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宮内義彦氏が語るコーポレートガバナンスの要諦―宮内義彦(オリックス・シニア・チェアマン)×牛島信(弁護士、作家)

2014年に経営の第一線から退いた宮内義彦氏だが、コーポレートガバナンスに関する鋭い視点は健在だ。今回は長いキャリアを通じて感じてきた日本企業の問題点、企業と株主との関係などについて、牛島信氏と熱い議論を展開する。構成=本誌/吉田 浩 写真=幸田 森

宮内義彦氏プロフィール

宮内義彦氏

宮内義彦(みやうち・よしひこ)1935年生まれ、兵庫県神戸市出身。58年関西学院大学商学部卒業。60年米ワシントン大学経営学部大学院修士課程修了後、日綿實業(現双日)に入社。調査部、海外統括部、オリエント・リース設立準備事務所を経て、64年オリエント・リース(現オリックス)出向。80年代表取締役社長・グループCEOに就任。2000年代表取締役会長・グループCEO、03年取締役兼代表執行役会長・グループCEO。14年6月の株主総会後に取締役、会長・グループCEOを退任し、シニア・チェアマンに就く。94年度から10年間、経済同友会副代表幹事を務めたほか、規制緩和委員会委員長、総合規制改革会議議長、規制改革・民間開放推進会議議長等、規制緩和を進める政府関係審議会のトップを歴任。

コーポレートガバナンスとは企業が存続するためのプラットフォーム

ガバナンスのために企業があるわけではない

牛島 宮内さんのように総資産が数兆円にもなる企業を作りあげるというのは、並大抵ではないと思います。宮内さんは以前、「会社を大きくしたら解決すると思っていた問題が、大きくなったことで解決しないばかりか、むしろ大変になった」とおっしゃっていましたね。

宮内 グループ全体で従業員数が3万人を越えたようです。

牛島 私の持論ですが、コーポレートガバナンスで最も大事なのは、雇用を生むことだと考えています。そのために優れたリーダーが必要です。企業のトップになる人は、自分が雇用を生み出しているとか、多くの従業員に生きがいを与え、充実した人生を送らせているなんて意識していないかもしれません。

しかし、リーダーが頑張ると仕事が生み出されて、多くの迷える小羊が充実した人生を送ることができるようになる。リーダーになれる人はほんの一握りですが、多くの人にやりがいと人生の価値を提供する。これが私のガバナンス論の中核です。そう考えると、3万人の雇用を生み出した宮内さんは、まさに稀有な経営者ということになります。

宮内 私自身が今お話しいただいたような経営者かどうかは別にして、企業というものに完成はありません。常に成長を続けていく存在です。企業は常に途中経過であり、気を抜けばあっという間に転げおちます。

成長しているということは、何らかの形で社会に貢献しているということを意味します。その貢献の一つが、牛島さんがおっしゃる雇用の創出であることは間違いないと思いますが、私はもう少し拡大解釈していて、それを「社会に経済的な富を提供すること」と考えています。雇用を含む“良いもの”を社会に提供しているということです。

牛島 そうなると、コーポレートガバナンスの意味はどうとらえられるのでしょうか。

宮内 企業が存続するためのプラットフォームのパートの一つでしょうね。ガバナンスのために企業があるわけではありません。極論すれば、ガバナンスを無視しても、世の役に立つ企業は存在しえる。ただ、ほとんどの場合、あまりうまくいかないので、ガバナンスを大事にしようと言われているんですね。

宮内義彦氏が見た米国式、日本式ガバナンスの違い

牛島 出光興産のような例もありますね。あれほどの規模の企業に育ちながら、(創業者である)出光佐三氏の時代は、非上場主義を貫いていた。佐三氏は「株式会社だっていかがわしい」と発言されていました。ガバナンスも同じかもしれません。

宮内さんは例えば、後継者問題にしても、「トップが長く君臨することは必ずしも悪いことではない」とおっしゃっています。

宮内さん自身は、既にオリックスグループのトップからは退かれていますが、「自分自身が経営を続けるメリットと、このまま続けて万一の時に突然いなくなるデメリット」を天秤にかけて退任されたとおっしゃられていました。そこで考えるのは、イノベーティブではない平均的な経営者であっても、企業を存続し、成長させていけるようにしようというのが、ガバナンスの一つの目的ではないかということです。

宮内 私は幸いにして、若い頃から欧米の会社のことを見聞する機会が多かった。自然と日本の会社と比較するわけですが、

一番違うと思ったのは、社外役員の存在と、経営者が非常に社外役員に気を遣っているということです。当時の日本にも社外取締役はいましたが、まるで存在感が違う。また、日本と欧米の企業の経営力を考えると総合的に欧米のほうが上だと感じられた。

