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【旅行業界】旅行会社が仕掛ける日本の魅力、再発見 JTBツーリズム 西松千鶴子

西松千鶴子・JTB

 売上高2兆円喪失――。今年4月、東京商工リサーチが発表した、全国の「旅行業」業績調査によると、国内旅行業1110社の2021年1月から12月期の売上高合計は7241億5400万円で、19年同期2兆7715億9400万円と比べて約2兆円の減収。コロナの影響を大きく受けた結果だった。

 最初の感染拡大から2年以上が経過し、ワクチン接種が進むなどコロナとのおおよその付き合い方が見えてきたことで、今年に入って旅行需要が盛り返している気配もある。

 今年4月、JTBやHISなど、大手旅行会社がこぞってハワイツアーの販売再開を発表すると応募が殺到した。HISがゴールデンウイーク前にまとめた、4月29日~5月5日を対象にする予約状況では、ハワイ旅行予約者が前年比の288%増、海外旅行全体で見ても前期比で407%増だった。

 国内旅行に関しても、JTBが3月に発表したまとめでは、今年度の旅行者数は前年比97%増という予想が出ている。旅行需要の現状はどうなっているのだろうか。聞き手=和田一樹 Photo=西畑孝則(雑誌『経済界』2022年8月号より)

西松千鶴子・JTB
西松千鶴子 JTBツーリズム事業本部事業改革推進部長 CX戦略担当
にしまつ・ちづこ 東京都出身。東京学芸大学卒業後、JTBに入社。店舗管理、経営企画部を経て、千葉エリア統括部長、クルーズ事業部長など、主に個人旅行事業に携わる。JCBトラベル執行役員を経て、2022年4月より現職。

間際化と高級化。新たな旅行トレンド強まる

―― 今年の3月、JTBが発表した22年度の国内旅行者数の想定では、昨年比で97%増という予想でした。実際の状況はいかがでしょうか。

西松 3~4月にかけて、そして4月中旬から5月中旬にかけて、当社のツアー利用者はそれぞれ2桁増のペースで推移しました。非常に順調な印象です。

 旅行の内容を見てみると、経済政策と連動するように、徐々に旅先までの距離が伸びています。住んでいる都道府県内の旅行に限り、宿泊割引とクーポン配布で最大7千円がお得になる「県民割」が、4月以降は全国を6つのエリアに区切り、それぞれのブロック内の旅行までが割引の対象になりました。それに併せて旅行範囲も拡大しています。旅行に同行する人数については、一人旅から家族やカップルでの旅行が増え、従来の姿に近づきつつあります。

 一方で、感染者数が増加に転じる報道がなされたタイミング等では、敏感に察知して旅行を控える様子もあり、まだまだ先は読めない印象もあります。

―― コロナ禍で旅行に新しいトレンドは生まれていますか。

西松 以前からあったトレンドではありますが、「間際化」と「高品質化」の傾向は強くなっているかもしれません。

 今年のゴールデンウイーク(GW)は3年ぶりに緊急事態宣言なしとなりましたが、コロナの動向をぎりぎりまで見極めながらの判断となったため、直前の申し込みが多数ありました。こうした背景には、インターネットで気軽に移動手段や宿泊先を組み合わせて申し込める「ダイナミックパッケージ」というプランが充実してきたことも関係していると思われます。当社のダイナミックパッケージは、出発前日まで申し込みを受け付けていますので、特に間際化需要の受け皿になっています。

 「高品質化」については、旅の機会が限られるからこそ、行けるときには行き先に徹底的にこだわり、宿泊施設や食事のランクを上げるお客さまが多い印象を受けます。コロナ対策の行動様式と合致していることもあって、お部屋に露天風呂が付いていたり、個室で食事がいただけるプランが、特に人気となっています。

―― リベンジ消費への期待はいかがでしょうか。

西松 コロナで旅行離れが進んでいるのではないかという懸念もありましたが、GWのハワイ旅行の活況ぶりを見て不安は吹き飛びました。当社サイトへのアクセス数も、ハワイツアー再開を発表した際は大きく増え、みなさん我慢されていたのだと実感しました。5月中旬時点で、夏休みの旅行を申し込む動きが活発になっていますので、夏以降のリベンジ消費にも大いに期待をしています。

 また、当初5月末を期限としていた県民割が、6月末までに延長されました。これがさらに延長となれば、域内旅行はより活発化するはずです。Go To トラベルキャンペーンについても同じことが言えますが、経済施策に旅行需要は影響を受けます。

地域コンテンツ開発を進め観光地へ誘客する

―― これから旅行需要を盛り上げていくためにどんな取り組みをしていきますか。

西松 コロナ禍を受けて、各地の店舗の役割を見直しました。これまでは、拠点から旅先へお客さまをお送りする「送客」の意味合いが強くありました。今後は店舗が、その地域のコンテンツ開発に取り組み、お客さまを迎え入れる「誘客」機能を強化していきます。

 当社はこれまでも地域に密着し、各地域の自治体や宿泊施設と強いネットワークを構築してきました。こうしたみなさまとのつながる力もお借りしつつ、これまで培った経験を旅行商品に反映させていきます。そこでは、利用者の方々がご自身で探してもなかなか見つけられないような魅力的な旅をご提案できるはずです。既に地域コンテンツ開発機能を実装した店舗は、全国で32カ所が稼働しています。今後も、交流を創り出す会社として新たな役割を追求していきたいと思います。

―― 地域のコンテンツ開発は、海外からの観光客が戻ってきたときにも人気スポットを生み出しそうです。

西松 そうしなくてはいけないと思います。5月中旬、政府から6月以降の1日の入国者数の上限を2万人にするという発表がありました。コロナ前は1日約14万人が訪日していたことを思うと、まだまだこれからだと感じます。国際的な人流を見てみると、欧州ではコロナ前と比較して6~7割程が戻ってきているデータが出ている一方で、アジアは20%に達していないといわれます。実際に訪日外国人が増加するのは少し時間がかかるかもしれません。

 しかし、行きたい旅行先に関する世界のアンケート等を見ていても、日本は上位に入っていますし、5月に実施された「世界経済フォーラム」による観光地魅力度調査では初の世界一位になりました。地域の魅力開発に貢献することで、再び観光立国推進のお役に立ちたいと思います。

 また、JTBは海外にも多くの拠点がありますから、海外でも地域コンテンツ開発を行うことができれば、さらにお客さまの体験価値を高めることができるかもしれません。

 コロナは旅行という非日常の体験を奪いました。既に決まっていた旅行を断念せざるを得ないお客さまも、たくさんいらっしゃったと思います。そうした思いは、われわれにも伝わってきました。本当に残念で歯がゆい思いをしました。業界全体にとって厳しい状況が続きましたが、これまで以上の感動を提供できる交流創造企業を目指し、日本経済の活性化に貢献していきたいと思います。