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地域のシンボルが半世紀ぶりに帰ってきた――中村俊郎(中村ブレイス社長)

中村ブレイス社長 中村俊郎氏

地域の元気が企業の元気になるという中村俊郎社長の信念

中村俊郎氏

中村俊郎氏

 中村ブレイスは、事故や病気で手や足など身体の一部を失ってしまった人に、代わりの機能となる義手や義足など義肢装具をつくるメーカーとして世界的に知られている。

 本社のある島根県大田市大森町は石見銀山のある歴史の古い町。しかし、この街も他の地域と同様、高齢化・過疎化の問題を抱え、朽ちた空き家が多かった。

 中村俊郎社長は自治体からの補助を受けず、自費でそれらの家を買い取り、改修した後、社員やIターン者の家族の住宅として若者の定住を促進させる活動を続け、既にその数は48軒にも上る。

 その理由を中村社長は「創業当時、1カ月1万2300円の売り上げだった会社がこれほどまでに成長できたのは、地域のお蔭だから」とこともなげに言う。

 中村社長が望むのは、若い彼らがこの町で子育てをし、世界遺産を後世に伝える担い手となってくれること。そのためには、市から援助を打ち切られた幼稚園(現在は市立保育園)の運営継続のために、市に代わって会社が支援を続けた。社会がなければ企業もない、徹底したその考えが、この地域を支えている。

大森座を復活させた中村俊郎社長

町の文化の新たな拠点となった新生「大森座」

町の文化の新たな拠点となった新生「大森座」

 

昨年12月、創業40年を記念して、旧大森郵便局舎を改修、“世界一小さなオペラハウス”を誕生させた。

 それは、かつて石見銀山のにぎわいの象徴で、文化の拠点であった芝居小屋「大森座」の復活なのだという。大正4年、鉱山会社が作った芝居小屋は、映画の上映や学校の演劇発表などにも使われ、町民の心の拠り所であったが、過疎化と、老朽化で1964年、解体された。

 中村社長も「新生『大森座』は100人収容の“世界一小さなオペラハウス”ですが、かつてのように、世界遺産石見銀山の町の楽しい文化のシンボルになればと願っています」と期待を込める。町が元気でいるためには文化が必要なのだ。

 
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