18年前にベンチャーキャピタル(VC)事業を立ち上げ、有望なベンチャー企業の支援を続けてきた堀義人氏。その一方で経営大学院の運営を手掛け、人材、資金、知恵とあらゆる面から「創造と変革の志士」を生み出すために取り組んできた。その堀氏は今、日本の起業家たちを取り巻く環境が、これまでとは明らかに変わってきたと感じている。この先、日本から世界に羽ばたくベンチャー企業はどれだけ生まれるのだろうか。
目次
堀義人氏プロフィール

堀義人氏が見る起業環境の変化
── ベンチャーキャピタル(VC)による投資額をGDP比で見ると、日本は米国の7分の1、韓国の2分の1という状況です。この現状をどうとらえていますか。
堀 例えて言えば、米国の環境は、綺麗な滑走路があって、ジェット機に訓練されたパイロットが乗っていて、しっかりとした燃料が積まれていて、管制塔が的確な指示を出すことができる。
一方、日本の場合はデコボコの滑走路の上を、セスナ機に熟練していないパイロットが乗って、燃料も少ししかなく、管制塔は不慣れ。それでやっと飛び立っても戦えません。だから、滑走路も飛行機パイロットも管制塔も、すべてを良くしていかなければならないと思っています。
滑走路というのはいわば生態系です。すぐに人材が調達できるか、アドバイザーがいるか、燃料注入するVCやインキュベーターが周りにいるかといった問題があります。パイロットに当たる起業家は、熟練度をどれだけ高められるか、管制塔に当たるVCなどが、起業家にしっかりしたアドバイスができるかどうかといったことが課題です。
ただ、最近になって日本の状況もかなり変わってきて、2回、3回と起業するシリアルアントレプレナーも増えてきています。われわれVCも経験を積んだことにより、十分にお金が集まる環境ができてきています。
── 日米の差が縮まってきているということでしょうか。
堀 米国のベンチャーには、世界に向かって走っていける「場」があるのが強みです。フェイスブックもボストンで立ち上がってシリコンバレーで大成したし、シリコンバレー自体に世界に飛び立っていくチャネルができていて、そこにノウハウを持った人材が集結しています。
この点で、これまで日米にはかなりの差がありましたが、ここに来て非常に良い動きが出てきています。例えばスマートニュースやメルカリといった日本のベンチャー企業は、20億〜30億円を調達して、最初から米国進出を果たしています。
今までは資金不足が理由で、IPO前に米国に参入することはまず考えられませんでした。IPOを待っていては時間がかかるし、IPO後に米国進出しても時既に遅しとなることが多かった。しかも米国には強いベンチャーが多いので、海外進出はまずアジアに向かうケースがほとんどだったのです。
ところが、この2社の場合は、日本でローンチしてから1年ほどで米国に進出し、しかも勝てそうな見込みが出てきています。われわれは両社にそれぞれ10億円ずつ投資しました。今まで18年間VCとして活動してきましたが、状況は明らかに変わりました。
── 状況が変わった理由は何でしょうか。
堀 産業革新機構の出資が増えたのが大きいですね。ほかにも、中小企業基盤整備機構などがVCに積極的な出資を行っています。これまで日本のVCにはほとんどお金が集まらなかったのですが、ここに来て、政府からの資金が回り始めました。
── 堀代表がVCを立ち上げた頃は、知り合いの企業家から出資を募るなど苦労したようですが、その頃とはだいぶ違うと。
堀 そうですね。ただ、その後はVCにもノウハウを積んだ人が増えてきて、そこにインキュベーターが加わり、起業する人たちの流動性も高まってきています。加えて、スマートフォンが登場し、クラウドコンピューティングなど、新しいイノベーションが続々と生まれているため、それらの変化に合わせた事業機会がいくつも生まれています。
高学歴の人材が「起業家」の道を選ぶようになる
── 環境面は整ってきたようですが、起業家のマインドも変わってきているのでしょうか。
堀 優秀な人が増えていますね。スマートニュースの浜本階生社長は東京工業大学卒業のエンジニアですし、メルカリの山田進太郎社長は早稲田大学出身で以前にも会社を立ち上げた経験があります。彼らはずば抜けて優秀ですし、海外に向けて発信できる英語力もあります。
── 高学歴な人材が、起業家の道を選択するケースが増えてきたということですか。
堀 かなり選ばれるようになってきましたね。さらに優秀な転職組の人材が入るようにもなってきました。こうした大きな変化をアベノミクスが後押しする形で、投資環境は以前と比べると抜群に良くなっています。
