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入場者数は黒字ラインを突破 大阪・関西万博の収支決算

2025年大阪・関西万博が10月13日、半年の期間を終え閉幕した。開幕前や開幕当初は盛り上がりに欠けたが、実際に来場した人のSNSなどで会期が進むにつれ人気は右肩上がりとなり、夏休みシーズンや閉幕前は会場は連日、大混雑だった。はたしてそのレガシーとは。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2025年12月号より)

地元業者の関心はすでにIRに移行

 大阪・関西万博が予想を上回る入場者を集めたことで、消費などを通じた大阪市内への経済波及効果は少なくなかったと見られる。そして、万博閉幕後、会場となった大阪湾の人工島・夢洲(大阪市此花区)は、国際的な観光やビジネス、エンターテイメント拠点へ生まれ変わろうと動き始めている。サーキットなどを含む民間主導の跡地開発や、日本初のIR(カジノを含む統合型リゾート施設)開業が柱で、これらが一体となり、どこまで経済波及効果を生み出すのか、そして、どこまで「西の都」大阪の国際競争力を高めることができるのか注目される。

 「万博跡地の開発やIRは、われわれ地元の業者にとりチャンス。何としても仕事をとっていきたい」

 大阪市内のある中小建設会社の社長は、こう目を輝かせる。この会社は万博でも、ある外国パビリオンの建設工事の下請けに入り、多くの収益を上げることができたという。

 万博期間中、夢洲へ通じる唯一の鉄道路線・大阪メトロ中央線は便が増発されたものの、連日乗客ですしづめとなった。これらの乗客が万博会場はもちろん、沿線や大阪市内で多くの買い物や飲食をしたと考えると、経済波及効果はかなり大きかっただろうと考えられる。

 万博閉幕後、当然この混雑はなくなったが、跡地開発が完成してビジネスが回り出し、IRが開業すれば、再び混雑が戻り、大きな効果を生み出すことだろう。

 万博閉幕後に関し、大阪府・市は今春、会場跡地の第2期区域(約50ヘクタール)と呼ばれるエリアについて、民間からの提案を踏まえて作った再開発のマスタープランを公開した。サーキット場、ウォーターパークといったエンタメ施設を含む、多様な機能が複合的に置かれることが想定されている。

 コンセプトは「万博の理念を継承し、国際観光拠点形成を通じて『未来社会』を実現するまちづくり」。具体的には次の4つのゾーンに分けるとした。

①ゲートウェイゾーン 夢洲の玄関口として「にぎわい」「交流」の機能を導入。商業・飲食施設、オフィス、宿泊施設に加え、国際的な交流・イノベーション施設、広場が整備され、ナイトアクティビティーなどの体験も提供する。

②グローバルエンターテインメント・レクリエーションゾーン 「非日常空間」を創り出す大規模なエンタメ機能やレクリエーション機能を導入する。サーキットなどの国際的なモータースポーツ拠点やラグジュアリーホテル、ウォーターパーク、商業・飲食施設などを配置する。

③IR連携ゾーン 隣接するIR(30年秋開業予定)との相乗効果を高めるホテルやMICE施設などを置くことを考えている。

④大阪ヘルスケアパビリオン跡地活用ゾーン iPS細胞を使った心筋シートや「25年後の自分」を見ることができ好評を博した万博の「大阪ヘルスケアパビリオン」の取り組みを継承。先端医療や国際医療、ライフサイエンスに関わる機能を置く。

 こうした夢洲の再開発はどんな効果を生むのかだろうか。

 たとえばサーキットを考えてみたい。

 まず、IRとは異なる新たな層の誘客につながる。「最高峰」のF1を含め、どのレベルのレースまで呼び込めるか分からないが、モータースポーツはコアで超富裕な愛好家が世界中にいる。IR単独では獲得が難しい高付加価値な観光消費と客層を夢洲にもたらし、多様な収益構造を作り出すだろう。

世界最大の木造建築物のリングは一部を保存

 また、産業振興への貢献も期待できる。

 サーキットは、単なるレース場ではなく、自動車メーカーの最新技術のデモンストレーションや試乗会、次世代モビリティー技術の研究開発拠点としても機能する。

 このサーキットが「ハブ」となれば、関西だけでなく全国の関連産業のイノベーションとビジネス機会を創り出すだろう。今後の世界で必要とされる電気自動車(EV)や自動運転技術の「実証実験場」として、このサーキットは大きな役割を果たすはずだ。

 さらに、サーキットと同じゾーンにあるアリーナはコンサート、スポーツなど多様なイベントを開ける。モータースポーツのオフシーズンも含め、年間を通じて集客を維持することが可能になる。ラグジュアリーホテルやウォーターパークなども夢洲の「非日常感」を高める役割を果たす。開発事業者の公募は2026年春ごろ始まる予定だ。

 このほかマスタープランには、万博のシンボルとして人気を集めた木造建築物「大屋根リング」の一部活用や、万博会場中心部にある緑地「静けさの森」の移転なども盛り込まれた。

