なぜ米国は空爆に踏み切ったか
スンニ派系過激武装集団「イスラム国(IS)」がイラク・シリア国内で攻勢を強める中、米国は8月上旬に入り、イラク領内のIS勢力に対する「限定空爆」に踏み切った。米国が空爆に踏み切った背景として、(1)イラク国内の少数民族・非イスラム教徒(クルド人やキリスト教徒等)がISの脅威に晒されているため、人道支援が不可欠と判断した、(2)IS勢力の脅威から米国の資産・人員(当初はイラク北部の米領事館・政府職員が念頭にあった)の安全を守るという目的が挙げられる。
しかし、ISが米国人ジャーナリストのジェームズ・フォリー氏の首を切って殺害したことをきっかけに、米国はIS勢力を一層危険視するようになり、9月1日時点で既に120回にわたりイラク領内のISに対する空爆を実施した模様だ。そのため米国は空爆を拡大している印象を受ける。
他方、米世論調査をみると、共和党支持層を除き、「米国の過剰な軍事的介入により宗派戦争に引きずり込まれる」と懸念する声が根強いことが分かる(図表参照)。「宗派戦争に引きずられなければ、ISは米国の脅威にはなり得ない」という孤立主義的な認識が米国国内で広がっているのだろう。
今後、ISは中東地域への脅威に限定され得るものか、そして米国にも脅威をもたらし得るのか、気になるところである。少なくとも、ISが「カリフ制に基づくイスラム国家樹立」を目標としているという文脈では、ISが中東地域の安全を脅かしているのは間違いない。ISはこの目標達成に向け、イラク・シリアの主要インフラ施設の掌握、非イスラム教徒に対する改宗強制または殺害、敵対勢力(政府軍など)の駆逐などを通じてイラク・シリア国境を跨ぐ形で勢力範囲の拡大をもくろむ。
次に、ISが米国に脅威となり得るか。ISはかねてより「米国がイラクを爆撃すればすべての米国人が攻撃の標的になる」と警告しているほか、上述のとおり米軍の空爆は限定的なものではなくなっている。
そのため、ISに拘束された米国人殺害やイラク国内の米政府施設(大使館等)への自爆攻撃にとどまらず、米国国内でテロを引き起こす可能性が出てこよう。特に、約3千人もの欧米出身者がISを含む武装集団のメンバーとしてイラク・シリアで戦闘に参加しており、そのうち米国出身者は100人に上るとされている。彼らが欧米各国に戻り、現地の戦闘経験で身に付けた殺戮・爆破手段によってニューヨークなどの大都市で数多くの民間人を殺害する可能性は排除できないだろう。
米国人が扇動される可能性も
また、インターネットに書き込まれたISの過激思想に共鳴する米国人がテロ事件を実行する可能性も想定される。実際、米当局が今年7月、ISに対する支援提供の罪でシャノン・コンリー容疑者(米国人女性、19歳)を逮捕したが、同容疑者はインターネットを通じてイスラム過激思想に共感した旨を供述している。
また、6月にも2人の米国人男性が同様の罪で逮捕されている。このような事件では、容疑者が米国国内でのテロを計画していたわけではなかったものの、インターネット上に書き込まれたISの過激思想に扇動された米国人がテロ事件を国内で実行するリスクが高まるだろう。
米国国内の社会的問題につけこみ、イスラム過激思想への支持を呼び掛ける巧妙な書き込みが米報道で話題になった。特に、8月9日に米中西部ミズーリ州ファーガソンで丸腰の黒人青年が白人警官に射殺された事件(同事件をきっかけに黒人住民を中心に抗議デモが発生し、治安部隊がデモを鎮圧)に関して、米国を拠点にするIS支持者がツイッター上で黒人指導者マルコムXに言及し、米国の民主主義では人種差別は解消しないと主張。黒人たちにイスラム過激思想への支持を呼び掛けているのは不気味な話だろう。
米国社会から疎外感を強める一部の若者が、出身国籍や人種に関係なく自らの絶望感から過激思想に向かう可能性はこれまでも指摘されている。
米当局は9・11テロ事件以降、おとり捜査や盗聴などの手段を通じ、アルカイダおよびその関係者による国内テロの「芽」を何度も未然に防止してきた。
しかし、「カリフ制に基づくイスラム国家樹立」というISのモメンタムに共鳴する者たちが、その進路を邪魔しているとして米国国内で「ホーム・グロウン・テロ」を引き起こす計画を米当局がすべて監視することは困難だろう。
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