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ウーブン・シティから予測するトヨタ自動車と豊田家の未来

トヨタ自動車が建設中の未来都市がいよいよ始動する。自動運転など最先端の技術の実証実験を行っていく予定で、豊田章男会長は技術の「掛け算」を期待する。この都市でのもう一つの注目が、豊田会長の長男大輔氏。トヨタグループ5代目としての手腕がここから試される。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2025年12月号より)

新しい都市でつくる「掛け算」の未来

 トヨタ自動車は9月25日、静岡県裾野市で建設を進めている次世代技術の実証都市「トヨタ・ウーブン・シティ」を始動し、報道陣に公開した。先進的な製品やサービスを住民が暮らす環境で試しながら開発することを目的にしており、自動運転技術などへの貢献が期待される。トヨタグループの祖業から命名されたこの実証都市は、トヨタ自動車の豊田章男会長の長男、大輔氏も関与している一大プロジェクトで、その成否は創業家一族の今後のグループへの関わり方にも影響する可能性が高い。

 「ここは街というより、未来のためのテストコース。ウーブン・シティで起こしていくのは『掛け算』です。2以上だったらいくらでも掛けることができます」

 豊田会長は25日のオープニングセレモニーでこう語った。掛け算とは、実証実験に参加するトヨタとグループ企業、外部企業、個人合わせて約20社の技術を連携させることで、新しい価値を生み出すことを指す。

 空調大手のダイキン工業は、「花粉レス空間」や「パーソナライズされた機能的空間」に関する実証実験を行う。清涼飲料のダイドードリンコは、自動販売機を通じた新たな価値創造にチャレンジ。報道陣に公開されたのは一見、どんな商品を販売しているか分からない自販機で、スマートフォンでQRコードを読み取り、キャッシュレス決済する。販売されているのは飲料だが、例えば生理用品など、人目に触れず入手したい商品の販売などに有用だ。また、トヨタと連携し、「自走する自販機」の開発も検討しているという。

 「カップヌードル」で知られる日清食品は、新たな「食文化」創造に向けた食環境の構築とその環境が及ぼす影響の検証を行う。具体的には、特製のハンバーガーを、カロリーや塩分、糖質、脂質などをコントロールし、主要な栄養素をバランスよく適切に調整した「最適化栄養食」の一つとして販売。睡眠の深さやストレスなど、食べた人の心身への影響を調べ、商品開発につなげる狙いがある。

 コーヒー大手のUCCジャパンは、コーヒーが人々の創造性や生産性に与える影響を実証。トヨタの人工知能(AI)技術で画像を解析し、顧客の行動を分析する次世代のカフェづくりに取り組む。集中力の向上にコーヒーが役立つかなども確かめるという。

 学習塾の増進会ホールディングスは、データ活用による先進的な教育スタイル及び新しい学びの場の実現を目指す。子供たちの様子をカメラで撮影し、集中しているかどうかなどをデータ蓄積により分析し、効果的な教育手法の確立につなげる。ロケット開発を手がけ、民間宇宙輸送事業の展開を目指すインターステラテクノロジズは、ロケットの製造体制を強化する。共立製薬は、ペットと人の「より良い共生社会のあり方」を探る。シンガー・ソングライターのナオト・インティライミ氏は個人で参画し、音に関する実証を行うという。

 トヨタは、さまざまなモビリティサービスに活用できる電気自動車(EV)である「eパレット」で、飲食の提供などサービス提供のプラットフォーム機能を実証。また、PMVと言われる電動小型三輪モビリティによるシェアサービスについても実証を行う。将来的には、自律走行ロボットによるシェアカーの自動搬送サービスも実証する。これは、住民がスマートフォンのアプリで指定した場所に自動運転の搬送ロボットがEVを連れてくるというものだ。乗降場所を5カ所設け、アプリで呼び出すと車がやってくるようにする。

 トヨタの完全子会社で、モビリティの進化を目指す「ウーブン・バイ・トヨタ」(WbyT)は、モノの移動を簡単にする配送プラットフォームを活用し、将来的にはクリーニングなど生活を支えるサービスを実証するという。配送はウーブン・シティの特徴の一つで、地下で物流を完結する構造となっている。ロボットが各家庭に荷物の配送を自動で行う。延べ床面積約2万5千平方メートルの地下空間を自動運転の物流ロボットが荷物を運び、エレベーターに乗って各家庭まで届ける。配送をめぐっては、インターネット通販の拡大と人手不足で配送コストが増大し、「置き配」の活用論議などが進んでいることから、注目されそうだ。地下には、二酸化炭素を排出しないエネルギー源として注目される水素のパイプラインも設けている。水素で走る燃料電池車「ミライ」を擁するトヨタとしては、水素社会の実現に向けた実証も行うとみられる。