 リングは高さ約20メートル、1周約2キロで、世界最大の木造建築物としてギネス世界記録に認定された。このうち北東部分約200メートルを、人が上がれる展望施設として原型に近い形で保存する。開発後の夢洲全体が俯瞰でき、手にとるように分かる場所になる。

 初めは民間事業者に整備を任せる考えだったが、莫大な費用がかかることもあり、周辺の約3・3ヘクタールと合わせて市が公園・緑地として整備することにした。維持管理の財源は、府・市による負担や国の補助金、経済界の寄付、今回の万博運営費の剰余金などの活用を想定している。

 残されるリングは万博の壮大さを未来に伝える視覚的なアイコンとなるだろう。サーキットやウォーターフロントといった商業施設が中心となる万博跡地やIRと異なり、万博の非商業的な文化・価値を伝える「レガシー」になる。

 一方、IRは万博会場の北側に隣接する約49ヘクタールの敷地で建設工事が進んでいる。

 IRは、半年間だった万博と異なり、半恒久的に続く施設だ。関西経済の盛り上がりを短期的なバブルで終わらせず、持続的な成長軌道に乗せるためのエンジンになることが見込まれる。

 大阪府によると、IRの運営による関西への経済波及効果は毎年約1・14兆円、雇用創出効果は約9・3万人に及ぶ。

 核となるのはカジノ。一般的な国内外からの観光客だけでなく、海外からの富裕客を呼び込むこともできるはずだ。

 そしてIR内の巨大なMICE施設は国際会議や大規模な展示会の開催を可能にし、世界中からビジネスエグゼクティブを呼び込む。ホテルや飲食、交通、通訳、ITなど、多岐にわたる関連産業に経済効果を波及させる。夢洲が、東京に次ぐ西のグローバルビジネスハブとしての地位を確立することを手助けするだろう。

 さらに、IRが生み出す収益の一部は国や大阪府・市の税収増を生み出す効果もある。

 万博跡地の開発やIR開業の効果は、他にも考えられる。

 たとえば、大阪の不動産や都市開発の連鎖だ。

 夢洲で働く人や観光客が増えることから、大阪市内、特に難波や梅田周辺の開発が加速するほか、商業施設やホテル、オフィス需要が増加し、地価上昇が促されるはずだ。大阪の都市機能の更新と国際ビジネス環境の向上が同時に進むだろう。

 もっとも、ここまで見てきた効果は、見込み通り集客が進むことで実現する。「絵に描いたもち」にしないためには、海外へのPR戦略をどう進めるか、官民挙げて考えていくことが求められる。

交通の利便性をどう高めるか

 交通アクセスの利便性を高めることも重要だ。

 万博開幕前に大阪メトロ中央線の延伸が実現し、大阪市内から夢洲へのアクセスは大幅に改善された。開発後の跡地利用開始やIR開業の後も、大量の観光客・ビジネス客の輸送を担う大動脈となるだろう。

 しかし、中央線だけだと「脆弱」だ。万博期間中もトラブルで中央線が止まり、大勢の来場客が夢洲内で足止めを食らう事態が起きた。複数の鉄道でアクセスできるようにすることが必要だ。

 現在、JR桜島線や京阪中之島線の延伸といった鉄道計画が存在するが、工事には巨費がかかることもあり、とくにJR西日本は慎重と見られている。計画を実現に向け進めるためには、鉄道会社に対し、確実で信頼できる需要予測を行政や夢洲再開発に関わる事業者らが示すことが求められる。

 加えて、夢洲に国内外から来る観光客を、京都や奈良、兵庫といった関西のほかの観光地へ誘引する仕掛けも大切だ。こうした観光地のPRや、夢洲観光と一体にしたツアー商品の開発などを進める必要がある。

 各観光地で高級ホテルやショッピングモールの整備が進み、関西全体の観光インフラの質が上がれば、「ゴールデンルート」(東京-富士山-京都-大阪)を超えた、よりディープな関西周遊ルートが定着するかもしれない。観光客の多様化と地域分散は、関西経済全体に大きな恩恵を及ぼすだろう。

 このほか、サーキットやIRなどの運営のため国内外に集まってくる多様な人材に、大阪や関西、全国のほかの仕事場で活躍してもらえないか考えることも重要となる。

 大阪湾に浮かぶ人工島・夢洲は1970年代、公共工事で出る建設残土や一般ゴミなどの最終処分場としてつくられた。

 80年代には、ほかの人工島である舞洲、咲洲も含め、湾岸開発を進めて新都心にするという「テクノポート大阪」計画が持ち上がったが、バブル崩壊で頓挫。その後、2008年夏季五輪を舞洲に誘致し、夢洲に選手村を整備する構想も出たが、01年のIOC(国際オリンピック委員会)総会で北京に敗れ、実現しなかった。こうした経緯から、夢洲は「負の遺産」とも言われてきた。

 夢洲は液状化やメタンガス発生のリスクも指摘されている。こうしたリスクに対応し、「負の遺産」の汚名を返上して、関西の持続的な成長、さらには日本経済の底上げの牽引役に夢洲を生まれ変わらせることができるのか。総力を傾けた挑戦の行方から目を離せない。