成熟市場である日本で業績を伸ばし続けるネスレ日本。そのけん引役である高岡浩三社長に、成長をもたらし結果を得るための思考法についてインタビューした。(聞き手=本誌編集長/吉田 浩 写真=幸田 森)
目次
高岡浩三・ネスレ日本社長プロフィール

ブランドマーケティングで頭角を現した高岡浩三氏
スティーブ・ジョブズや孫正義といった有名経営者の多くは、人生の区切りを決め、そこから逆算して「今日何をすべきか」を考えてきた。
ネスレ日本社長の高岡浩三氏もそれに近い思考の持ち主だ。かつて、同氏が人生のゴールに定めていたのは「42歳」だった。
だが、それは自らの意思というより、いや応なく意識させられたというほうが正しい。
小学5年生の頃、父親が42歳で他界。葬儀の日に母親から祖父も42歳で亡くなったことを告げられ、「自分もその歳で死ぬのではないか」という思いを持ち続けてきたからだ。
実際は、そこまで深刻に悩んでいたわけではないが、就職という人生の岐路に立った時、おのずと「早く大きな仕事がしたい」「家族を持っても自分が死んだあと路頭に迷わせたくない」といった気持ちになったと高岡氏は言う。
ネスレ日本を選んだのも、退職後の年金制度が日本企業以上に充実している、というのが理由の1つだった。
そんな高岡氏が、経営者としての素養を磨いたのが、2001年にネスレ日本の子会社であるネスレコンフェクショナリーのマーケティング本部長として手掛けた「キットカット」のブランドマーケティングだった。
「すべてを学んだ」と言い切るほど、この時の経験は高岡氏に大きな影響を与えた。
「キットカット」が九州方言の「きっと勝っとぉ」に似ているため、受験生の親に人気があることがきっかけになった受験生応援キャンペーン。ネスレでは、キットカットのブランドスローガンである「Have a break,have a Kit Kat.」をどう解釈し、どうアレンジするかは現地法人に任されている。
高岡氏は「キットカット・ブレイク」を「受験生のストレスからの解放」というコンセプトに結び付け、売り上げを飛躍的に伸ばすことに成功する。
その陰には、受験生が宿泊するホテルにキットカットを無料で配って貰ったり、JR東日本に受験生を応援するポスターで車両を埋め尽くしてもらったりといった、受験生を応戦する第3者との取り組みがあった。
ブランドマーケティングにおける手法やプレーヤー、そして根本にあるゲームのルールまで変えてしまうのが高岡氏の真骨頂だ。
コーヒーマシンが活躍する場所を、家庭から職場へと広げることに成功したネスカフェ アンバサダーの取り組みにしても同様、新たなビジネスモデルを構築したことが、成功につながった。
さらに、ずっと慣習化していたコンビニエンスストアからの返品を受け入れず、日本特有の業界ルールを変えるという荒業もやってのけた。
高岡氏のリーダーシップの下、ネスレ日本の業績は成熟市場にあっても成長を続け、14年は為替変動や買収売却等の影響を除いたオーガニックグロースで前年比3・8%増、営業利益で3・2%増を達成した。発想を成果に結び付ける思考法とは、どのようなものなのだろうか。
【インタビュー】高岡浩三氏が語るネスレの成長の秘密
新しい日本的経営を自分の手で
―― 人生のゴールに設定していた42歳以降は、どういう心境で過ごしてきたのですか。
高岡 42歳の頃にちょうどキットカットが成功し始めたので、亡くなった父親が導いてくれたような特別な思いがあった気がします。
特にそれで決意を新たにしたわけではないですが、せっかく大きな成功もできたので、残されたキャリアの中で、本当の意味でのマーケティングをどう実現するか、会社経営をどうしようかという思いはありました。
当時はまだマーケティングの本部長でしたが、経営者の目線で、人事はどうしようとか、営業をどう変えていこうとか、会社をどんなふうに将来やっていこうかと考えるようになったのが42歳なんです。
私たちは外資ですが、非常に日本的な経営をする会社なので、グローバルに見て「すごい」と言われるような日本的経営の会社にするにはどうすれば良いか。そうなるとマーケティングしかないという気付きがありました。
その時から徐々に、世界に通用する日本一の日本的経営ができる会社、つまり利益率が高く、サスティナブルな成長ができる会社にしなくてはいけない、新しい日本的経営を自分の手でつくりたいと思うようになりました。
―― キットカットの受験生応援キャンペーンやネスカフェアンバサダーなどの新たな発想はどんな時に生まれるのですか。
高岡 コツがあれば社員にもとっくに伝授していると思います(笑)。ただ、創造的にああしようこうしようと考えている時間が、たぶん他の人より圧倒的に長いんじゃないかとは思います。
基本的には、会社にいないときのほうが多いですね。完全に現実世界の感覚でアイデアを夢で見て、起きてすぐにメモするということもあります。
