加熱するエンジニアの獲得合戦
SNS大手のグリーが2013年度の新卒採用で、年収条件を最大1500万円まで引き上げて話題になったのを覚えている読者も多いことだろう。ライバルのDeNAも、同時期に新卒の最大年収1千万円を打ち出した。
このほか、企業によっては入社時に一時金を用意したり、ライバル会社からのスカウトを積極的に進めたりするなど、IT業界では一時、あの手この手の人材獲得作戦が繰り広げられた。
ソーシャルゲームのブームがピークを越えたこともあり、こうした動きは以前より沈静化したとの見方もあるものの、人材の枯渇感は続いている。
大きな要因が、スマートフォンの急激な普及拡大だ。今はゲームだけでなく、各社でスマホ向けに多種多様なアプリ開発を行っているため、エンジニアを中心とした人材不足が相変わらず深刻な問題となっている。
魅力は報酬ではなくエンジニアとしての価値向上
そんなIT業界の中でも、経営資源をスマホ関連サービスに一気にシフトしたのがサイバーエージェントだ。
同社では、11年後半から12年半ばにかけて、約300人を中途採用。さらに、過去3年間は毎年200人以上の新卒採用も行った。
このため、一時はグループ全体の社員約2500人のうち、5分の1が新規採用の社員で占められたほどだ。現在は、全社員の半数以上がスマホ関連事業にかかわっているという。

「エンジニアの志向の変化に対応できるのが強み」と語る大八木氏
とはいえ、年収条件を吊り上げることによって大量の人材確保に成功しているわけではない。同社アメーバ人事室室長の大八木晋平氏はこう語る。
「確かにエンジニアにとって報酬は重要な条件ですが、それを強調する形での採用活動は当社ではやらないという考え方です。彼らが会社を選ぶ需要な要素として、『何をやるか』『やりがいがあるのか』という部分が大きいからです。われわれとしても、報酬で会社を選ぶ人は、また報酬が理由で出ていってしまうと思います」
大八木氏によれば、エンジニアにとっての魅力のひとつは、サイバーエージェントの事業構造そのものにあるという。
ネット広告の代理店から始まり、ブログやスマホゲームなどの個人向けサービス、さらに最近ではアドテクノロジーといった領域にも手を広げている同社では、エンジニアの部署異動が頻繁に行われている。このため、さまざまな領域との接点を持つことが可能で、エンジニアとしての市場価値向上につながる。これが、他社にはない強みだという。
「例えばBtoCのメディアを作りたくて入社した人が、アドテクのように技術力が直接収益力に変わるようなビジネスに魅力を感じることもあります。そうした志向の変化に対応できる点が、技術者にとって魅力なのだと思います」
当時、スマホへのシフトを一気に行い、100以上のサービスやアプリを立ち上げると表明したことも、ゲーム開発以外に関心が向き始めたエンジニアの心を掴んだのではないかと大八木氏は言う。
社内に新規事業のアイデアを出す場が豊富にあることも、多くの社員にとって魅力的に映っているようだ。創業当初は離職率が30%に達した時期もあったが、社員全員が新規事業にチャレンジできる制度を構築するなどし、モチベーションの向上を徹底的に図った。これが奏功し、現在の離職率は10%前後で安定。優秀な社員が他社に流れることを防いでいる。
大量採用が一段落した12年後半からは、新たに獲得した人材を組織にフィットさせるための活動に力を割いた。「引き続きエンジニア人材が欲しい状況ではありますが、今は能力の高い人に絞って採用を行う考え方が強くなっています」と、大八木氏は言う。
優れたエンジニアにはマネジャーより高い報酬を与える
一般的に、IT技術者として活躍できる期間は短いが、これは一定期間が過ぎれば優秀なエンジニアほどマネジメントサイドに回ることも理由の1つ。
変化の激しいIT業界では、2〜3年コードを書かない間に、技術の主流がすっかり変わっていることも珍しくない。このため、一度現場を離れてしまえば、エンジニアとしての復帰が難しいこともある。だが、エンジニアの中には、どれだけ長期にわたって開発の現場にいられるかを重視する人材も少なくない。
この点について、大八木氏はこう語る。
「ピラミッド構造でマネジメント層が頂点にいるモデルは、無理が生じるのではないかと考えています。技術的な多様性が広がっているので、特殊領域で高いスキルを持つエンジニアにはマネジメント層より高い報酬を払って長く働いてもらい、エンジニアとしての領域を広げていただきたいと思います」
(文=本誌編集長・吉田浩 写真=森モーリー鷹博)
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