その表れの一つが社外取締役だったのでしょう。確かにイノベーティブな経営者が存在することはベストですが、加えて“仕組み”があると、もっといい。日本にはその仕組みがなかったので、ガバナンスを提唱する必要性があったのです。

宮内義彦氏がコーポレートガバナンスを重視する理由

長期保有株主の議決権を増やすべき

牛島 そういった考えにはいつ頃至ったのでしょうか。

宮内 若い頃からアメリカの会社を見せてもらって、アメリカの会社の社外取締役をやらせていただいたりした頃から徐々に考え出しました。1980年代に社長になりましたが、その頃には、日本の企業は遅れていると感じていました。

牛島 80年代というと「ジャパン・アズ・ナンバーワン」で、日本はもうアメリカに勝っていると言われていた時代ですね。

宮内 個人的にはアメリカだろうが日本だろうが、勉強しなければならないと思っていました。

牛島 日本興業銀行の頭取もされていた中村金夫さんと経済同友会でコーポレートガバナンスの研究をされるようになったのは、その頃でしたね。

宮内 もともと日本にコーポレートガバナンスという考えはありませんでした。そこで中村さんが提唱されて、勉強を始めたんです。それが90年代半ばで、バブルが弾けて日本の様子がおかしくなってきた頃だったと思います。

牛島 そこでガバナンスの重要性をより強く意識したのでしょうか。

宮内 あの時代、日本の経営者はいろいろと言われました。能力がない、駄目だと、本当にいろいろと言われた。そこで何が違うんだと考えたら、先ほど言った「ガバナンスの仕組み」が日本の会社にはない。まずはそこに手を付けなければと考えたわけです。

牛島 その表れが社外取締役の積極的導入であり、もっと突っこんで言うと「株主のために働こう」ということなんですね。

宮内 その頃の私は「株主は神だ」と思っていました。経営者は株主に仕えるものだと思っていたんです。

牛島 過去形なんですね。また、「長期保有株主の議決権を増やすことを考慮すべきだ」ともおっしゃっている。そこは私も非常に共感できます。

宮内 中長期保有の株主と短期売買の株主は根本的に違う存在です。企業が社会に貢献しようとすると、普通の会社で中期的、業種によっては長期の視点が必要になります。短期視点で、直近の四半期で利益を出そうとする経営者は貢献できない。経営者が5年かけて企業を成長させようと考えているならば、それに寄りそうのが株主のあるべき姿です。だから長く株を保有するなら、その株主の議決権は3倍、5倍になって良い。それこそ、株主平等の原則に合致しているのではないでしょうか。

牛島 あえて言うならば、なかなかの極論ではありますね。

宮内 株主にはそれだけの責任があります。経営者に寄りそい、会社の成長に寄りそっていく責任がある。だからこそ、経営者にチェックを入れる資格ができるんです。昨日株を買って今日売るという人に、そういう責任は取れない。これは議決権ゼロでも良いくらいです。

牛島 そうなると短期株主の存在意義という問題が出て来ます。

宮内 私はマネーゲームを否定しません。短期も含め、売買が活発であればあるほど企業の適正な価値が分かる。それはとても重要な役割です。

株主などによる監視があるほうが経営者は楽

牛島信

牛島信(うしじま・しん)1949年生まれ。東京大学法学部卒業後、東京地検検事、広島地検検事を経て弁護士に。牛島総合法律事務所代表として、多くのM&Aやコーポレートガバナンス関連の案件を手掛ける。97年『株主総会』(幻冬舎)で作家デビュー。この他、『株主代表訴訟』『買収者(アクワイアラー)』等、企業社会を舞台にした多くの作品がある。日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(CGネット)理事長。上場会社など4社の社外役員を務めている。

牛島 IT系の急成長している企業などは、上場をしても創業者でもある経営者が大多数の株を保有して、議決権も多数を占めているケースが多いのですが、こういうやり方はガバナンスとしてはあるべき姿と言えるのでしょうか。

宮内 極端な姿だとは思いますが否定する理由はありません。ただ、短期保有者だけが株主という状態だと、経営者の視点も短期に迎合する危険性が生まれます。それは長期的経営にはリスクだと思います。経営者が間違えたらそれで終わりになってしまう。

牛島 例えば、アメリカのフォード・モーターでは、株式の4割を経営陣が握っています。

宮内 それはもう、マーケットも「そういう会社だ」と認識していますよね。その上でフォードの成長が最適になる仕組みになっているかどうかがポイントなんです。マーケットはそこで判断している。

