経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

第3回 ESG投資、ESG経営のスタンスはどう変わるか? BNPパリバ証券 中空麻奈

中空氏

【連載】ロシアのウクライナ侵攻でエネルギーの枠組みはこう変わる(全4回) -中空麻奈

このところ投資家や企業経営者の方々と話をしていて気づくのは、ESGへの取り組みについて、本音では再考を始めているように見えることである。ロシアによるウクライナ侵攻の終了後の世界をうかがう中、これまでとは事情が変わったことに対する調整が必要になっているということであろう。今回は変わるESG投資、ESG経営のスタンスについて考えをまとめた。(文=中空麻奈)

第1回 ロシアのウクライナ侵攻がエネルギー市場に及ぼす影響

第2回 EUタクソノミーの原子力、天然ガスの取り扱いの変化とは

中空麻奈氏のプロフィール

中空麻奈(なかぞら・まな)BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部副会長、チーフクレジットストラテジスト/チーフESGストラテジスト。慶應義塾大学経済学部卒業。野村総合研究所入所、郵政省郵政研究所出向。野村アセットマネジメント、モルガン・スタンレー証券、JPモルガン証券を経て、2008年BNPパリバ証券にクレジット調査部長として入社。20年より現職。経済財政諮問会議議員など政府関係の要職も務める。『日経ヴェリタス』債券アナリスト・エコノミストランキング、クレジットアナリスト部門第1位(2015・2012・2011・2010年)、第2位(2017・2016・2014・2013年)。

資源価格の高騰を受け投資家や事業会社の事情は

 投資家側から言えば、石油や天然ガスをはじめ資源価格が高騰し、その関連株が市場平均をアウトパフォームする一方、ESG指数やESGインテグレーションの投資方針を持つファンドなどのパフォーマンスが総じて相対的に芳しくない、という市場の反応がある。ESG関連のグリーンボンド等も金利が上がる中、クレジットスプレッドが拡大し、相対的な魅力を失い売られ気味である。コロナ禍が始まったばかりの時、リスクオフが金融市場を襲ったが、その際にも最後まで売られず、価格のボラティリティが抑制されていたESG関連の債券も、金利上昇局面の中では若干精彩を欠いている。

 こうした状況について、誤解を恐れず言えば、気候変動の流れが止まらないとしてESG投資をしてきたのにそれが収益を生まなくなり、座礁資産だから撤退が必要だとしてできるだけ避けなければ、と考えエクスポージャーを減らしてきた資産が収益を生んでいる、という現実に直面している、ということである。収益を上げることが一義的なフィデューシャルデューティー(受託者責任)である投資家にとって、これは極めて悩ましいことになる。

 一方、事業会社サイドから見ると、資源価格の高騰や経済安保の観点から化石燃料が座礁資産になるタイミングが少なくとも後ずれするのではないか、との考えが浮上することなどを受け、ESGへの取り組みがしばらく鈍化するのではないか、仮にそうだとすれば拙速なESG対応が随分と早すぎる先行投資になってしまうのではないか、ということが懸念となっているように思われる。

 ESG対応はコストがかかるゆえ、ドラスティックな対応をせずとも良い、となれば、見直し機運が高まるのも自明の理と言えよう。気候変動対応のための策や、パーパス経営など、本来は本質的な議論であるが、かといって、一時の流行りものに見えなくもないため、無理もない。プライム上場にはTCFDに則した開示を実施することになっているが、仮に準拠できておらずともこれから対応すれば特別措置が適用されている。そうした企業群にとっては、むしろ好都合かも知れない、というのもあながち言い過ぎではない。

オマーンやサウジの信用格付けは格上げ方向と追い風

 蛇足だが、足元の原油価格の高騰を受けて、それまでは財政悪化が懸念されていた産油国の財務内容が改善していることも付け加えたい。

 原油価格の高騰により、財政黒字となり、結果外貨準備が積み上がる、という経路を経て、オマーンやサウジアラビアなどの信用格付けの見通しは格上げ方向で見直し、となっている。原油は化石燃料の一つで、二酸化炭素を排出するものであるため、近い将来座礁資産になるのだ、との危機意識は「どこ吹く風」状態である。産油国はこうした危機意識から、原油掘削とその輸出に依存していたビジネスモデルの転換を求められていたはずだった。サウジアラビアがソフトバンクビジョンファンドに投資しているのはその一環という捉え方もできたわけだ。それが、大いに変わった、ということになる。

それでもESGの潮流は逆戻りせず続くと考える3つの理由

 理想と現実をいかにバランスさせていくかは大きな課題だが、かといって、今回のロシアによるウクライナ侵攻や、それによるエネルギー市場への影響を受けて、気候変動問題への対応が逆戻りするのかどうか、は考えておくべきポイントだ。

 ただし逆戻りするということはないのではないか。そう考える理由は3つだ。

 第1に、脱炭素を求めるのは元を正せば、オゾン層を破壊しないため、ひいては地球環境の維持のため、であった。産業革命時比、地球上の気温上昇を2度、できれば1.5度に抑えようとするパリ協定以降の目標は、地政学リスクの浮上による需給のひっ迫によっても消えることはない。

 第2に、さまざまなイニシアチブや制度が完成あるいは進捗しており、これをなかったことにする、というのはもはや無理ということもある。

 気候変動のみならず、欧州委員会の諮問機関サステナブルファイナンス・プラットフォームはEUの従来の環境タクソノミーを拡張して社会的事業を分類するソーシャルタクソノミーについて最終報告を公表した。国連が支援する気候変動に関する政府間パネルIPCCは、「気候変動2022:影響・適応・脆弱性」と題した第6次評価報告書第二作業部会報告書を公表済み。UNEP国連環境計画の意思決定機関「国連環境総会」では175カ国の代表が海洋プラスチックごみ根絶を目指す歴史的決議を支持し、対策強化に向けた国際条約の制定を決め、24年末までに条約案をまとめる運びとなっている。

 こうしてみると、わずか数週間の間にも多くの事項がこの先に進む決定をしているのである。複雑にさまざまなイニシアチブが決めた方針をアンワインドするのも楽ではない。

 第3に、投資家サイドのアクションも既に変化している。欧州では18年にサステナブルファイナンス行動計画に沿った取り組み等を展開している。アクションプラン10項目のうち、5項目は適用開始か適用開始の見通しが立っており、つまり既にスタートしている。こうしたSFDRに則り、厳しい開示を乗り越えて投資行動を考え、それによってマネーフローを変えてきているというのに、そのはしごが外されることも考え難い。

 要は、多くの点で後戻りできないところに既にあるということだ。しばらくは、脱一国主義のための行動が加速することになろう。脱一国主義は、それぞれの国が対応を考えるしかないが、脱炭素の流れは途絶えないとすれば、環境関連投資はむしろ拡大する、ということになる。足元で生じた疑義は、現実を理解した理想追求をバランスよくやることで解決する。その答えは、短期的には化石燃料の需要が増すため、目標達成に多少の期ずれが生じる可能性は否定しないものの、それ以上ではない、ということである。ひいては、ESGの潮流は続くと考えるべきである。