経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

個人投資家の信用を取り戻し株式の長期的保有を促進する――清田 瞭(日本取引所グループ グループCEO)

清田 瞭

清田 瞭(きよた・あきら)1945年福岡県生まれ。69年早稲田大学政経学部を卒業し大和証券入社。74年ワシントン大学でMBAを取得。取締役、常務、副社長を経て99年大和証券SBキャピタル・マーケッツ(現大和証券)社長、2004年大和証券グループ本社副会長、大和総研理事長、08年会長、11年名誉会長。15年日本取引所グループ・グループCEOに就任した。

2016年の株価は大発会以降低調な相場が続いたが、トランプ次期大統領が決まったあと、円安が進み株価も年初来高値をつけた。果たして17年はいかなる年になるのか。また日本経済活性化のために何が必要なのか。日本取引所グループの清田瞭グループCEOに聞いた。聞き手=本誌/関 慎夫 写真=佐藤元樹

個人の銀行預金も事実上のマイナス金利

―― 米大統領選でトランプ氏が当選するまでは厳しい相場が続いていました。この1年を振り返った感想はいかがですか。

清田 2015年夏のチャイナショック以降の世界的な経済の不安定が日本にも波及してきたために、16年の株式市場は厳しいスタートとなりました。1月末に日本銀行がマイナス金利を導入しましたが、残念ながら必ずしも日銀やマーケットの思惑どおりにはならなかったように思われますし、6月にはブレグジット、そして米大統領選でトランプ候補の躍進もあって、先行きが見えなくなってしまいました。その結果、ブレグジット直後には為替が1ドル=100円を割る円高となるなど、日本経済にとってアゲンストとなり、株価も低調に推移しました。

―― ところがトランプ氏の当選した直後に株価は暴落したものの、翌日から跳ね上がりました。今後どうなっていくと予想されますか。

清田 もしクリントン大統領誕生だったなら、オバマ政権とそれほど大きな政策の違いはなかったでしょうが、トランプ次期大統領がどのような方針で臨むのか、現段階では読めないところがあります。心配なのは、アメリカの政策変更により、世界の外交、軍事が不安定化してしまうことです。

ただ、足元では米国金利の上昇と日銀のイールドカーブ・コントロールによって日米金利差が拡大したことで円安が進み、17年3月期の日本の企業業績は改善期待が出てきています。そういう意味では、今から振り返ると9月の日銀の政策変更は絶妙のタイミングだったと言えるわけですが、いずれにせよ、トランプ氏の当選を必ずしも悲観的にばかり受け止める必要はないのではないでしょうか。

―― 新大統領の方針如何で、日本経済にも大きな影響がありそうです。ただでさえ日本はデフレから脱却できず個人消費も回復しません。

清田 個人消費に関して言えば、今の金利では1千万円預けても利息は100円にもならない。その一方でATMを利用すると手数料を108円も取られてしまう。月に1回利用しても年間では約1300円。これは事実上のマイナス金利です。金融資産が利息を生まないわけですから、自分の老後を考えると今の消費を抑えて貯めようと考える。これでは個人消費は伸びず、物価も上がらない。結果、なかなかデフレから脱却できない状態が続いています。

定着してきた資本の生産性重視

―― 企業収益も、ここにきて伸び悩んでいます。かねてから日本企業のROEの低さが課題になっていますが、中間決算では業績の低迷に伴いさらに低下しています。

清田 前期の上場企業の平均ROEは8.5%でしたが、この中間期では7%台に低下しています。でも業績の落ち込みに比べると、ROEの下げ方のほうが小さくなっています。これは、企業経営者が資本の生産性を重視していることの表れです。

日本取引所グループは、15年6月に「コーポレートガバナンス・コード」を発表しています。これは実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめたもので、上場企業に対してはこの適用を求めています。

このコードの中には企業の資本の生産性を重視する経営への方向転換がうたわれています。利益に比べROEの落ち込みが小さかったのは、生産性重視が着実に進んできたのではないでしょうか。具体的には、不要不急の株式の持ち合いの解消や、有効に使われていないキャッシュを配当や自社株買いに回す動きが定着してきました。結果的にこれが資本の生産性向上につながっています。

もちろん、欧米企業に比べればまだ低い水準にとどまっていますが、経営者のマインドは確実に変わってきています。上場企業に対しては、決算のたびにコーポレートガバナンス報告書を出してもらっていますが、そこに書いたことは経営者にしてみれば約束ごとになります。日本の経営者は責任感が強いので、約束したことは守ろうとする。ですから、経営者の財務に対する意識は非常に高くなっています。

