大きな追い風に

 ここで気になるのは、関西から唯一、IR計画を申請した大阪への影響だ。
 和歌山県議会でのIR承認議案の否決に関し、大阪市の松井一郎市長は記者会見で「大阪IRに影響はない。大阪は世界ナンバーワンのエンタメ拠点を目指しており、和歌山とは目指すところが違う。これまでも和歌山を敵視したことはない」と述べ、冷静な受け止めを見せた。

 ここ数カ月、大阪のIR事情通の間では、「資金が用意できない和歌山はIRを申請できないだろう」という見方が広がっており、大阪の当局にとって否決はある程度、想定の範囲内だったともいえる。

 ただ、大阪IRの会場となる大阪港の人工島・夢洲(大阪市此花区)と、和歌山IRの会場と想定されていた和歌山マリーナシティは、直線距離で、わずか60キロしか離れていない。もしも双方にIRが開業していれば、IRを目的に来る海外からの訪日客(インバウンド)は分散していた可能性はある。

 ましてや、和歌山が目指していたIRの開業時期は27年で、29年を目指す大阪より早い。先んじてIRを運営していれば、先に海外から評価される上に、さまざまな運営ノウハウを蓄積し、遅れて開業する大阪には脅威になっただろう。

 また、新型コロナウイルスの感染拡大がどこまで収まっているかも見通せない。収まったとしても、海外旅行に対する警戒感が高まり、インバウンドは思ったより増えない可能性がある。ただでさえ小さくなったインバウンドという「パイ」を奪い合うことになれば、大阪IRは(もちろん和歌山IRもだが)厳しい消耗戦を強いられることになる。

 ここで、大阪IRの内容をみておくと、以下のようになる。

 開催予定地は、先ほど述べたように、人工島の夢洲。25年大阪・関西万博の開催が予定されている場所でもある。IRの開業を目指すのは、29年の秋から冬ごろだ。

 事業者の中核株主は、米国のMGMリゾーツ&インターナショナル日本法人とオリックス。初期投資額は1兆800億円となる。想定する年間来訪者数は2千万人で、運営時の年間の近畿圏に対する経済波及効果は約1兆1400億円だ。和歌山IRが開業していれば、こうした効果は減殺していた可能性がある。県議会での否決は、大阪IRの成功には「追い風」といえるだろう。

 なお、大阪IRの実現に向けては課題もある。1つは、昨年1月、夢洲の周辺で国の基準値を超えるヒ素やフッ素が検出された上、液状化対策が必要であると分かったことだ。土壌対策費約790億円は大阪市が負担するものの、対策の進捗次第では、思った通りの時期に開業へこぎつけられない可能性がある。

 また、IR全体に共通していえることだが、「バクチ」「ギャンブル」を提供するカジノには根強い反対がある。ギャンブル依存の人を増やすのではないかというのも懸念材料で、大阪府市は「大阪依存症センター(仮称)」を設置して対応する。

 こうした課題への対応が不十分で、大阪IRが想定通りの収益を上げられないとみられれば、今後の国による認定の審査に悪影響を与える可能性も出てくる。

 さて、頓挫した和歌山のIRだが、今後、巻き返しはあるのか。

 IRに関しては、国が2次募集をかける可能性がある。IRが和歌山にとって成長戦略であるという意識は自民党の県議の中にも引き続きあり、改めて申請しようという機運が盛り上がる可能性はある。

 また、仁坂知事は「あきらめる必要はない」と述べ、既に再挑戦の意向を示唆している。問題は、多くの人を納得させることができる資金計画を作ることができるかどうか。

 ただ、和歌山市の尾花正啓市長は28日の定例会見で「IRに代わる新たな活性化策に全力で取り組んでいきたい。1回なくなったIR申請の話を再度復活させるというのはハードルが高くなる。IRに頼ってしまうのは、非常にリスクが高い」と述べ、再挑戦に否定的な考えを示した。

 和歌山がIRに向け今後どんな姿勢でのぞむのか。一波乱も二波乱もありそうだ。