 ウーブン・シティには分野の異なる開発者がコミュニケーションする場も設置され、豊田会長の言う「掛け算」が新しい価値創出につながるかが注目される。

来年度には一般人も入居 最終的な住人は2千人

 さまざまな実証が行われるが、トヨタとしては自動運転の技術開発に貢献することへの期待が大きいとみられる。ウーブン・シティ内の信号機にはカメラやセンサーが搭載されており、交通量などを分析。車両の位置と速度の情報などから信号を自動制御する。中国では数年前から、信号機などの交通インフラと車が情報をやり取りし、自動運転の確度を高める実験がすでに行われている。日本では公道でこうしたことを実行するには、法改正や規制緩和、地方自治体との緊密な連携などが必要となり、難しかった。ウーブン・シティではインフラ連携の実証がやりやすくなるとみられる。

 自動運転のタクシーについては、すでに米国や中国の都市部でサービスが提供されており、都市によっては決して珍しくない存在となりつつある。米国では、グーグルの持ち株会社であるアルファベット傘下で、トヨタとも提携しているウェイモが5地域で展開しており、EV大手のテスラも6月、米テキサス州で限定的な運用を始めた。中国ネット大手の百度(バイドゥ)も、北京など10都市以上へ広げている。日本政府は特定の条件下で運転手が不要となる「レベル4」の自動運転サービスについて、25年度をめどに50カ所程度、27年度に100カ所以上で実現する目標を掲げるが、規制緩和が進んでいない。ウーバーなどが展開している「ライドシェア」も本格導入していないのが現状だ。既得権への配慮から、政府が慎重になっているという指摘もある。

 都市のインフラを「ソフトウエア・デファインド・ビークル」(ソフトが定義する車、SDV)の基盤ソフトへ接続することも検討する。eパレットの自動運転については、レベル4に相当する技術を27年度にも搭載することを目指す。

 ウーブン・シティの広さは約29万4千平方メートルで、9月25日に開業したのはこのうち、約4万7千平方メートルの第1期エリア。住宅8棟を含む14棟が建てられ、トヨタの関係者らを中心に約300人が住む予定だ。現在は住民をトヨタの関係者や実証の希望者に限っているが、26年度以降は一般人の希望を受け入れ、訪問も受け付ける計画。最終的には2千人程度が住む見通し。実際の生活の中で次世代技術を試すことにより、企業側は使い勝手などに関する重要なデータを獲得する狙いがある。

新都市で試される豊田家ジュニアの手腕

 「ウーブン(WOVEN)」は英語で「織り込まれた」という意味。トヨタグループ創始者の豊田佐吉氏が自動織機を発明したことに由来する。ひ孫に当たる章男会長(当時社長)が5年前、米ラスベガスの「CES」で「ゼロから『街』を作る」と述べ、今回の都市構想を打ち出した。

 25日のセレモニーで注目されたのが、章男会長の長男、大輔氏のスピーチだ。ウーブン・バイ・トヨタのシニア・バイス・プレジデントを務める大輔氏は章男氏と同じく、「掛け算」の重要性を強調。「異なる分野、異なる文化が重なることで新しいアイデアや価値が生まれる」と話した。

 トヨタ自動車は、佐吉氏が設立した豊田自動織機製作所(現・豊田自動織機)内に佐吉氏の長男、喜一郎氏が1933年に自動車製作部門を新設したのが始まり。37年にトヨタ自動車工業として独立した。

 創業家出身の章男会長が実権を握る現在のトヨタだが、資本構成をみると、創業家がトヨタ株の過半数を持っているということはなく、章男氏引退後の創業家のトヨタ経営への関わり方が焦点となる。

 章男氏は今年、トヨタグループの源流である豊田自動織機に個人として10億円を出資すると発表。これとともに章男氏が会長を務めるトヨタ不動産が大半の株式を買い取り、豊田自動織機を来年、非公開化する計画だ。同社はトヨタなどグループ企業の株式を持っているため、創業家の影響力拡大に向けた動きと指摘された。章男氏はトヨタの自社メディア「トヨタイムズ」の動画に出演してこれを否定。「私の言動には『トヨタらしさ』のセンサーがある。少数株主の代表としてマネジメント層へ意見を言い、サイレントな現場やお客の声を聞きながらやっていく」と話した。

 大輔氏をウーブン・シティに関わる会社の要職につけたのは、実績づくりを進める狙いがあるとみられる。この実証都市が大きな成功を収めれば、大輔氏のトヨタでの存在感が高まるのは確実だ。一方で、ウーブン・シティをめぐっては、プロジェクトにかかる費用や採算性など投資家が重視する情報がほとんど開示されていないとの指摘もあり、海外投資家の視線は厳しい。25日の質疑で成果がいつ出るかを問われた大輔氏は「正直、分からない。各社の強みとトヨタの強みを掛け算して、今より良い未来をお届けしたい」と抽象的な回答に終始した。自動運転車とインフラの連携については、ウーブン・シティで成果が出たとしても、それを他の地域で水平展開するハードルは高い。この実証都市がうまくいかなければ、逆に創業家の影響力が減衰するきっかけにもなりかねず、将来のトヨタの経営体制を考えるうえでも、目が離せないプロジェクトといえそうだ。