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「経営」の要諦を「人間性」に置いた求道者--稲盛和夫(京セラ名誉会長)

稲盛和夫氏(京セラ名誉会長)

「人生というのは志で決まる」(1992年10月27日号より)

 1992年6月、稲盛氏は京セラの代表権を返上し、会長職に就任。経営の第一線から身を引いた機会に、カネも実績も何もなかった創業当時に仲間と描いていた夢について述べている。(聞き手は本誌主幹の故・佐藤正忠)

稲盛和夫-- 京セラの稲盛イズムを一言で言うと何ですか。

稲盛 それは人間として正しいことを正しく貫いて行くということです。私はそういう哲学的な言葉を25、26歳ごろから言うとるんですね。それは現世で覚えたことではないんです、前世から何かインプットされたものがある気がしますね。

-- きっと前世から稲盛和夫はこれをやりなさいという使命があったんでしょうね。

稲盛 伊藤君(京セラ創業時のメンバーで後に社長を務めた伊藤健介氏)らを引き連れて松風工業を辞めて京都の一角で倉庫を借りて悪巧みを始めた当時、その掘っ立て小屋のような倉庫の工場の前に、毎夜八時くらいになると「夜泣きうどん」(の屋台)が来ていましてね。伊藤君ら十数人の従業員を励ますのにお金がありませんからせめてうどんを食べさす、それが唯一のインセンティブだったんです。そして毎晩素うどん食いながら、こう言うてたんですね。「伊藤さん、今に西ノ京原町一になろな、原町一になったら中京区一や、その次は京都一やで。そして日本一までいったら世界一を目指そうな」と。そういうアホみたいなことを毎晩言うとったんです。

-- 金はないしパテントはないし、でも、志だけはあったんでしょうね。

稲盛 人生というのは志で決まるんですな。それを貫くだけの意志があれば。

-- 素直にいって当時、今日の京セラ軍団のようなものができると思ってましたか。

稲盛 当時、島津製作所などの下請け部品工場の社長が西ノ京原町や中京区で羽振りをきかせてましたが、せめてあのくらいにはなりたいなと(笑)。今、京セラは国内が1万5千人、海外も1万5千人の従業員を抱えているんです。私は英語もあまりしゃべれないのに、人生って本当に不思議ですなあ。

-- ここまできた秘密は何でしょう。

稲盛 運ですね。

-- 約束事でしょうな。

稲盛 そうです。またそうであればこそますますこの現世を私物化してはならない。善きことをやって世の中に貢献せよということだろうと思います。

(構成=本誌編集長・吉田浩)

 
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