イスラム国が米国人記者の殺害動画を公開
今年8月26日、ノースカロライナ州シャーロットで開かれた退役軍人会全国会議で、オバマ大統領は、この夏一番熱の入った演説を行った。
「過去に何度も証明してきたが、米国人を捕らえ、傷つける者達に対しては、必要な手段を取ってきた。どこまでも追い詰めるということだ」
「国民と国土を守るために、必要な直接行動を取り続けるだろう」
これには盛大な拍手が起きた。8月19日に、イラクのイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国(ISIS)」が、約2年前からシリアで行方不明となっていた米国人ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー氏の首を切断したというビデオを「米国へのメッセージ」というタイトルで公開したばかりだ。別のビデオでは、「オバマよ、米国市民の命は、お前の次の決定次第だ」とISISメンバーが叫んでおり、オバマ政権は、これに対する態度を早急に示す必要があった。
オバマ大統領は、イラク戦争とアフガニスタン侵攻の双方から時間をかけて撤退し、2つの戦争を終わらせた大統領として名を残したかったに違いない。しかし、いとも簡単にイラクへの武力行使に引き戻されてしまった形だ。
フォーリー氏が処刑されるまでの過程を振り返ってみる。
8月8日に始まった米軍によるイラク北部での空爆は24日までに17日間も続き、計96回に上った。北部でISISが勢力を拡大し、イラクで最大のモスル・ダムを制圧したこと、さらにISISにより、数万人のクルド人少数派ヤジディ教徒がシンジャル山に追い込まれていたという2つの理由で空爆は始まった。
イラク戦争に辟易した米有権者を意識し、オバマ大統領は慎重な態度を取り続け、ヤジディ教徒を救出するという人道的な意味から、あくまでも「限定的」な空爆にとどめてきた。そして、この武力行使は成果を上げた。モスル・ダムは19日にも、空爆に支援されたクルド人部隊とイラク治安部隊が掌握した。ヤジディ教徒を追い込みシンジャル山を包囲していたISISも空爆で後退し、多くのヤジディ教徒は無事に脱出した。
米国人記者の処刑で本格的な武力抗争へ
ところが、ジャーナリスト処刑のビデオで風向きが変わった。
ISISは、2001年に米同時多発テロを指揮した国際テロ組織アルカイダよりも凶悪とされる。イラクとシリアで活動していたアルカイダから分派し、13年4月に結成を宣言した。イラクとシリア両国の3分の1という広大な地域を支配し、そこにある油田からの原油販売収入で豊富な資金を得ている。その収入は、米メディアによると1日200万ドルに上るという。米国にとっては、2カ国に火種を抱える状態だ。
ジャーナリストの処刑を受けて、オバマ政権はISISを早急に封じ込め、「将来は世界的なカリフ(イスラム国家の最高指導者)を樹立する」とする組織の狙いをくじかなくてはならなくなった。オバマ大統領の慎重姿勢は消えた。20日に休暇先から公表した声明では、「ISISの思想は破綻している。21世紀に彼らの居場所はない」と強く非難している。
26日に退役軍人を前に「鉄槌を下す」としたオバマ大統領の演説をきっかけに、同政権はシリア内での空爆を準備しているとの見方が広がっている。
凶悪組織の壊滅を世論が後押し
支配地域が2カ国に及んでおり、イラクだけを空爆しても、勢力を削ぐには効果的ではない。約1年前、シリアのアサド政権が化学兵器を使用して市民を殺害したとして空爆を計画した際、世論の反対でオバマ大統領は空爆を見合わせた。しかし今回は、ISISというターゲットがはっきりしており、ジャーナリストの殺害という事件の直後で、見合わせることはないだろう。
問題は、シリアでは、イラク北部で成果を収めたような限定的な空爆ができるかどうかということだ。イラクには、クルド人部隊やイラク政権などの友軍がいたが、シリアでは皆無だ。内戦状態が長く続いており、米国の情報収集活動も不十分だとされる。
米CNNなどメディアは、「シリアのISISはどこに勢力を集めているのか」「果たして勢力を削ぐことはできるのか」という報道で埋め尽くされている。
広大な地域で、勢力拡大の動きが衰えず、しかも豊富な資金を持つという、近年にない強力な過激組織を壊滅させることができる中長期的なプランがオバマ政権に策定できるのか、課題は山積みだ。
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