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新卒売り手市場の中、混迷する企業の人材採用戦略

6月1日より2018年度新卒者の選考が始まった。と言っても、それは経団連に加盟する大手企業だけの話。中小企業や外資系、ベンチャーなどは既に選考を開始しているところも多い。人材不足で空前の売り手市場といわれる今年、学生と企業の関係はどうなっているのだろうか。文=古賀寛明

激化する新卒人材の争奪戦

6月1日、経団連企業の採用選考が解禁された。大手企業が採用に関する面接など選考を始めることで、2018年卒業見込みの新卒学生の就職活動も本格化している。

対象となる学生は4年制大学の場合、1995年から96年生まれが中心。95年といえば1月に阪神・淡路大震災、3月に地下鉄サリン事件が起こった年で、「フォレスト・ガンプ/一期一会」や「トイ・ストーリー」といった映画が人気を博し、野茂英雄選手が大リーグで旋風を巻き起こした年でもある。その頃生まれた子どもが、現在就職活動を行っている。

リクルートワークス研究所によれば、18年大学生・大学院生卒が対象となる大卒の民間企業への就職希望者数は、昨年並みの42.3万人。一方で全国の民間企業の求人者数は、75.5万人と昨年比で2万1千人も増えている。求人倍率は1.78倍と、昨年に引き続き高く、いわゆる売り手市場である。日本の労働市場全体を見ても17年4月の有効求人倍率は1.48倍。バブル期の90年7月の1.46倍を超えたとニュースになったばかりだ。

昨年、17年度の就職内定率も97.6%(厚労省職業安定局調べ)と97年以降でもっとも高く、今年も、解禁から1週間もたたない6月上旬に就職情報サイトが、内定率は既に6割を超えると発表した。学生にとっては史上空前の追い風が吹き、企業にとっては人材争奪戦の時代到来といえる。

求人倍率の推移

狭き門に殺到する新卒学生

ところが、話はそう単純でもない。学生は希望する企業に就職できているのかといえば、そんなことはない。情報サイトによる内定率にしても、アンケートを返信した学生のデータで算出しているため、返信をしたがらない内定の取れていない学生は含まれていない。都内の中堅大学で就職やキャリアを担当する部長が言うには、昨年の実績を考慮しても、この時期では前年比で良いとしても23~24%程度の内定率で、6割超という数字はあり得ないと見ている。

続けて、「売り手市場だとメディアが煽りますから、当然学生も企業研究をおろそかにしがちで、まずはよく知っている企業を狙います。とはいえ、採用枠は限られており、狭き門へ殺到するのですから希望する企業に入れる学生はほとんどいないのが実情です」という。

学生に人気なのは食品や飲料、旅行に文具など、生活に密接に関わった業界で、たとえ業績が良く堅実な経営を長年続けている優良企業であっても、知名度が低いB2Bの企業などは人気がない。大学側が薦めても、最初は見向きもしないという。

しかし売り手市場とはいえ、リクルートキャリアの研究機関・就職みらい研究所の資料を見ると、求人倍率の中身は企業規模によっても業種によっても大きく違う。企業規模でいえば、従業員が300人未満の中小企業では6.45倍の高い求人倍率であるが、5千人以上の企業になると、0.39倍という狭き門になっている。

また、業種でも全く違う。人手不足が深刻化している流通業は11.32倍、建設業も9.41倍と高く、昨年に比べても人手不足は深刻化している。

ドライバー不足が叫ばれている物流業界も同様だ。宅配最大手のヤマト運輸も、例年どおりの150~180人規模の採用を行うが、応募状況は厳しいとのこと。一方、サービス・情報で0.44倍、金融で0.19倍となるなど業種によっては狭い入り口だ。志望する業種次第では例年と変わらないか、もしくは厳しい戦いが待っている。

つまり、よほど優秀な学生でない限りは、売り手市場であっても就職活動は楽ではないということだ。

希望する人材と欲しい人材のミスマッチ

もちろん売り手市場だけに企業側の苦戦は言うに及ばない。それは、就活生が殺到するあこがれの企業であっても、応募者イコール欲しい人材というわけではないからだ。

就職みらい研究所の岡崎仁美所長によれば、「フィンテックの時代が到来している金融業界などは、採用したい人材に優秀なエンジニアの占める割合が増えています。それで、製造業やIT企業などと人材獲得競争を行わなければならなくなっており、厳しさは増しています」。フィンテックはもちろん、AIやIoTなど、いまや業界を超えてエンジニアの争奪戦は激しくなっており、多くの企業が能力さえあれば新卒であっても、一般の社員とは全く違う待遇で迎え入れている。