―― 財務部門を戦略的に活用しようとする企業が増えています。

清田 そのとおりです。マイナス金利の時代の到来が、それを加速しています。資金調達のコストがこれほど安い時代はありませんでした。ですからソフトバンクのように積極的なM&Aに打って出る企業も多い。財務戦略を考えるうえで、低金利は大きなチャンスを与えてくれています。

出生率アップへ大胆な出生手当

―― アベノミクスも5年目を迎えます。残念ながらスタート時の勢いはなく、日銀も量的緩和から金利誘導へと舵を切りましたが、なかなか有効な施策が打ち出しにくくなっています。

清田 15年に安倍首相は、「新.3本の矢」を発表しました。「GDP600兆円」「出生率1.8」「介護離職ゼロ」からなりますが、これはあくまで目標であって、そのために何をするべきか明確ではありません。

私はかねてから、政府はもっと積極的に人口問題に踏み込むべきだと考えています。財政出動にしても、モノではなく出生率引き上げにつなげるために使う。今でも待機児童ゼロへの取り組みなどを行っていますが、既に生まれた子どもへの支援です。それよりも、子どもを産みたくなる政策が必要です。子どもを産んでも経済的な苦労をする必要がない仕組みをつくる。私は10年前、大和総研理事長だった時代に、子ども1人につき毎月10万円の子ども出生手当を支給すべきと提案しました。このくらいのことをしなければ、出生率を伸ばすことはできません。

―― 財源はどうするのですか。

清田 日本再生勘定という特別会計をつくり、日本再生国債という国債を発行し、子ども手当に使います。

10年前の試算では、これにより毎年200万人の子どもが生まれる見込みでしたので、新生児から20歳までの子ども全員に手当を支給すると、年間48兆円が必要です。その一方で、消費税は20%(当時の5%→20%)に引き上げると年間約38兆円の増収が見込まれるため、差し引きすると年間10兆円の赤字です。ただ、4%程度の成長が期待されるため、40年後には特別会計は黒字化し、60年後には1千兆円の公的債務を完済できるというシミュレーション結果になりました。

残念ながら、10年前より人口増のペースも落ちると考えられますし、国家財政は悪化しているため、同じ結果にはなりませんが、出生率を上げたいのなら、ここまで思い切った政策を取る覚悟が必要なのです。

個人投資家の信用を得るために

―― 「貯蓄から投資へ」というスローガンが使われるようになってから随分と時間がたちました。でもこれだけの低金利であるにもかかわらず、個人金融資産に対する預貯金の比率は今でも5割を上回ります。なぜ株式に回らないのでしょう。

清田 1980年代のNTT上場や15年の郵政3社の上場時には一時的に個人投資家が増えました。でも値上がりするとすぐに売って、株から離れてしまっています。

なぜかと言えば、証券会社および証券市場が個人投資家の信用を十分には得られていないためです。残念ながら、何年かに一度、株価は大きく値を下げます。最近ではリーマンショックや東日本大震災で株価が下がりました。こういう「危機」があると、個人投資家は市場から逃げてしまいます。本来なら、長期保有でそれを乗り切れば、株は運用先として非常に魅力があるのに、そこを我慢できない。われわれは、投資家からより高い信頼を獲得し、苦しい相場でも証券市場に参加し続けてもらえるような関係を築く努力が必要なのではないかと考えています。

金融庁の森信親長官は「フィデューシャリー・デューティー」(受託者責任)という言葉をよくお使いになりますが、これは不透明な手数料収入など、日本の投資・運用業界の問題点を指摘した言葉です。つまり証券会社など金融機関が、自社の利益よりも投資家の利益を優先し投資家目線で提案できるようにならないことには個人投資家の信用は得られないということをおっしゃっています。

同時にわれわれは、投資家の金融リテラシーを高める努力をこれまで以上にやっていかなければなりません。東京証券取引所では、社会人を対象にセミナーを開くなどの活動を行っていますが、こういう機会を通じて、金融経済に関する知識や情報を提供しています。

株式投資を一気に増やすような施策はありませんが幸いNISAによって投資に興味を持つ人も増えていますし、今後は積み立て型NISAも解禁されるなど、条件が整ってきました。これからも地道な努力を続けていこうと考えています。

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