長年にわたってイノベーションが起きなかったメガネ業界。ジェイアイエヌの田中仁社長は、超軽量メガネやパソコン用メガネの開発などによって、古い慣習から抜け切れなかった業界に革命を起こした。低価格・高品質、そして新たな機能の付加によって進化を続ける「JINS」ブランドの今後の展開について、夏野剛氏が鋭く切り込む。
常識を破るJINSのメガネ
夏野 メガネには視力の悪さによるハンデを補正するというイメージがありましたが、JINSはそれを完全に覆しました。むしろメガネをかけることによって、もっと目が良くなる、健康になるといった発想は、ありそうでずっとなかったと思います。
田中 メガネは発明以来700年もの間、視力補正するものという概念から離れていません。サングラスには紫外線カットなど、目を守るポジティブなイメージがありますが、メガネにはそれがなかった。パソコンから出るブルーライトをカットする「JINS PC」はそうした概念を打ち破ったものです。

田中 仁(たなか・ひとし)1963年、群馬県生まれ。アイウエアブランド「JINS」(ジンズ)を運営するジェイアイエヌの代表取締役社長を務める。88年にジェイアイエヌを設立。01年にアイウエア事業に参入し、独自のSPA方式を導入したことで急成長を果たす。11年には「Ernst&Young ワールド・アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー2011」モナコ世界大会に日本代表として出場。13年東証1部に上場。著書に『振り切る勇気』(日経BP社)がある。
夏野 その流れでいろんな発想が出てきましたね。花粉症防止用のメガネが出てきたのもJINS PCがきっかけですし。近視矯正以外の発想が、700年も出て来なかったのは不思議ですね。
田中 人間は暑さ寒さから身を守るために服や靴を使い始めましたが、それがファッションになりました。そう考えると、何十年か後にはメガネをしていないと恥ずかしいという状況になることも考えられます。
夏野 視力が良い人がメガネをかけるというのは、ユニクロの機能性下着と同じく、今のトレンドになっていると思います。
田中 災害や戦争でメガネが落ちて見えなくなったら命取りですし、レーシックやコンタクトレンズをしている人にもメガネは必要です。良い状態の目を維持する、またはより良くするためにメガネが必要なのです。
夏野 もう1つ重要なのは、人の顔は違うということ。耳の高さが違うので、メガネにはカスタマイズが必要です。今、JINSでは、その場でどんどん直してしまっていますが、それができるようになったのはテクノロジーの進歩のお陰ですか。
田中 テクノロジーと考え方ですね。これまでは、一般的には自分でフィッティングするという発想がなかったのですが、われわれはフレームを曲げられるラバーモダンを開発しました。自分で調整できるようにした例は、過去になかったと思います。また、軽く柔軟でかけ心地の良いAirframeを開発したことで、ECで調整なしでメガネを販売できるようになりました。
夏野 調整が可能になったら、メガネ屋さんは仕事を奪われると思っていたんですかね。
田中 そこまで含めて、たくさんの時間とエネルギーをかけて、5万円とか8万円のメガネを売っていたということでしょう。
夏野 その高価なメガネに緩みが出たり、ネジがなくなったりして、何千円もかけて修理するケースが多かったのですが、素材の開発、そしてデザイン性と機能性の付加によって、全く違うものにしたということですね。
田中 そうですね。フレームとレンズを革新しました。欧米では視力が悪い人は社会的弱者と見られているため、社会保障や保険制度が適用され健全な競争が行われてきませんでした。それに比べると、日本のメガネ業界はイノベーティブだと思います。
JINSが伸びたのはメガネの位置づけの変化とテクノロジーの追い風
夏野 日本では、無駄な受験勉強で目が悪くなります。私は高校受験で悪くなって、大学に入ってからコンタクトレンズにしました。テクノロジー好きなんで、ソフトもハードもワンデーも全部試して、十数年前にはレーシック手術を受けました。ただ、手術をしてから、車のテールランプの赤さが気になるので、夜にサングラスをしています。レーシックは夜がきつい。

田中 ドライブレンズを装着されたほうがいいですよ。車内のディスプレーもまぶしいのではないですか。
夏野 まぶしいですね。
田中 メガネは用途に応じて何個も必要です。靴を20〜30足、ネクタイを40〜50本持っているのに、メガネは3個も持っていないというケースはよくあります。
夏野 高価なメガネを買ってもすぐになくしてしまうので、手頃なものを何本も持っていたほうがいいんじゃないでしょうか。メガネもファストファッションの世界に入ってきましたね。そうした時流に乗って、なおかつテクノロジーの追い風があって、ジェイアイエヌはここまで伸びたんだと思います。
田中 まだまだです。
夏野 どこまで行けば満足できますか?
