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吉田忠雄(YKK 創業者)

失敗することを恐れていては思い切った働きはできない。同じ働くのなら精一杯の力をぶつけて働く。それで失敗するのなら仕方ない

 吉田氏は、1908年、富山県下新川郡下中島村(現・魚津市)生まれ。生家が貧しかったため進学できず、尋常高等小学校を卒業後、地元の履物屋に奉公に入る。その後、東京・日本橋の陶器輸入商、古谷商店に就職した。

 結局、古谷商店は世界大恐慌の影響で倒産してしまうのだが、それが吉田氏の転機となった。古谷商店はファスナーの輸入も手掛けており、吉田氏は倉庫にあった大量のファスナーを買い取り販売、その資金で後にYKKとなるサイエンス商会を設立したのだ。

 順調に業績を伸ばし、1942年には吉田工業に社名を変えた。しかし、太平洋戦争で工場がすべて焼けてしまう。そこで一旦、故郷に帰り、終戦後、ファスナーの生産を再開した。ところが、当時のファスナーは手作りのため品質が悪く、業績は思うように伸びなかった。そこで吉田氏は大きな決断をする。ファスナーの自動製造機を購入したのだ。

 その頃の吉田工業の資本金は500万円、自動製造機の価格は1200万円もした。しかも、業績が思わしくないなかでの決断だ。当然、周囲は反対した。しかし、決断は正しかった。これを機に吉田鉱業は業績を伸ばし、世界的な企業へと成長していくことになる。

 もちろん、リスクを恐れずしたことが必ず成功するとは限らない。しかし、何もしなければ得るものもない。[提供:経営プロ]

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