経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「経営者も労働者も“個の力”が求められている」――小林喜光(経済同友会代表幹事)

2016年に創立70周年を迎えた経済同友会。経済団体の存在意義が以前とは変わっていく中、経営者個人の集まりという特殊性を持つ同友会は今後どのような役割を果たしていくのか。小林喜光代表幹事に聞いた。聞き手=本誌/吉田 浩 写真=佐藤元樹

徹底的に考えをぶつけ合い方向性を見出すことに意義

小林喜光

小林喜光(こばやし・よしみつ)1946年生まれ。71年、東京大学大学院理学系研究科相関理化学専攻修了。ヘブライ大学、ピサ大学への留学を経て、74年三菱化成工業(現三菱化学)入社。2007年三菱ケミカルホールディングス社長、15年会長。同年経済同友会代表幹事に就任。理学博士。

―― 創立70周年の節目に出された提言「経済同友会2.0」の中で、経済団体の存在意義を問う項目がありましたね。

小林 経済団体と言ってもいろいろあります。業界を代表して、自治体や政府との交渉を行う団体もあります。その中で、経済同友会という団体は、あくまでも有志、個人の集まりです。会社を代表しているのでも、業界を代表しているのでもなく、一個人の意志で参加し、日本のためにどうすればいいのか、企業人として社会の中で自分をどのように律し、高めていけばいいのかを議論する。経済同友会は、そういう団体でした。

―― 今では変わっているということですか。

小林 もともと、一個人として自由な立場で闊達に議論をし、必要だと感じることは提言として主張していました。議論を基に、自社に持ち帰って経営に反映させることもありました。昔は、情報の流通が今ほど流動的ではなかったので、情報を持った者が勝つ、情報を持っている者が強いという明確なヒエラルキーが存在していたのです。しかし、今は情報は得ようとすれば誰でも手に入れることができます。だからこそ、経済人も自分の業界内等、狭い社会に閉じこもることが通用しなくなってきました。

そこで、70周年の提言として出した内容の中には「次代を担う若い人や、業界の枠、あるいは学術界や政界、官界とも積極的に交流をして、外との交流を盛んにしていこう」と謳っています。そうした点が、以前とは大きく変わった部分です。

―― 今まで以上に、経営者の人間力が問われるようになったのではないでしょうか。

小林 昔、社長はなかなか表に顔を出しませんでした。海外に出向いて交渉するのは専務や常務、国内でも表に立つのはそうした人たちで、社長個人が矢面に立つことは少なかった。そうすることで、カリスマ性を演出する面もあったのでしょう。いわば、社長は守られていたということです。しかし、今は社長自身が自分の言葉で語ることが求められています。社の内外を問わず、隠されたり、守られたりすることはなく、常に評価されます。経済同友会という団体は、入会しているだけでは意味がありません。さまざまな会議やイベントに参加して、議論することが最も求められている。それが、社長として「自分の言葉で語ること」のトレーニングになる。社長が鍛えられる場であることが経済同友会の存在意義の1つでもあります。

―― 経営者が集まることで、できることも変化しているのですか。

小林 変化はしていくのでしょうが、何よりも好きにやるしかありません。それぞれ思想も立場も違うので、全員一致でまとめ上げるのは非常に難しい。ただ、違うからこそ、徹底的に考えをぶつけ合い、その中から一定の方向性を作り上げていくことに意義があると思います。

日本の競争力は実際以上に低く見えている

―― そもそも日本はものづくり、技術で大きく成長した国です。これからの時代、それ以外の部分で世界をリードしていくことは可能なのでしょうか。

小林 今まで日本は国際的には、アメリカとまず付き合うという流れがありました。ところがドナルド・トランプが大統領になるとそうはいかない。自分の頭で考えて、舵を切らなければなりません。では、日本の武器は何か。まず、残念ながらプラットフォーマーではありません。IT、AIの世界でのトップランナーでもない。やはり、ものづくりの技術、データを生かした効率化といったこれまでの日本の強みをAIやIoTといったバーチャルの世界と結び付けて、マーケティングやサービス、あるいはセールスを強化していくことが重要になってくるのではないでしょうか。

―― 国際的には日本の競争力が落ちているといわれています。

小林 一番、厳しい状況にあるのがコンシューマーエレクトロニクスの分野です。日本は、研究開発、イノベーションでは先を進んでいました。例えば液晶技術や太陽電池の技術では、日本は最先端でした。ところがモジュール化・コモディティ化が進み、韓国や台湾、中国などが台頭してくると、競争力を失ってしまった。理屈が分かって部品が集められれば誰でも一定の品質のものを作ることができるようになったからです。これは、ものづくりの技術で成長してきた日本にとっては大きな打撃です。ほかにもサービス業の生産性の低さも問題です。低く見える一因には、円高があります。また、人材の流動性が低いことやエネルギーコストの高さも挙げられます。これでは製造業の競争力が低くなるのも当然です。

でも、こうした環境は変えることができます。エネルギー政策を転換し、人材の流動性を高める労働政策を採れば、それだけで変わってきます。アメリカが強く見えるのは、人材の流動性が高いことで、実力ある人がきちんと能力を発揮していることが一因でもあります。日本では企業が社員を解雇するのはかなりハードルが高く、社内失業者も相当数います。あとは、経営者の資質にも課題があると思います。

AIも加わり、企業と個人の関係が変わっていく

小林喜光―― 例えば、日本でもコーポレートガバナンスが叫ばれ、社外取締役制度の導入などが進んでいますが、こうしたことも経営者の力を上げることにつながるのでしょうか。

小林 確実につながるでしょう。これまでは、社内のある種のぬるま湯で経営者が選ばれてきていました。それが通用しなくなるわけです。これまで日本では、株主以外の顧客や取引先や社員が株主よりも優先されてきました。それらも非常に大切な存在ですが、株主をそこに加えてバランスを取らなければなりません。日本もROEだとかコーポレートガバナンス、スチュワードシップコードなど、欧米型の経営をより一層取り入れなければいけない。一方、アメリカやヨーロッパでは、社会貢献や知的財産といった非財務の部分の重要性が見直され、ただ儲ければいいというものではないという考えも進んでいます。これらのバランスが大事なんです。

―― 労働者の競争力についてはどう考えていますか。

小林 日本は集団としてなにかに取り組み、成果を出すという点では極めて優秀だと思います。個々の力は目立たなくても、集団になると傑出した能力を発揮する。こうした特性は、ものづくりに向いていました。ところが、今求められているのは個の力です。明らかに今の日本は、経営者も労働者も個の力が足りません。このままでは国際社会で通用しない。そこで必要なのは、自分の力で考える能力です。情報は均質化しているので何を知っているかではなく、どう考えるか、情報をどう生かすかを考える力が求められます。日本が世界で戦うにはそこの力をつけるしかないでしょう。

―― 提言「Japan2・0最適化社会に向けて」では、変革のターゲットを2045年とされました。企業と個人の関係はどうなっていると考えますか。

小林 企業という法人、そして個人に加えて、AIの存在が大きくなり、三つ巴の関係になっているのではないでしょうか。AIは、もっと分かりやすく言えば、ロボットですね。ディープラーニングが進めば、法人、個人に加えて「AI人」が生まれる可能性だってある。AI人は労働して納税をすることで、法人と個人に奉仕する。個人は人間にしかできないことで法人に貢献する。そこで法人は何をするのか。それを踏まえて、何をすべきかを考えていかなければならないと思います。

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