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「ヒトココ」の原型となったコードレス電話の無線技術―久我一総 オーセンティックジャパン社長

九州松下電器(現パナソニック システムネットワークス)に就職し、バイヤーとしてマレーシアのメーカーからの部品調達に奔走、イギリスでは現地の責任者を務めた。担当していた商材であるPBXには『HITOCOCO(ヒトココ)』の原型となる技術があった。文=小林みやび Photo=幸田 森

コードレス電話の新機能が「ヒトココ」開発のヒントに

久我一総

(くが・かずふさ)1978年生まれ、福岡県出身。西南学院大学文学部外国語学科英語専攻卒業後、2002年パナソニックシステムネットワークス入社。SCM部門の責任者として英国子会社へ出向。10年に帰国後、商品企画部門へ異動。北米向け無線機器を担当。12年に同社を退職し、起業。現在に至る。

5年間に及ぶイギリス駐在を終え、帰国した久我氏は思い切って商品企画部門への異動希望を出した。購買部門から商品企画部門への異動は前例がない。文系学部出身ならなおさらだ。しかし長年、調達の現場にいた久我氏にはどうしても商品企画の現場でやってみたいことがあった。

製品は売り上げが下がると利益を確保するために原価を下げようとする。その圧力は部品の調達部門に来るため、バイヤーは仕入先にそれをぶつけるしかなくなる。仕入先も自分たちの利益を確保しなければならないから必死だ。まるで我慢比べのような重苦しい時間を、彼は何度も経験してきた。

「どうして、こんなことをしなければならないんだろう」

答えは分かっていた。「自分たちの商品が弱い」からだ。強い商品を作ることで、部品メーカーまで利益が十分に確保できる仕組みを作り上げたい。熱意は通じ、久我氏は北米向けコードレス電話機の商品開発に携わることになった。

商品開発に際しては市場調査のデータを参考にしていくのが一般的だが、久我氏はそれに目もくれず、 既存商品についてコールセンターに寄せられていた、何万件もの改善要望や苦情のデータを取り寄せた。それらを1件ずつ分類し、改善が必要な項目トップ10を割り出した。彼は開発に携わる技術者を呼んでこう告げた。

「今年は新機能の追加は必要ありません。代わりにこの10項目をつぶしましょう」

こうして、改善要望10項目がすべて盛り込まれることになった。ただ、唯一、例外として追加した新機能が「探し物発見機能」だ。広い家に暮らすアメリカ人は実によくモノを失くす。オプションでタグを買い、失くしがちなものにつけておくことで、いざ場所が分からなくなったときに電話機で探せる機能を組み込んだのだ。この「無線技術を使って探す」仕組みが、後のヒトココ開発のヒントとなったのは言うまでもない。

開発した電話機は売れた。驚くことに他のメーカーの電話機が10ドル~50ドル程度の価格になってしまっている中で、発売から5年たった今もシリーズ製品は100ドル以上の価格を保ち、売り上げランキングの上位をキープしている。彼は強い商品を生み出すことに成功したのだ。

ヒトココの商品化を目指して独立

華々しい実績をもって、このまま会社の中で出世していく道を選ぶこともできた。だが、ターニングポイントとなったのは、社内の技術者、芦塚哲也氏と飯田孝一氏との何気ない立ち話だった。「電話機に搭載した探し物を見つける機能って、ほかにも活用できるよね。例えば、人を救うとか」「できますかね?」「できるよー!」

軽々と言ってのける2人の技術者を見て、久我氏も一度は商品の企画を社内で提案してみようかと考えた。しかし、会社で新しいことをやろうとするといくつもの稟議を通さなければならず、競合他社との比較や市場分析のデータもまだ市場自体がないので準備できない。3人は「社内でこの企画は通らない」と予測した。

久我氏は勢い半分で宣言した。「僕が会社をつくりますよ。つくっちゃいます」

男に二言はない。「まずは自分が退職して会社を始めてみるので、軌道に乗りそうだったら来てください」

久我氏は10年間勤めた会社を後にした。希望の船出だった。

行動力を発揮しヒトココの開発資金を自前で準備

人を救うための無線技術を実用化すべく設立したのがオーセンティックジャパンだ。「オーセンティック(authentic)」は英語で「本物」という意味。本物の信頼できる商品・サービスを提供していくという強い想いを社名に込めた。

とはいえ、十分な資金を準備しての起業ではない。久我氏は当座をしのぐための商売を見つけるために、海外で開催された家電の見本市で目ぼしい商材をチェックし、その場で日本での代理店契約の交渉まで行った。お金を稼ぐ必要と共に、ベースにあったのは便利で品質のよいものを消費者に届けたいという思いだ。

ほかと比べて明らかに優れた音のブルートゥースのスピーカーは、大手販売店の店頭でショップスタッフに実際に音を聞かせて「いいでしょう!」とアピールし、バイヤーまでつないでもらった。スマホを立てて机上に置くことができる携帯型スマホスタンドは、側面に印刷が可能なため、販促グッズなどの用途で使える。彼は球団や政党などの“大御所”にも臆することなく営業の電話をかけ、次々と契約を取っていった。

すべては「無線技術で人を救う」ため。自力で稼いだ資金を元手に、久我氏は芦塚氏、飯田氏の2人と開発を急いだ。

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