経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

【ホテル・旅館業界】50%を超えた稼働率 客足回復も荒波は続く

東京都宿泊施設の稼働率推移

東京都宿泊施設の稼働率推移
東京都宿泊施設の稼働率推移

少し前まで満室続きで、「部屋が取れない」との苦情が出ていたホテル・旅館業界。それがコロナ禍により国内旅行もインバウンドも激減し閑古鳥が鳴く始末。しかし石の上にも「2年」。感染者の減少とともに、ようやく宿泊者が戻り始めた。かつてのにぎわいを取り戻すことはできるのか。文・聞き手=関 慎夫(雑誌『経済界』2022年8月号より)

温泉旅館に帰ってきた旅行好きのシニア客

 「79・7」「33・6」「35・7」

 この数字は何を意味するか。

 正解は、東京都内にある宿泊施設の客室稼働率を、2019年、20年、21年と順に並べたものだ(観光庁宿泊旅行統計調査)。しかも19年のビジネスホテルやシティホテルの稼働率はともに84%前後。これはすなわち1年を通じてほぼ満室状態にあったことを意味している。

 「ホテルが取れなくて出張を断念した」「ダイナミックプライシングを導入するホテルが増え、以前では信じられないほどの値段になった」
当時、こうした声をよく聞いた。

 ところが、コロナ禍によって状況は一変した。日本で感染拡大が始まったのは20年2月。治療法もよく分かっておらず、ワクチンは未開発。志村けんなど有名人の死も加わって、日本を恐怖が支配した。以来、人の動きが止まった。また、19年には3188万人を超えたインバウンドも消滅した。その結果が20年の33・6%という稼働率だ。

 さらにひどかったのは大阪府で、稼働率は27・8%と3割を割り込んだ。前年の79・0%より、50ポイント以上、下げたことになる。

 20年は本来であれば東京オリンピックが開かれていた年。海外から多くの観戦客が訪れることを期待して、東京のみならず日本中でホテル建設が進められた。それがさらに稼働率を押し下げた。

 21年は年末に都内の稼働率が50%を超えたが、オミクロン株で再びダウン。しかし4月には再び50%を超えた。また日本全国の1~4月も、34・8→34・3→41・1→43・2と着実に上昇を続けている。

 今年のゴールデンウイークは最大10日の大型連休だったが、4月にかかるのは29、30日の2日だけ。残り8日は5月だったため、5月の稼働率がさらに高くなったことは確実だ。

 宿泊施設のタイプ別で見ると、一番稼働率が高いのはビジネスホテルで、次いでシティホテル、リゾートホテル、旅館となる。東京都でも全国でもこの傾向は変わらない。

 旅館の場合、もともと稼働率が低いことに加え、宴会を伴うような大人数での旅行が今なおストップしているため、ホテル業態に比べると回復が遅れているが、それでもかつてのにぎわいを取り戻しつつあるというのは、女将塾社長の三宅大功氏。

 女将塾は温泉旅館のコンサルティングだけでなく、自ら運営も手掛けており、現在、12施設の運営・受託・サポートを行っている。この運営旅館でのゴールデンウイーク中の稼働率は9割前後、前年比170~180%でコロナ前の実績にほぼ並んだ。また、国内の旅館全体で見ても、コロナ前の8割の水準まで回復しているという(インタビュー参照)。

 一昨年秋にGoToトラベルを実施した時にも、一時的に宿泊客が戻ってきたことがある。しかしその時とは客層が大きく違っている。「GoToの時は若い人ばかりで年配客は少なかった。だけど今度は、旅行好きなシニア世代が戻ってきてくれた」(三宅氏)

 このまま感染者数が減り続け、さらにGo To トラベル2・0が実施されれば、人々はこの2年間を取り戻すように、宿泊付きの旅行を楽しむはずだ。

 ただし、旅行者が増えるからといって、ホテル・旅館業界が潤うことにはつながらない。

 その最大の要因は、前述のように増えすぎたホテルの室数だ。

 厚生労働省の衛生行政報告例によると、2010年の全国のホテルおよび旅館の部屋数は156万室だった。その後しばらくは減っていき、15年には154万室となるが、そこをボトムとして急速に増え始め、20年には173万室と約20万室増えている。その大半が増加するインバウンドを当て込んでのもの。しかしコロナ禍でその需要はゼロとなった。今後、徐々に増えていくにしても「インバウンドは簡単に戻らない」(星野佳路・星野リゾート社長)。

 最悪期は脱しても荒波は続きそうだ。

旅館宿泊者は8割に回復もこれから迎える淘汰の時代

三宅大功 女将塾社長

―― 女将塾が運営する温泉旅館のゴールデンウイークの実績は。

三宅 5月2日までの前半は対コロナ前比で9割を超え、後半もそれに迫る数字を残しました。前年比で見ると170~180%といったところです。

―― 旅館業界全体では。

三宅 業界全体でコロナ前の8割ほどまで回復しています。ただし全体で8割といっても、揃って好調だったわけではなく、いいところは10割を超えているのに、悪いところは5割以下といった具合に二極化しています。

―― 旅館によって差がついた理由は。

三宅 ひとつは地域差。関東近郊や伊豆・静岡などは戻りが鈍く、岐阜や愛知もあまりよくありませんでした。その一方で長野県はコロナ前の130%となっています。これは県が観光に前向きかどうか、あるいは以前のインバウンド比率の違いなどが背景にあります。岐阜県などはインバウンド比率が高かった分、回復が弱くなっています。

 もうひとつは、マーケティングの優劣です。大半の予約はインターネットで入ってきます。ですからウェブマーケティングがきちんとできているか、価格コントロールが適切かどうかで稼働率は大きく変わってきます。

―― 夏に向けての予約状況はどうか。

三宅 コロナ流行後、ギリギリになって予約する人が増えています。以前なら宿泊の1~2週間前には予約が入っていたのに、今では平均すると3日前です。その意味で先が見通しにくくなっていますが、今度の夏は順調に推移しています。コロナが落ち着いてきましたが、まだ海外に出かけようという人はそれほど多くないことも好調の理由のひとつです。

―― 業界における懸念材料は。

三宅 ひとつは人手の確保です。コロナ禍でお客さんが来なくなったため、従業員を減らした旅館も多い。いざお客さんが戻ってきても、そう簡単に採用はできないため、部屋はあっても受け入れられないケースも出てきています。

 もうひとつは借入金の問題です。日本全国には3万5千軒の旅館がありますが、平均室数は17室と小規模旅館が大半です。経営的にも厳しく、コロナ前でも平均月商の20倍の借り入れがあり、今では25~27倍にまで増えています。そのため、今後はある程度の淘汰が進むのはやむを得ないと見ています。