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【ビール業界】4月以降は前年比プラス 猛暑の夏に高まる期待

「夏だ! 暑いぞ! ビールがうまい」とはよく言ったもので、気温が上がればビールの消費量も増えていく。今年の夏は猛暑と予想されている。コロナ禍が落ち着き、人々が街に繰り出すようになった。ここに暑さが加われば、聞こえてくるのは「乾杯」の声。ビール各社は夏に向けて準備万端、備えている。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2022年8月号より)

大盛況だった真夏日のビアガーデン

 5月なのに気温が30℃を超えた日曜日。JR中央線信濃町駅からほど近い「神宮外苑 森のビアガーデン」は多くのビール好きで賑わっていた。

 この日は近くの国立競技場でラグビー「リーグワン」のプレーオフ決勝があり、神宮球場では早慶戦、東京体育館ではバスケット「Bリーグ」のチャンピオンシップ決勝が行われていた。スポーツ観戦をした後に森のビアガーデンを目指した人も多く、1千人が収容できる大型ビアガーデンにもかかわらず、一時は満席になり、入場を断らざるを得ないほどの盛況ぶりだった。

 森のビアガーデンがオープンしたのは1984年。以来都心のど真ん中にあるビアガーデンとして人気を集めてきたが、昨年と一昨年はコロナ禍によりやむなく自粛、今年は3年ぶりの営業再開だった。コロナ禍によって寸断された日常が、ここにも戻ってきた。

 2年間、日本を襲い続けたコロナ禍だが、中でももっとも苦しんだのは、酒類を提供する飲食店だった。

 2020年4月7日を皮切りに3度にわたって発令された緊急事態宣言下では、事実上、外食時の飲酒は禁じられた。また緊急事態宣言に次ぐまん延防止等重点措置下でも、飲食店におけるアルコール提供は夜8時までに限定されたため、売り上げは期待できず、休業を選択する店も多かった。そのため夜の街から人影が消えた。

 コロナ流行初期には、「Zoom飲み」など新しい飲み方が流行ったもののすぐに廃れた。飲食店でも飲めず、家でも飲まないのだから酒類の販売量は大幅に減った。当然、酒類の中でもっとも飲まれているビール類(発泡酒、第3のビールを含む)のダメージは深刻だった。

 ただでさえビールの売り上げは減り続けていて、コロナ前の19年までに15年連続で対前年比がマイナスだった。そのビール離れにコロナという下方圧力が加わった結果、20年の対前年比は92・5%、21年は93・5%と下げ幅は一段と大きくなった。

 しかし3月21日をもって東京などに出されていたまん防が終わり、すべての行動制限が解除されたことで、ようやく人々は自由を回復、飲食店も通常どおりの営業に戻った。夜の街にも人が戻ってきた。26ページの西田英一郎・サントリービール社長のインタビューにもあるように、ビール各社の業務用の4月実績は前年を大きく上回った。

 それでも、コロナ前の水準には戻っていない。企業の中には、今でもアルコールを伴う接待を禁じているところもあるし、人数は4人までと制限付きのところもある。また二次会を禁止している会社も多い。

 個人の飲み会でも、1軒目で終わるのが「ニューノーマル」となりつつある。コロナ前なら、金曜日の夜は終電まで電車が混雑していたが、まん防が明けてからも、午後10時を過ぎるとめっきりと乗客が少なくなる。生活様式そのものが以前とは異なっている。それがビール出荷量に表れている。

大手ビール4社、それぞれの戦略

 もちろんビール会社も手をこまぬいているわけではない。

 例えばアサヒビールは、同社の看板商品であり、30年以上にわたりナンバーワンビールブランドとして君臨する「スーパードライ」を、1987年の発売以来、初めてリニューアル、スーパードライの特徴である「キレ」はそのままに、「飲みごたえ」をアップさせた。その結果、今年3月のスーパードライ缶の販売量は前年比4割増という好調なスタートを切った。その一方で、第2の柱を育てるべく、昨年秋に「アサヒ生ビール」を販売した。同製品の今年1~4月の出荷数量は200万箱を突破し期待以上の売れ行きを見せている。

 キリンビールは主力の「一番搾り」ブランドの昨年の売り上げが前年比122%と躍進した。今年はこれに加えて「SPRING VALLEY 豊潤」を次の柱に育てていく方針だ。豊潤はクラフトビールの一種。21年のクラフトビール市場は前年比191%と大きく伸びた。キリンビールはクラフトビールメーカーのヤッホーブルーイングに出資するなど、クラフトビールに力を入れており、今年は一段と強化していく。

 サッポロビールも、主力製品である「サッポロ黒ラベル」を今年2月にリニューアルし、「生」のうまさに磨きをかけた。さらに、顧客プラットフォームである「CLUB黒ラベル」を進化させ、リアルとデジタルの融合を促進する。ヱビスビールに関しても、今年秋にデジタルのヱビス新ファンコミュニティを本格稼働させるほか、誕生の地である恵比寿ガーデンプレイスに、醸造機能を有するリアルなブランド体験の場を設置する。

 そしてサントリービールは、次ページの西田社長のインタビューにあるように、イノベーティブな新しいビールの楽しみ方を提案する準備を進めている。

 さらに各社ともノンアルコールビールや機能性表示食品等、体にいい商品のラインアップを拡充、アルコールの多様な楽しみ方に応えている。

 また4社に共通して見られるのは機会の創出だ。コロナ下の2年間、人との接点が減ったために飲む機会が減った人も多い。その人たちに「乾杯」の愉しさ、喜びを再確認してもらうために力を注ぐ。

 幸いなことに今年は猛暑が予想されている。気温とビールの売れ行きには密接な関係がある。そのため本来であれば今年は、ビール市場が大きく盛り上がったはずだ。

 しかしそこに水を差したのが、ロシアによるウクライナ侵攻だ。これをきっかけに食品やエネルギーなどの価格が高騰、現在も続いている。

 ビール業界でもまずはアサヒビールが4月26日に、次いでキリンビールが5月25日、サントリービールが26日にそれぞれビール価格を10%前後上げると発表。6月に入り、サッポロビールも追随した。

 大麦やトウモロコシなどの原材料価格に加え、物流費やアルミニウム価格も上昇、企業努力で吸収できる限界を超えたためにやむを得ない決断だったが、売り上げダウンは避けられない。

 値上げ時期はいずれも10月1日なため、真夏のビール商戦への直接の影響はないが、値上げはビールだけにとどまらず、食品など生活必需品の大半に及ぶ。今年の春闘は昨年以上の実績を残したが、それは大企業などほんのわずか。給与が上がらず必需品が値上がりし、生活が苦しくなった消費者が真っ先に見直すのはビールなどの嗜好品だ。そのため、秋を前にしてビール需要に陰りが出ることも予想される。

 前述のように、ビール市場は17年にわたり縮小が続いている。コロナが明けても、厳しい環境は続く。全国ビール党の嘆きが聞こえる。