── そんな中で、グロービスはどこに強みを発揮していくのでしょうか。
堀 ウチの強みはベンチャー創業者が作ったVCという点で、ベンチャーを作っていくノウハウがあるところです。また、大学院運営を通じて得た、優秀な人材のネットワークがあるのが大きい。投資先企業の蓄積もあります。起業で重要な要素は「ヒト、カネ、チエ」とわれわれは言っていますが、これらを持っていることが強みとなっています。
堀義人氏は何を見て投資先を決めるのか
── 投資実績は500億円に達していますが、立ち上げの頃より、かなり増えましたね。
堀 1996年に立ち上げた第1号ファンドは5億4千万円で、1億円を5社から集めてきました。見よう見まねでしたね。それから米エイパックスと提携して、グローバルなVCの投資手法を学ぶことができました。
堀 ひとつは世界中からお金を集めてくる方法ですね。当時は独立系のVCが100億円以上を集めるのは難しかったのですが、グロービスは200億円のうち180億円以上を海外から集めてきました。そのノウハウに加えて、投資手法や投資プロセス、さらに投資した後の起業育成の方法論などを学んだのが大きかったです。
── そうして学ぶ中で、投資先に対する目利きの仕方も変わってきたのでしょうか。
堀 最初の頃は、7割がたマーケットや経営戦略、技術、プロダクト、競合他社との関係などのハード知識、つまり分析できる項目に重きを置き、3割が分析できないもの、すなわち人の力、チームの可能性などを見ていました。これが今では、7対3で「人」の部分を重視するように逆転しました。
── 具体的に、人のどの辺を見るのですか。
堀 感覚的なものですが、その人がどこまで深く考えているのか、将来ビジョンをどう思い描いて、そこに到達するのにどんな戦略を立てているのかなど、繰り返し質問します。そこから出てくる人間性だったり、動機であったり、チームとのバランスであったり、過去の経験や蓄積など全部ひっくるめて見ます。
── 経験がものをいう世界ですね。
堀 それは、すごく大きいですね。
── 見極めに失敗したことは。
堀 いっぱいありますよ(笑)。5億円、6億円規模の投資を失敗したこともあります。痛いですよね。ただ、ファンド全体で損を出したことは一度もないです。リターンでいうと2〜3倍、一番うまくいったときは7〜8倍いったこともあります。
IPO前に世界進出して勝てるベンチャーが出てくる
── これから世界で勝てるベンチャーは実際に出てくるのでしょうか。
堀 やっと世界で勝てるベンチャーが日本から出てきました。グリーも楽天も世界に出ていったのはIPO後ですから。ハッキリとした成功事例はまだ出ていませんが、IPO前に米国進出して成功するベンチャーが、これから出る可能性は大いにあります。
── やはり勝負するならIT系の起業ということになるのでしょうか。
堀 製造業でも良いと思いますが、かつてソニー、ホンダが米国で勝てたのは、プロダクトで勝負する領域では言語はさほど重要でないからです。ただ、時代とともに製造業がソリューション屋になっていき、投資銀行や弁護士やコンサルティング会社が主役になっていくと、英語力が絶対に必要になります。これらの分野では、日本が圧倒的に負けていますし、シリコンバレー的なウェブサービスや、パッケージソフト事業でも勝てません。
でも、ここに来て完全にスマホのプラットフォームに変わってきて、iOSとアンドロイドにアプリを乗せれば、世界中で戦えるようになりました。かつての「輸出」が、「ダウンロード」に変わったのです。これで海外に進出するコストが一気に下がりました。マーケティングもアプリ上のマーケティングに変わっているので、言語の問題が多少あっても、日本のアプリやコンテンツは世界で戦いやすくなってきました。プロダクトやビジネスモデルで勝負することになるので、日本がまた世界で活躍できる環境が整ってきたということです。
── 最後に、起業家に向けてメッセージを。
堀 明るく、楽しく、ベンチャーの世界で自分の可能性を信じて、思い切って暴れてほしいと思います。その中で思い切り学んで、大きな発想を持って、世界を見据えながら良い仲間を集めて頑張ってほしいと思います。
(聞き手=本誌編集長/吉田浩 写真=森モーリー鷹博)
経済界 電子雑誌版のご購入はこちら!
雑誌の紙面がそのままタブレットやスマートフォンで読める!
電子雑誌版は毎月25日発売です
Amazon Kindleストア
楽天kobo
honto
MAGASTORE
ebookjapan