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「塩爺」逝去の報で問われる“本物の政治家”とは

無報酬で大学理事長引き受け奨学金制度設立した「塩爺」

イラスト/のり

イラスト/のり

かつて、主役を食うほどの名脇役が永田町には数多くいた。「塩爺」の愛称で親しまれた塩川正十郎元財務相もその1人。その塩川氏が9月19日、肺炎のため大阪市内の病院で死去した。享年93。

1921年、大阪府で生まれ、慶応義塾大学経済学部卒業後、会社を設立。その後、布施市(現・東大阪市)助役などを経て67年、衆院旧大阪4区で自民党公認候補で初当選。当選後、福田赳夫元首相に師事し、清和会に。80年、鈴木善幸内閣時に運輸相で初入閣し、以降、文相(中曽根康弘内閣)、内閣官房長官(宇野宗佑内閣)、自治相(宮澤喜一内閣)などを歴任。95年に自民党総務会長に就任したが、96年の衆院選で落選し、2000年の衆院選で返り咲きを果たした。当選11回。

しかし、このようなプロフィールより、01年に小泉純一郎内閣が発足した際、財務相として入閣し、小泉首相の相談役として存在感を見せ、「塩爺」と呼ばれて各メディアに登場していたことのほうが印象に強いだろう。人懐っこい表情で、厳しいこともサラリと言う。

例えば、03年の国会で「母屋(一般会計)でお粥を食っているのに、離れ(特別会計)ではすき焼きを食っている」と答弁したのは今なお記憶に鮮烈に残っている。

また、官房長官時代の官房機密費について質問された際、「忘れました」とあっけらかんと答え、議場の笑いを誘ってその後の追及を避けたことも語り草の1つだ。

そんな塩川氏は、政治資金パーティーを開かなかったことでも知られている。資産家でもあったため、その必要はなかったと揶揄する向きもあるが、極めてクリーンな政治家だったといえよう。

その隠れたエピソードの1つを聞く機会があった。相手は、東洋大学の事務方幹部。東洋大といえば、塩川氏は88年から理事長などを務め、政界引退後の04年からは総長を務めていた大学だ。野球や駅伝などスポーツで有名と見られがちだが、近年は学業での成長も著しく、14年には文科省から「スーパーグローバル大学創成支援タイプB(グローバル化牽引型)」の採択を受けた。偏差値が高い有名私学を押しのけての採択である。

そんな現在の発展の一翼を担ったのが、塩川氏だというのだ。

「当時、次期理事長を誰にするかで頭を悩ませていたところ、ある文部省幹部が87年まで文相を務めていた塩川先生を推薦してくださいました。教育行政に明るく、熱心で、そしてクリーンだからだ、と」

そして、その大学幹部が塩川氏に直接お願いしたところ、話を聞き終わった塩川氏は承諾したという。しかし、それだけでは終わらなかった。

「私が部屋を後にしようとしてドアを開けた時、塩川先生が声を掛けてきて『わしゃ、無報酬でいいぞ』と言われたんです。一瞬、訳が分からず聞き直すと『給料は要らんちゅうこっちゃ』と言ったのです」

こんな政治家が今もいるんだと、大学幹部は胸を熱くしたという。

その後、しばらくたってからのことだ。塩川氏の元秘書はこう明かす。

「ひょんなことから理事長職の話になった。『先生、それなら育英基金か何かつくったらどうですか』と言ったら、『それはいいな』って」

そうして02年にできたのが、「塩川正十郎奨学金」だという。本来、塩川氏に支払われる報酬をすべて基金に回し、外国人留学生の奨学金制度を設けたのだ。大学幹部はこう続ける。

「将来、たとえ奨学金が底をついたとしても、大学の予算を回して続けます。この大学があり続ける限り、奨学金制度はどんなことがあっても、守り続けていきます」

庶民感覚を持つ意味を理解していた本物の政治家

今もなお、政治とカネに関するスキャンダルは後を絶たない。しかし、塩川氏には一切無縁だった。それどころか、政治家たるもの、どういう政治信条を持ち、それを体現していくかを身をもって示していたといえるだろう。

さらに、常日頃「中産階級を増やすのが自民党の役割」と話し、日本の在り方、国民の生活をいつも注視していた。庶民感覚を持ち続けることの意味を理解していた政治家の1人だったといえよう。

ところが今、政治家が小粒になった、それどころかとんでもない政治家ばかりが目立つようになった。与野党問わず、不祥事ばかりが世間を賑わし、空疎な国会論戦は目を覆うばかり。本物の政治家の登場を願っている中、また1人“本物”がこの世を去った。合掌。

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