田中 世界一のメガネ小売業になることです。そうすると、年商5千億円が条件になります。今、世界最大のメーカーはイタリアのルクソティカ・グループというさまざまなメガネブランドを傘下に持つ企業ですが、そこが各国の小売業者を買収して、売上高の合計が4千数百億円強。いつかはそこをターゲットにしたいと考えています。
夏野 シニアマーケットの状況はどうなっていますか。
田中 そこの拡大も狙っています。女性向けも男性向けも需要は増えています。
夏野 シニアはどの製品が良いのか選べない人が多いので、「あなたにはコレ」と勧めてあげるほうがいいかもしれません。
田中 そこはITの力を使いたいなと。写真を取り込んで、あなたにはこれがピッタリと勧めるようなサービスとか。
夏野 スマホを使えない人も多いので、ものすごく簡単なメアドに顔写真を送ると返って来るようなサービスがいいかもしれないですね。それなら店頭でも使えますし。シニア向けにはそれぐらいしないと、面倒くさがられてダメです。
田中 シニアの方の多くは、シンプルな基本機能だけをお求めになりますからね。
夏野 ちなみに、勉強するとき目を近づけたり離し過ぎたりすると見えなくなるメガネってつくれませんか? それでウチの子どもに姿勢を教えられたらいいなと。
田中 10月に出る「JINS MEME(ミーム)」で解決できるようになると思いますよ。6軸センサーも搭載しているので、普段の姿勢をログできますし、アプリ開発の内容次第で姿勢が崩れるとアラームを鳴らすという機能も考えられます。
夏野 それは、すごく需要があると思います。集中力や勉強効率が落ちたときにアラームを鳴らして、科学的に効率良く勉強できるキッズミームを出せばブレイクするかもしれない。
JINSミームとグーグルグラスの違い
夏野 ところで、「グーグルグラス」は何でダメだったんでしょうか。
田中 要因はいろいろあると思いますが、第1に見た感じがハイテク過ぎたのではないでしょうか。
夏野 そこの部分は、解決できますか?
田中 その点で言えば、JINS MEMEはメガネ屋が作っただけに着用時の見た目が限りなく自然であることにこだわりました。「Digital Trends Top Tech of CES 2015 Award」でITガジェット専門オンラインメディアが主催するアワードにおいてベストウエアラブル賞を受賞しています。
多分みなさんの想像より、いいものが出せるのではないかと。
田中 パテント・トロールなど難しい問題はありますが、海外で流行ったものを持ってきて日本のマーケットで成功するのではなく、日本で生んだ製品やサービスを世界に広げようという気持ちはあります。JINSは、メガネ屋では世界一イノベーティブだと自負しているので、日本のプレゼンスを高める一翼を担えると思っています。
夏野 ウエアラブルコンピューターは、デバイスメーカーやメガネメーカーがつくるほうがフィットする気がします。人間の感情や文化に理解がないからグーグルはダメなんですよ。もしかしたら、日本の逆襲はそういうモノづくりと併せたところから始まるかもしれません。ITでは負けましたが、技術は全部あるので。
田中 メガネそのものではなく、重要なのはソフトの中身なのです。例えば居眠りを検知するとなると、膨大なアルゴリズムを構築しなければなりませんが、そういう基礎技術では、日本は抜きん出ていると思います。
夏野 どんどん外と組んでいくのはありだと思います。技術はあるから、あとは方向性を示してあげればいいんじゃないでしょうか。
(構成=本誌編集長/吉田浩 写真=幸田 森)
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