人気企業といえば、航空会社も多くのキャビンアテンダント(CA)を抱え、依然として人気のある職業ではあるものの、やはり希望する人材と求める人材に差はあり、人材確保に危機感を持ち始めている。その対策のひとつとして外語大や女子大を中心に提携を行い、大学生のうちから即戦力になり得る人材の育成に携わっている。そこには採用につなげていく狙いが見え隠れする。

かつてのような経済規模が単純に拡大していく時代であれば求める人材も会社の命令を確実に、迅速にこなす人材でよかったが、ビジネスの舞台が世界に広がっている現代においては、グローバルで活躍できる人材、企業の求めるイノベーションを起こせそうな人材など、求める人物像のハードルは上がっている。そのため、たとえ人気企業で応募者が多くても採用には苦労しており、採用に掛けるコストも年々上がっている。

人手不足が深刻な中小企業の採用戦略

だが、それ以上に厳しい戦いを強いられているのが従業員300人未満のいわゆる中小企業。求人倍率は16年3月卒の3.59倍から翌17年3月卒は4.16倍に、18年3月卒、つまり今年は6.45倍にまで上がっている。なんとか内定者を出しても、売り手市場ということもあって内定辞退は珍しくない。当然、企業側も予定の人数よりも多くの内定者を出しているのだが、それが裏目に出ることもある。例えば、ある会社では3人の採用枠に対し、辞退者を見込んで10人の内定者を出していた。ところが9人がそのまま入社希望となり、今後2年間は採用できなくなってしまった、という話も聞く。

では、人材を確保するために企業はどの様な対策を立てているのだろうか。ひとつはそのまま採用を続け、時期をずらすといった方法だ。内定を出しても辞退が続けば採用活動を続けざるを得ない。大手企業の選考活動は10月頃に行われる内定式で終わりを迎える。しかし大手でも流通やサービス業、また中小企業などの人手不足が顕著なところは、その頃にも採用を続けている。その理由は学生側にもある。

学生も6月、7月は志望する業界に固執するものの、さすがに志望業界の採用活動が終りだし、8月の終わりごろに内定のひとつもないとようやく慌て始める。「就職活動が始まったばかりの頃は、どんなに優良企業でも知名度がないために見向きもしなかったが、9月頃になるとやっと自分と向き合い始めますね」(前出の就職部長)

ようやく、学生が中小企業に流れて来ても、それでも採用計画を満たせない企業は多いのが実情だ。新卒が難しければ中途を採用すればいいと考えたくもなるが、現状では中途採用でも人材確保は難しい。つまり、中小企業をはじめとする多くの企業で人材確保は困難を極めており、会社の存続にまでつながりかねない問題になっている。既に人が確保できないために会社をたたむといった話もでている。こうした問題に対する抜本的な解決策はないものの、現在効果が出ているものもある。それがインターンシップだ。

一定期間の就業体験を企業側が提供するインターンシップは大手企業でもよく行われているが、中小企業においても採用に結び付けて期待されている。一応、学業優先ということもあり、文科省などはインターンシップと採用は直結しないということを謳ってはいるが、厳密に守る企業などいない。

特に中小企業にとっては、会社と仕事を知ってもらう、またとないチャンスとなっている。

「中小企業が単独で行っても希望者を集めるのは難しいのですが、地方創生といった背景もあり、最近では国や自治体が後押しをして、学生と企業をコーディネートする団体も数多くあります。学生さんがインターンシップ先に就職するという保証はないのですが、繰り返していくと誰か1人は入社する学生も出てきます。その最初の1人が実は大事で、実績ができれば大学とのパイプとなり、それが次の就職につながるからです。繰り返しますが、最初の1人目が大事なんです」(岡崎所長)

外国人の採用にも期待

また、外国人の受け入れを熱心に行う企業も増えている。現在は、大学も外国人留学生を受け入れなければ学校の運営、維持ができなくなってしまうところも多い。そこで、そういった大学と手を組み、留学生の教育カリキュラムの中にインターンシップを組み込むといったことを行っている。

地方においては若者が少ないところが多い。そういった地域では、大学と企業が手を結び留学生までもこれからの働き手として期待している。

就職戦線を見て行くと「日本経済の発展に欠かせないイノベーション人材」も「会社の継続に欠かせない人材」のどちらも足りないことに気づく。人口減少の波が日本をじわじわと蝕んでいる。就職戦線で笑うものなどいまや誰もいないのだ。

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