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退役軍人の死が巻き起こした波乱

津山恵子のニューヨークレポート

独立戦争時の英国軍の大砲

ボストンにある独立戦争時の英国軍の大砲。英国軍に勝ち、建国したことで、今日も退役軍人は尊敬を集める(撮影/筆者)

全米に知れ渡った「退役軍人スキャンダル」

 

 テレビニュースを見ていると、久しぶりに与野党の激しい応酬が交わされている。

 米西部アリゾナ州フェニックスの退役軍人専用病院で、不調を訴えた四十数人の元軍人が、治療を待たされたせいで死亡したという報道があったからだ。

 報道は、同病院の元医師が、CNNなどのメディアに告発し、「ベテラン(退役軍人)スキャンダル」として、あっという間に全米に知れ渡った。

 CNNに出演した元医師サム・フート氏によると、胸の痛みを訴えて予約を入れようとした元軍人が、10〜12カ月待たされた結果、死亡したのをみとったという。フート氏は退職後すぐに、当局に調査を依頼する書簡を送り、調査が行われたが、その後改善の連絡はなく、2通目の書簡を送った後、報道機関に「告発」することにしたと語った。

 フート氏によると、病院の上層部が予約待ち患者リストで、待ち時間のデータを改ざんしたり、改ざんするように指示を出したりして、意図的に診療を遅らせていた。

 

退役軍人スキャンダルで長官が辞任

 

 このニュースが、日本人が思うよりも大きな扱いなのは、患者が退役軍人だからだ。

 米軍兵士は、国内外に約250万人も展開している。そのうち約5万人が日本に駐留。また、直近のイラク戦争とアフガニスタン侵攻による負傷者数は4万5千人、死亡者数は6千人超だ。

 これだけの犠牲を払いながらも、海外に駐留し、数々の戦争に参加してきた国だけに、退役軍人は尊敬の対象だ。

 オバマ大統領とミシェル大統領夫人は、機会があれば年に何回も、軍人の家族をホワイトハウスのイベントに招待する。地方で開かれるイベントやパレードには、必ず地域のベテラン団体が参加し、沿道の拍手や声援を受ける。

 イラクやアフガニスタンで、地元出身の兵士が死亡すると、ローカルニュースは必ずそのお葬式を取材する。

 軍人や退役軍人が尊敬されるのは、独立戦争という、独立軍兵士の犠牲によって、アメリカ合衆国が誕生したという歴史も大きく影響している。

 こうした背景があるからこそ、オバマ大統領のホワイトハウスも素早く動いた。大統領が記者会見を開き、告発が真実であれば、「容赦はしない。耐えられないことだ」と強く当事者たちを批判。エリック・シンセキ退役軍人長官に、徹底的な調査を指示した。ちなみに、シンセキ長官は日系人として、歴代では2人目の閣僚だ。

 これに対し、共和党もオバマ大統領が任命したシンセキ氏の退任を要求。米共和党のスポークスマンであるジョン・ベーナー下院議長も記者会見を開き、「誰も死にたくはないんだ」と、厳しい調子で語ったのが、何度もテレビで流れた。結局、シンセキ氏は5月30日に辞任に追い込まれた。

 

退役軍人の厳しい現実

 

 フェニックス発の告発が出てから、1週間後には、26の退役軍人用医療施設で、同様の意図的な治療の遅滞があったことも明るみに出てきた。

 なぜ、このようなことが起きているのかは、まだ不明だ。退役軍人の医療システムが古く、新たに増えているメンタルヘルスなどにきちんと対応していないとされる。また、退役軍人のためのヘルスケア拡大に関する法案に、共和党の連邦議員が反対を続けてきたことにも、批判が集まっている。

 一方で、退役軍人が、米社会の中で忘れられた存在になりつつあることも事実だ。

 戦場は常に海外で、戦争で死傷する兵士の現実を目の当たりにすることは少ない。ストレスや心的外傷後ストレス障害(PTSD)を煩い、ホームレスになる退役軍人も多く、ニューヨーク市では約1万人いるとされる。

 にわかに注目が集まったベテラン・スキャンダルだが、こうした事実を踏まえると、まだまだ退役軍人に厳しい現実が浮上しそうだ。

 

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