パワーポイントで書類をつくったり、プレゼンのまとめ資料をつくったりするのは考える仕事ではなく作業です。
例えば、営業が地方に行くと店舗間の距離が長くて1日の3分の1〜4分の1が運転時間だと言う。でも、そういう時間を使えれば、相当いろいろなアイデアが出ると思うんですね。
価値を生まないものに断固として「ノー」と言う勇気
―― 周囲を巻き込むのが非常に巧みな印象ですが、コミュニケーションにおいて意識していることはありますか。
高岡 ネスレでは、どこまで相手の気持ちになって考えられるかということを若い時から言われてきました。
相手の立場で考えて、ハードルをどう潰すか考えるのが基本的なやり方。抵抗する人が抵抗する理由を考えて、それらを全部取り除いてやることが大事なんです。
―― 返品制度にノーと言った時は、かなり強行に押し切ったようですが。
高岡 当時は、売れ行き次第で商品が入れ替わるコンビニエンスストアからの返品に応じるのが菓子業界の慣習であり、出荷した商品が、2〜3日でまるまる返ってくることもありました。
しかしながら、いったん手から離れたら、商品がどのような状態でも、すべて廃棄しなければなりません。
だから問屋さんに対して、コンビニエンスストアから返ってきた在庫はほかの取引先に売ってください、その販促費用や経費については弊社が出すから、と提案しました。返品すれば単に売り上げが減るだけですが、売り切れば逆に儲かりますよと。
誰も損しないはずですが、やったことがないからみんな抵抗感があります。
でもこちらには、グローバル企業として、世界で10億人が飢餓で苦しんでいるなか、十分に食べられる食品を無駄にできない、という大義名分がありました。
結果的に、ほかのメーカーさんも追従しましたしね。
コンビニさんからお叱りを受けるんじゃないかと、営業は心配になりますよね。間接的にも直接的にもコンビニさんのやっていることはおかしい、と言ったわけですから。
でも、仮にネスレの商品は取り扱わないとなっても、トップである自分が決めたことなので、その責任は誰にも負わせないと宣言しました。
―― 現場の営業マンはトップが決めたことだから仕方ないと問屋に説明し、問屋はネスレ日本が決めたことだから仕方ないとコンビニに説明するでしょうから、結局は全部高岡さんのところへくるわけですよね。
高岡 トップの意思が固くないと社員はついてきません。返品拒否を新聞で発表した時は随分いろいろな方が社長室まで押しかけてきましたけどね。でも、この出来事によって社内は変わりました。
それまでは古い慣習からお客さんに非合理的な要求をされても、イエスと言っていましたから。
でも、そういう場合、僕は断固として断ります。日本的経営のいい部分もありますが、価値を生まないものに対しては、すべて正していこうと思います。
高岡浩三氏が後継者に望むこと
―― ネスレ日本だからこそ学べた部分を挙げるとすれば。
高岡 本質的な深い考え方をビジネスに生かすということですね。ネスレのように150カ国以上の国や地域で展開していると、各国、宗教や文化の違いがあり、独特のやり方が生まれている。多国籍企業というのはそれを常に理解しようとするクセがついています。
昔は良くても、今は価値を生まなくなったらなぜ変えないのか考える。それは常に叩き込まれてきました。
―― 後継者についてはどう考えていますか。
高岡 経営者の大事な役割は後継者の育成とよく言われますが、うまくいっているケースはほとんどありません。
でも、後継者が生まれる仕組みはつくれます。1つの例として、11年から社内で行っている「イノベーションアワード」があります。従業員全員が1年に最低1つのアイデアを行動に移して、それが正しいかどうかを証明するというもので、今年は2千件集まりました。
キットカットを焼いて食べることを提案する「焼きキットカット」やスーパーマーケット内カフェの「カフェ・イン・ショップ」も、そこから出てきたものです。
最初の2年くらいは、私が選ぶものと他の役員が選ぶものは全然違っていました(笑)。「焼きキットカット」を、イノベーションアワードの大賞に選ぶ人間なんて僕以外にはいなかったのに、やってみたらすごい大ヒットになった。つまり、以前はそういうすごいアイデアをつぶしていたということなんです。
後継者には、僕がやってきたことを否定するような人に出てきてほしいと思います。
ネスレでは、前任者のやってきたことをきちんとした論理に基づいて変えようという人間しかトップに登用されません。
僕がやってきたことを引き継ぎますなんて、生っちょろい人間はまず選ばれません。こういう部分は、グローバル企業として非常にガバナンスが効いていると思います。
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