経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

ニコンのリストラに見る技術大国日本の落日

ニコンが構造改革により、半導体装置事業を中心に1千人の人員削減を実施する。ニコンの半導体用露光装置は同社が培った光学技術の結晶であり、半導体業界の成長を牽引してきた。しかし今回の事業縮小で、ニコンは最先端の開発競争から撤退することになる。文=本誌/村田晋一郎

業界の発展を支えた基幹事業で人員削減

基盤

ニコンが2016年度上期決算発表のタイミングで構造改革を発表した。半導体装置事業が目標の黒字化を達成できず、カメラなどの映像事業で想定以上に市場縮小が進行していることを受けてのもの。現行の中期経営計画の継続を断念し、財務基盤が健全なうちに、グループ全体で構造改革に踏み切る。

半導体装置事業においては、最先端露光装置の開発を縮小し、開発費を削減。販売方針を見直し、棚卸資産の廃棄・評価減リスクの最小化を図る。さらに組織を見直し、配置転換を含む1千人規模の人員適正化で固定費を削減する。また映像事業で350人、本社部門でも200人規模で人員適正化を行うが、これに伴い、全社で募集人員を1千人程度とする希望退職の募集を今年度中に実施する。

ニコンと言えば、カメラメーカーのイメージが強いが、もとは海軍向け光学兵器の国産化を目的として設立された軍需企業。戦後、民生品の生産に転換する中でカメラに展開していった。そしてその高い光学技術は半導体製造装置分野にも生かされた。具体的には、シリコン基板に半導体の回路を焼き付けるための露光装置。微細な回路を描ければ、それだけ半導体の集積度が高まるため、露光装置の性能が半導体の性能を決めることになる。最先端の半導体用露光装置の描画性能は10ナノメートルの線幅を実現しており、人類史上最も精密な装置と言われる。

1980年に日本で初めて縮小投影型露光装置を製品化したのがニコンだった。以後20年間、ニコンは露光装置市場のシェアトップに君臨、90年代末には50%以上の世界シェアを獲得していた。ニコンが半導体産業の成長を牽引してきたと言っても過言ではない。それだけニコンの存在感は大きく、97年から4年間社長を務めた吉田庄一郎氏は現場トップとして露光装置開発を主導したこともあり、業界団体の要職を歴任。現社長の牛田一雄氏も日本半導体製造装置協会の会長を務めている。

また、ニコンでは吉田氏以降、現会長の木村真琴氏を除いて、5人中4人の社長が、露光装置を扱う精機事業のトップを経験している。世間的にはカメラの会社だが、社内的には露光装置の会社という見方ができる。そのニコンが露光装置事業を縮小する意味は大きい。

最先端領域で競合に敗北

では、なぜニコンは露光装置事業で苦境にあえぐのか。

まずは事業環境の厳しさがある。半導体は集積度が18~24カ月で2倍になるというムーアの法則によって微細化が進められているが、光学限界を超える領域に突入し、技術的難易度は高まっている。現在、量産で最先端のArF液浸露光装置の価格は1台50億円とも言われる。それを実現するための開発費の負担が膨大になるだけでなく、受注を逃した際の損失や在庫の廃棄・評価減が経営を圧迫する。例えば、ニコンに次ぐシェアを獲得しているキヤノンは、最先端のArF液浸露光装置について製品化の直前で開発を中止し、市場参入を見送った。

さらに強力な競合の存在もある。2000年代初頭から台頭してきた蘭ASMLだ。ASMLは現在の最先端のArF液浸露光技術をいち早く実用化したことや高い生産性などを強みに、ニコンやキヤノンから一気にシェアを奪っていった。現在はASMLが80%のシェアを獲得している状況にある。

これまでニコンでは販売台数増加による収益改善を目指してきた。しかし、思うように受注が伸びず、「(ASMLとの)規模の差から生じる競争力の差はもはや挽回不能」(岡昌志・副社長兼CFO)と実質的な敗北宣言を行う結果となった。

牛田社長が精機カンパニーのトップに就任したのは2005年、ちょうどASMLがシェアを拡大した時期と重なる。ASMLの強さや競争環境の激化を最前線で痛感させられてきただけに、牛田社長は今後の見通しが容易ならざるものといち早く判断するに至ったのだろう。

ニコンは永らくカメラの映像事業と露光装置の精機事業に支えられてきた。牛田社長としては、新規分野として医療事業を展開する意向だが、まだまだ成長には時間を要する。現状は映像事業と精機事業のテコ入れにまず注力するしかない。救いは装置事業のうち、液晶ディスプレーなど向けのFPD用露光装置が好調なこと。FPD用露光装置は、キヤノンと市場を二分しており、FPD用露光装置がしっかり利益を上げている間に、構造改革をやりきる構えだ。

もちろん半導体は最先端デバイスだけでなく、例えば成長が期待されるIoTでは数世代前の技術で対応できる。このため、成熟した技術領域での半導体露光装置の需要も根強い。ニコンは半導体露光装置では収益面を重視し、最先端分野は受注が見込める特定領域に限定し、成熟領域が中心の製品展開にシフトしていくと思われる。

しかし露光装置という半導体生産の心臓部の花形領域で、ニコンが最先端の開発競争から撤退することは、一企業の一事業が縮小する以上の意味を持ち、そのまま日本の技術力の低下を如実に示している。

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