監視があると経営者は楽なんですよ。株主の監視だけではなく、いろんな仕掛けがあって縛られたほうが経営者は楽です。業績を落とすと怒る株主がいる。難しい会計原則で縛られる。顧問弁護士や監査役に注意を受ける。チェックする人と確認する仕組みが多いと、ミスは減ります。

牛島 ただ、宮内さんの経験の中で、「監視はいいから、黙って見ていてくれ」と感じたことはありませんか。

宮内 それはあります。そこは上場会社の悲哀だと思うんです。上場会社は外部に向けてみっともないところは見せられない。でも、本当はドタバタとしたほうがいいときもある。

最近では、アメリカであえて非上場にしようという動きもありますが、それは理解できる。そのほうが経営的には自由度が上がりますから。

コーポレートガバナンスの前に考えなければならないこと

低金利時代に上場のメリットは薄い

牛島 上場企業は不自由なものだというお話ですが、そもそも企業が上場する意味をどう考えますか。

宮内 やはり、資金調達という部分が大きいですね。オリックスは金融ですから、大きな資金が必要でした。

牛島 言い換えれば、大きな資金が必要ない業種であれば上場しないほうがいいということになるのでしょうか。エクイティファイナンスなしで事足りるのであれば、あえて不自由になる上場をすることはない。上場という制度にもっと自由があっていいのではないかと思います。

宮内 そのとおりです。今は世界的に低金利になっていて、経済は低成長期です。すると、投資をする意義が投資家になくなってしまう。機関投資家の要求は、企業に対して厳しいものにならざるを得ず、短期的な利益を求めるようになる。そんな株主ばかりだと、経営者としては、安定株主の比率を上げたくなるのも当然です。しかし、それは世の中の動きに逆行します。

牛島 今、国は機関投資家に対する依存心、あるいは期待が大き過ぎるような気がします。

宮内 こういう言い方が適切かどうかは分かりませんが、国は市場の実態を理解していない気がしますね。極論かもしれませんが、今の会社法は少しおかしい。法制審議会で改正について議論していますが、そのメンバーは法学者が中心です。それはまずいということで経団連に意見を聞いたのですが、それだけでは足りない。投資家の視点も盛り込むべきでした。コーポレートガバナンスの前に、会社法の改正を考えなければならないくらいだと思っています。

牛島 それはどういった理由でしょうか。

宮内 例えば、指名委員会等設置会社では、報酬委員会、指名委員会、監査委員会が経営に対して大きな決定権を握っている。では取締役の存在意義はどこにあるのかということです。しかも、委員会の過半数は社外取締役だったりするわけです。これは行き過ぎた制度ではないでしょうか。少数の社外取締役に会社の重要事項をすべて委任していることになります。

牛島 社外取締役も、そこまで責任は負えないですよね。

宮内 だから、三委員会はボードに推薦する形をとって、最終決定はボードが担うという形への改正が必要だと思います。監査委員会等設置会社も、現状のままだとコンプライアンスに傾き過ぎている。それでは会社が縮こまるばかりで攻めることができなくなってしまいそうです。

「保有株数×保有年数」で株主の真の平等を図る

牛島 話は変わりますが、私は長期保有株主の議決権の問題は、ガバナンスを考える点で非常に重要だと思っています。例えば、株主の大多数が短期保有株主という場合は、どういった経営をすればいいのでしょうか。

宮内 経営者はマネーゲームを目的とする投資家から会社を守らなければなりません。投資家からノーを突き付けられないように配慮しつつ、長期的視点での経営を続けるという難しいことが求められます。

牛島 そのさじ加減は難しそうですね。

宮内 結局、アメリカではそうなってしまっています。経営者が会社の中長期の成長を守らず、マネーゲームに迎合する。しかも、経営者自身が自分の報酬を追い求める。そういう経営者が短期投資家からは「優れた経営者だ」と評価されてしまう。

牛島 日本をそういう状況にしないためにどうすべきかを考えなければならないですね。そこで、コーポレートガバナンスが果たす役割も大きいと思います。

宮内 中長期的に会社を成長させ続けることが第一です。短期的な利益を追うことも否定はしませんが、前提として会社を成長させなければいけない。

牛島 しかし、会社を中長期で成長させたいと考え、それに賛同してくれる15%の中長期保有の株主に理解を得られたとしても、株主総会では提案が否決される可能性があるわけです。

