経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

大きな潮流が変わる時こそ経営者の覚悟が問われる

人類はこれまでにも社会の大きな変化を何度も体験してきた。そのたびに新しい産業が起き、対応できない企業は淘汰される一方でこれをチャンスに急成長した会社もある。それはいつの時代も変わらない。AI革命が猛烈なスピードで進む中、経営者に求められる資質とは――。(雑誌『経済界』2025年12月号より)

AI革命が引き起こす社会と産業のインパクト

 ソフトバンクグループ(SBG)のAIに対する投資が止まらない。5月にはチャットGPTを開発したOpenAIに対して4兆8千億円を投資することを公表している。そして6月に開催された株主総会でも、孫正義会長兼社長のスピーチの多くがAI事業について費やされた。そしてこう語った。

 「10年後、ソフトバンクは一体何の会社で、何をして人々に貢献したと言われるか? それは、ASI(人工超知能)の世界で、世界ナンバーワンのプラットフォーマーになること。この一点に尽きる。プラットフォーマーとは、具体的に言えば、グーグル、マイクロソフト、アマゾン、メタのような、ある産業の基盤を握り、その上でさまざまなアプリケーションが動くような、中核をなす企業のことだ」

 さらに続けて、「ASI事業の総収益は600兆円になる。これを数社で分け合う、その1社にわれわれもなりたい」。

 600兆円というのは、現在の世界の自動車市場と同じ規模だ。それを4社で分け合うとすると、それだけで1社150兆円。前3月期のSBGの売上高は7兆2437億円だから、AIプラットフォーマーになれればその20倍の収益が期待できるという。

 「農業革命、産業革命よりインターネット革命のインパクトは大きい」。孫氏は常々そう語っていた。そして最近ではAI革命はインターネット革命を上回るという。

 「能動的に活動するAIエージェントに加え、今度は物理的な体を持つロボットにAIが搭載される。つまり、ホワイトカラーの仕事だけでなく、ブルーカラーの仕事の世界にもAIが超知能として備わっていることを意味する。そうなれば、物流、在庫管理、医療、ものづくり、都市開発、手術、設計、発明、料理、そして自動運転など、ありとあらゆる産業が根底から変わる」

 AIの登場によってすでにわれわれの仕事は大きく変わってきた。自分ではチャットGPTなど生成AIを使っていなくても、議事録の作成や電話応対など、さまざまなところでAIのお世話になっている。その範囲は、今後さらに爆発的に増えていく、と孫氏は言うのだ。

農業革命、産業革命、インターネット革命

 孫氏の言葉にあるように、人類史を振り返ると、革命と呼ばれるほどの大きな転換点がいくつかあった。それによって、社会が変わり生活が変わり、仕事が変わった。

 最初は1万年前に始まったとされる農業革命。それまでの狩猟採集から農耕・牧畜へと、獲る文化から育てる文化への大転換だった。農業により、人類は余剰生産を手にすることが可能となり、その結果、人口は飛躍的に増加した。食料を求めて移動する生活から定住生活へと変わり、それが都市の形成や国家の誕生へとつながった。文字や宗教、法体系といった文明的制度も、農業革命があったればこそだ。

 それから1万数千年の時を経て、18世紀のイギリスから始まったのが産業革命だ。蒸気機関の発明によって、人類は初めて牛馬を超える大きな動力を手に入れた。この時以降、機械工業が本格的に始まり、生産性は飛躍的に高まった。モノの大量生産が可能になることで人類は豊かさを享受するようになる。さらには鉄道や汽船など交通が発達し、移動の自由度が大きくなったことで交易も盛んになった。同時に軍需産業も大きく発展した。

 産業革命とその後の鉄道・自動車・飛行機の発達により人類は距離の壁を克服した。そして1990年代に始まったインターネット革命によって、人類は情報格差の壁を克服した。インターネットとは世界を情報で結びつけるもの。しかも誰もがアクセスが可能だ。それまで、情報あるいは知識を獲得しようとするには労力が必要だった。調べものをするのにも、かつては図書館に行く、公文書館に行くなど、時間も手間もかかっていた。

 しかしインターネットによって労力をかけずに入手できるようになった。しかも誰もが情報の発信者になれる。

 今やインターネットなしの生活など考えられないが、日本で本格的に普及したのは21世紀に入ってから。わずか20年あまりで人々の生活、仕事のやり方は大きく変わった。全国に巨大な物流センターが建設されたのはECが普及したためだ。あるいはクラウドファンディングもそう。インターネットによって資金調達の手段は多様になり、資金を遠隔地に送るのも瞬時にできるようになった。GAFAMといった巨大プラットフォーマーの出現で、世界の富の偏在がさらに加速した。

変化を生かすのに必要な経営者の意識

 そして今度のAI革命だ。農業革命では食料、産業革命では物質、インターネット革命では情報、その量が格段に増えた。それに対しAI革命が対象とするのは知能そのもの。「人間は考える葦である」にしても「我思う、ゆえに我あり」にしても、思考こそが人間を人間たらしめる、という意味だ。これまでにもAIは家電製品や自動車など、多くのところで使われてきた。しかしそれは最初に与えられたデータに基づき判断しているに過ぎなかった。ところがチャットGPT以降、AIは自らデータを収集し、自ら考えるようになった。今のところはまだ人間の知的労働を補完する程度にすぎないが、いずれそのほとんどをAIが引き受けるようになる。それによって社会や文化が大きく変わることは間違いない。

 このように時代が変われば組織のありよう、人の働き方なども変わらざるを得ない。顧客が変わる、取引先が変わる、事業領域が変わるなど、昨日の延長線上に今日がある保証はどこにもない。

 ただし悲観することはない。これまでにも環境の変化は常に起きていた。それに適応できずに淘汰された企業もあれば、チャンスとして生かした企業もある。後者になるには運も必要だが、その運を呼び込むためにも、経営者には企業を変えるという強い意識と覚悟が求められる。その意味で変化のスピードは速くなった。しかし経営者に求められる資質は変わっていない。

 次のページ以降では、覚悟をもって変化に臨んだ経営者たちを取り上げる。