エアウィーヴといえば、トップアスリートが愛用する寝具として日本国内での知名度は高い。しかし海外では、10年前に米国に進出し撤退した苦い経験がある。ところが今年4月、エアウィーヴは米国市場に再進出した。10年前と何が違うのか。高岡本州会長兼社長に聞いた。Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2025年12月号より)
高岡本州 エアウィーヴのプロフィール

たかおか・もとくに 1960年生まれ。83年名古屋大学工学部応用物理学科卒業。85年慶應義塾大学大学院経営管理研究科で修士号を取得後、日本高圧電気に入社。87年スタンフォード大学大学院経済システム工学科修士課程修了。98年日本高圧電気社長に就任。2004年に伯父から中部化学機械製作所(現エアウィーヴ)の経営を引き継ぎ、現在は会長兼社長。
10年前の反省を元に開発した新マットレス
―― 今年4月にロサンゼルスにエアウィーヴのショップをオープンしたそうですね。
高岡 アメリカには10年前にも一度進出していますが、その時は2年で撤退しています。今回は再挑戦になります。
ただ、3年ほど前まではそれほど真剣には考えていませんでした。当時は上場を目指しその準備を進めているところでした。ところが2022年に、24年パリ五輪で選手村の寝具に選定されました。21年の東京五輪の選手村でも採用されていましたが、この時は日本開催です。海外の五輪で採用されるのは難しいと考えていました。製品のよさだけでなくポリティカルな問題が絡んできますから。ところが思いのほか採用いただけた。そしてこの実績をもとに海外展開も見据えていく。海外で販売活動を行うと収支計画の見通しが不透明になる。上場によって活動が制限されるだろうと思い上場を凍結しました。
海外にチャレンジするには商品力だけでなくタイミングも重要です。パリ五輪で採用されたことは大きな実績です。これを生かせると考えたわけです。
―― 10年前とはどこを変えたのですか。商品? それとも販売方法?
高岡 10年前に販売したのは薄いマットレスパッドです。日本では高い評価を得て販売を伸ばしていましたが、アメリカ人は薄いパッドには高額なお金を払いません。これを契機に、日本での事業拡大や海外展開を見据えベッドマットレスを開発しました。一般的なマットレスは中にスプリングが入っていますが、エアウィーヴのマットレスはエアファイバーというポリエチレン樹脂を三次元状に絡ませた繊維でできています。しかも表裏の硬さが異なる3つのブロックを組み合わせることでカスタマイズすることができる。今では日本でもパッドよりもマットレスが主力商品です。
アメリカ人は厚みがあってしかも包み込まれる感触のマットレスが好きです。今回の商品はアメリカ人にも好まれるようなソフトなフィーリングを兼ね備えています。エアウィーヴのマットレスは寝返りのしやすさに特徴があり、初めて利用した人の多くが「硬い」と感じます。そこで、エアウィーヴの機能はそのままに、ふんわりと包み込まれる柔らかさの両立を目指しました。これによって「ラグジュアリーな寝心地」と「寝返りのしやすさ」、さらには「耐久性」という機能を持たせることに成功したのです。
しかも、これまでの商品は白が基調でしたが、新商品はネイビーを基調としたモダンなデザインでラグジュアリー感を増しています。
―― 開店して半年がたちました。売り上げは順調に伸びていますか。
高岡 先月の販売台数は5台ですからまだ全然売れていません。でも急いで売り上げを伸ばそうとは考えていません。
日本ではエアウィーヴは多くの方々に知られるブランドになりましたが、2007年に最初のマットレスパッドを発売した時は、1カ月に2枚しか売れませんでした。それが今では何千、何万と売れています。こういう商品というのは、一定程度認知が進めばそこからは連鎖反応で伸びていきますが、まだその段階には至っていません。
―― 認知度を高めるために一番手っ取り早いのは大量の広告宣伝を打つことです。費用はかかりますが、確実に多くの人に知ってもらえます。
高岡 今はまだその考えはありません。それよりもきちんとしたブランド実績をつくる時期だと思います。
例えば、和食を世界に広めた松久信幸さんというアメリカでも大人気のシェフがいます。彼はレストランだけでなく、「Nobu Hotels」というホテルも展開していて、その一つがアメリカ西海岸の高級リゾート地マリブにあります。1泊30万円以上というラグジュアリーホテルですが、客室にはすべてエアウィーヴのマットレスが採用されました。そして泊まった方は皆さん、その寝心地を評価いただいています。マスマーケティングではなく、このようなブランディング活動を通じて、ファンを増やしていこうと思います。