宮内 それこそが、議決権で解決すべき問題だと思います。株主平等の原則がありますが、それを実質的な視点で見直す必要がある。議決権は「保有株数×年数」で決めるべきではないでしょうか。今は保有株数でしか平等が図られていませんが、「保有年数」という概念を加えれば、実質的な平等性が担保できる。

牛島 私も検討の価値があると、その考えは特にアメリカでは思いのほか評判が悪い。フランスやイタリアではまだ受け入れられそうですが。

宮内 純粋な資本主義というものは、アメリカで行き着くところまでいってしまっているのでしょう。ヨーロッパにおける社会民主主義的な政権下での資本主義に、今後は制御されていくのではないでしょうか。

牛島 アメリカ型、ヨーロッパ型の両方を踏まえて、日本の資本主義も変わっていかなければならないのでしょうね。

宮内 アメリカやヨーロッパからすれば、企業統治で周回遅れの日本がなにを言っているんだということでしょうが、大事なことだと思います。

宮内義彦氏が考える社外取締役の意義とは

社外取締役は必ずしも過半数でなくていい

牛島信牛島 宮内さんとは感覚が違うのかなと思ったのは、内部昇進型の取締役がボードの中心であるのをどう評価するかということです。

私は、日本では内部昇進型の取締役会制度がある程度上手く機能していると考えています。社外取締役を導入している会社でも大抵過半数は社内の取締役です。会社の根幹を社内の人材で押さえているという安心感があるのは、経営上悪くないのではないでしょうか。宮内さんは、ボードの過半数は社外取締役でなければ、株主の代表でなければ、ガバナンスはあり得ないとおっしゃっていますね。

宮内 少しニュアンスが違うかもしれません。私は日本型ガバナンスにおいては、社外取締役は1人でもいいと思っているんです。ただし、その1人は“尊敬できる長老”であるべきです。そういう人がじっと経営を見ていて、あるとき肩を叩いて「そろそろいいんじゃないか」といってくれたら引退できそうです。

牛島 社外取締役のポジションは、長老として、経営者としてビジネスの前線で闘いつづけてきた方が経験を生かす場でもあるんですね。先ほど、日本は周回遅れと言われましたが、日本式ガバナンスが世界をリードする可能性を感じます。

宮内 そのためには、中長期的視野で、日本式のやり方が良いぞという結果を出さないといけないでしょうね。世界の目にさらされた上で、世界が驚くような成果が求められます。それは経済だけの話ではないかもしれません。日本では、企業が社会に対して大きな責任を負っていると考えられていますが、アメリカでは「not my business」です。ところがアメリカでは社会不安が広がっていて、日本は安定しているというような総合的な評価をするべき時期が近い将来訪れると思います。

牛島 経営だけではなく、社会への貢献や影響力など、かなり広い視点ですね。

経営者に求められる資質とは

宮内 ただ、矛盾するようですが、局地戦でも結果を出さないといけません。社会貢献はしたが経営がボロボロでは評価されません。中長期的視点の経営は素晴らしくても、短期では破綻しているのでは意味がない。

牛島 それを実現するにはどうすればいいのでしょうか。

宮内 この20年余りの間に、コストカッターが経営者になってしまいました。そろそろ、真にイノベーティブな経営者に交代していかないといけない時期ではないでしょうか。まるで高度経済成長期のような、エネルギッシュなイノベーターが経営に求められているんです。

そのためには、まず自分たちがイノベーティブではないという自覚を持ち、経営者がイノベーティブな後継者を育て、選ばないといけない。あるいはそこで社外取締役が、そういう人材を推すといったことも必要でしょう。差しあたって、社外取締役は過半数でなくてもいいけれど、そういう発想力と行動力がある方に担っていただかないといけない。

牛島 そう考えると、意外に社外取締役にふさわしい人材はたくさんいそうに思えます。

宮内 そういう人材が、たくさんの会社の社外取締役をやるのではなく、責任を持って一社を担当するんです。しかも社外取締役同士が横で連携して、知恵を出し合う。

牛島 それは、非常に実践的で効果的、しかも前向きなお話だと思います。

(うしじま・しん)1949年生まれ。東京大学法学部卒業後、東京地検検事、広島地検検事を経て弁護士に。牛島総合法律事務所代表として、多くのM&Aやコーポレートガバナンス関連の案件を手掛ける。97年『株主総会』(幻冬舎)で作家デビュー。この他、『株主代表訴訟』『買収者(アクワイアラー)』等、企業社会を舞台にした多くの作品がある。日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(CGネット)理事長。上場会社など4社の社外役員を務めている。

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