スタンフォード大学の女子水泳チームとのスポンサー契約もそのひとつです。スタンフォード大は私の母校でもあるのですが、勉強だけでなくスポーツにも力を入れています。スタンフォード大出身のアスリートがパリ五輪で最も多くのメダルを獲得しました。このようにして実績をつくっていくことが大事です。認知されたときに会社が持っている様々な実績がブランドのベースになると思っています。日本でも認知されるまで4年かかっていますから、同じぐらいの時間がかかることは覚悟しています。
スペックでは測れないエアウィーヴの世界観
―― 日本でエアウィーヴの認知度が高まったのは、浅田真央さんを筆頭にトップアスリートが使ったことです。同様にアメリカのトップアスリートを使えばいいと思うのですが。
高岡 いずれはやると思いますが、今はまだ早い。いわゆるアイコンを使い、それをマスのメディアに流すには、その前提としてある程度の実績が伴っていなくてはなりません。浅田真央さんをCMに使ったのは2011年頃からですが、その時はすでに石川県の加賀屋に導入されるなどの実績がありました。アピールする実績があるからこそ、マスマーケティングの光を当てることで実績が輝き、お客さまがそのブランドを欲しくなるわけです。ですからもう少し時間がかかります。
―― 日本人は国際的に見ても睡眠時間が短く、睡眠の質も低いため、マットレスや枕にこだわる人が多くいるといわれています。アメリカ人も同じなのでしょうか。
高岡 アメリカの人口は3億4千万人と日本の3倍です。ですからいろんな価値観を持った人がいますが、健康に気をつかう人は増えています。そういう人たちは当然睡眠の質にも敏感です。実際、『SLEEP 最高の脳と身体をつくる睡眠の技術』や『睡眠こそ最強の解決策である』といった本がアメリカでベストセラーになっています。先進国であればあるほど、豊かな国であればあるほど、眠りの質への需要が高いと思います。
―― 先日、新マットレスの報道発表がありましたが、その時、新商品のスペックについての質問に対し、高岡さんはスペックよりもブランドが重要だと語っていました。
高岡 iPhoneが人気なのは、スペックが理由というだけではありません。多くのユーザーは画素数がいくつか、CPUの速度がどうか、はそれほど興味がないし、アップルだってそのことを強くは訴えていないと思います。それよりもiPhoneの世界観であり、持つことの喜びを訴える。ラグジュアリーブランドのバッグも機能で売れているわけではありません。それと同じで、エアウィーヴも前と比べて数値がどう変わったかなどをアピールする必要はありません。もちろん社内では、いい商品をつくるための研究開発をしています。でもそれを訴えるのではなく、お客さまにはエアウィーヴで眠ることの喜びをいかにして伝えるかに力を入れています。
―― エアウィーヴの世界観を一言で表現するとどうなりますか。
高岡 エアウィーヴのコーポレートスローガンは「The Quality Sleep 眠りの世界に品質を」というものですが、これに尽きます。スプリングの代わりにエアファイバーを使うことで快適な眠りを提供する。それと同時に、見た目の美しさも追求する。それによってエアウィーヴを買う喜び、持つ喜び、使う喜びを味わってもらいたいと考えています。
国内マーケットはB2Bに力を入れる
―― 今後の海外展開はどのように考えていますか。次の候補地などはあるのでしょうか。
高岡 まずはロサンゼルスの店舗を軌道に乗せることですが、それがうまくいったら、いろんな可能性が出てくると思います。アメリカで多店舗展開するかもしれないし、他の国にも出ていくかもしれない。ただし、いずれにしても全て独力でやろうとは考えていません。今、アメリカで販売する商品はすべて輸出したものです。しかしこれでは輸送費がかかりすぎてしまう。ですから本格的に海外展開するとしたら、パートナーを選び、マーケットに近いところで製造する形にならざるを得ません。
―― 最後に国内マーケットについて聞きたいと思います。しばらくは高齢者が増えることで市場も拡大するのでしょうが、長い目で見れば間違いなく市場は縮小していきます。その中でどうやって売り上げを伸ばしていくのでしょう。
高岡 現在、売り上げの97%がB2Cです。エアウィーヴは個人のお客さまに支えられています。もちろんそれはそれで伸ばしていきますが、今後はB2B、具体的にはホテルや病院での販売を増やしていきたい。各ホテル、各病院はそれぞれ昔から付き合いのある寝具メーカーがあり、その製品を使い続けています。でもエアウィーヴを使ってもらえれば、睡眠の質が上がるだけでなく、スプリングマットレスと違って清潔でリサイクルできる環境性能をもっています。ですからぜひ使っていただきたいですね。

