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「認知的焦点化理論」で「運」は科学的に説明できる―藤井 聡(京都大学大学院工学研究科教授・内閣官房参与)

京都大学大学院工学研究科教授・内閣官房参与 藤井 聡氏

社会工学者であり、都市・国土計画および公共政策のための心理学が専門の藤井聡氏。第2次安倍政権の発足時から内閣官房参与として「防災・減災ニューディール」担当を務める。安倍政権が打ち出した「国土強靭化計画」の提唱者で、デフレ脱却と地方分散論を訴える。その藤井氏がそんな主張の根底にある「認知的焦点化理論」に基づき、「運」を心理的メカニズムや行動科学的に読み解く。文=榎本正義 Photo=佐藤元樹

藤井聡氏プロフィール

藤井聡

ふじい・さとし 1968年奈良県生まれ。93年京都大学大学院工学研究科修士課程修了。2006年東京工業大学大学院理工学研究科教授、09年京都大学大学院工学研究科教授、11年同大学レジリエンス研究ユニット長(兼任)。12年第2次安倍内閣の内閣官房参与(防災・減災ニューディール政策担当)に任命される。16年京都大学レジリエンス実践ユニット長(兼任)。

藤井聡氏が主張する「認知的焦点化理論とは

利他的な人ほど得が増える

 運は科学的に説明できるものではないと思われている。

 しかし私は、かなりの部分を心理的メカニズムや行動科学的に説明できると考え、「認知的焦点化理論」を主張している。人間が心の奥底で何に焦点を当てているか、に着目した心理学理論で、ある人が物事に向き合うときに、どのくらい他人のことを配慮できるかという観点から、人を分類しようとする試みだ。

 図に表すと、横軸は社会的・心理的距離を示し、自分を起点として、家族・恋人→友人→知人→他人……と、右に進むほど関係は遠くなる。縦軸は時間軸。物事の対処に当たり、思いを及ぼす時間の軸を示すもの。そしてこれらの横軸と縦軸を結ぶ曲線で囲まれた面積が、「配慮範囲」を表す。

 「現在のことだけ」狭く配慮する利己的な人は狭く、「社会全体の将来まで」広く配慮する利他的な人は広い。そしてこの配慮範囲が広い利他的な人ほど得が増え、面積が狭い利己的な人ほど損が増える、というのが私の研究から導き出される結論だ。

 まず、最近の心理学研究で分かってきたのは、人間を協力するか裏切るかで分析して初めて明らかになる社会構造がある、ということ。裏切り続ける人が多くなると、戦争が続いたり、泥棒が増えたり、嘘が蔓延する無秩序社会になる。

 一方、協力する人が多くなると秩序が保てて安寧の世界が訪れる。だから協力か裏切りかの二者択一の中で、「協力する力」を持った部族・集団が生き残り、裏切ることしかできない部族・集団より優位に立つことができた。

協力する力の進化に必要な「裏切り者検知能力」

 こうして人類は協力することで進化してきたということが進化心理学という新しい学問から分かってきた。

 ただしその「協力する力」が進化するには、「裏切り者検知能力」が必須だ。

 例えば100人の人間がいて、全員協力すれば世の中うまくいくが、1人でも裏切り者がいて、協力する素振りをして裏切り(=詐欺)を続ければ、この1人に99人は搾取され、秩序が破壊される。

 例えば銀行という組織は着服する行員が1人もいないことが前提であって、誰か1人がバレずに巨額な着服をし続ければ、いずれは倒産する。だから協力が進化するには、裏切り者を検知(発見)する能力が不可欠なのだ。

 つまりイヌが嗅覚を高度に発達させることで生き残ったように、社会的な存在である人間は裏切り者(悪者)を見破る能力を進化させることで初めて繁栄を手にしたのである。

認知的焦点化理論と「運」「不運」

人間が受け継ぐ「悪者」を瞬時に検知する遺伝子

 人間には悪者を見破り、裏切り者を検知する能力が備わっているが、それにももちろん個人差がある。

 しかし「見破り能力」が弱い人々は誰かに騙され、生き延びることができなかった。だから今日生きている私たちは皆、一定以上の騙されない能力を持った人々の子孫であり、「悪者・裏切り者」を瞬時に検知する遺伝子を受け継いでいるのである。

 この人はどこか胡散臭いなとか、何か嘘をついている、悪い人だといったことを私たちは勘で瞬時に判断するが、それは意外にもかなり正確だ。

 例えばいい人だと思っていた人物が店員にとった横柄な態度を垣間見たり、目が笑っていないことを発見した瞬間に感じる違和感などがそれだ。

 われわれはお互いにこうしたことを潜在意識の中で常に読みあっている。この人は自分のことを裏切っているなと思うと「嫌」と感じ、距離を置く。ところが協力的な人には、どことなく気持ちよくなり、どんどん近づいて距離が縮まっていく。

 もちろん「運」は予測できない現象であり、制御不能。だが、そんな予測できない運の良し悪しがあるのは、人間には「誰もが意識できない潜在意識」があり、その「癖」がいい人や悪い人をおびき寄せているからなのだ。

 人を助けてしまう人は、そう意識して助けるのではない。それは潜在意識の中で、認知的焦点化理論で言う「みんな」の「先々のこと」まで考えてしまう「癖」を持つからだ。そんな人なら、いろんな人を引きつけ、互いに感謝し助け合う互恵の関係を容易につくりあげる。

 結果、例えば一方が1を与えたら、相手は「ありがとう」と感謝して、その1.5を返す。こうして仕事でもプライベートでも相乗効果が生まれ、幸福な家族や強靭な職場組織が築き上げられていく。だから、利他性の高い人ほど、知らず知らずのうちに豊かな人生になっていくのだ。

 一方、認知的焦点化理論で言う「自分」だけを考える癖を持った利己的な人は皆から嫌われ、結局「こいつは利用できるかも」と言って近づいてくる奴だけとしか付き合えない。

 結果、互いに利用して騙そうとするので、万事うまくいかなくなる。仕事でもプライベートでも、継続的に協力し合って富や幸せを築けない。そのとき彼らは「自分には運がない、不幸だ」と感じるわけだ。

デフレが続くのは「運」がないからなのか?

 私の専門はインフラを扱う土木の計画論で、都市政策や公共政策を研究しているが、その根幹にある「協力と裏切り問題」に関心を寄せる人が増えてきている。

 例えば車の渋滞や環境問題は結局、皆が自分のことだけを考える「裏切り」で生まれる。公共事業でも、「公益」のために必要な事業が、一部の人々が皆を裏切って「私益」を優先させて反対すれば、それだけで事業は止まり、皆が大きな損害を受ける(防災事業等はその典型だ)。

 デフレも、人々がお金を貯め、企業も内部留保を貯めて消費・投資しないから起こっている。お金を貯めるというのは、協力裏切り問題から言えば、公益を毀損する「裏切り行為」の側面がある。つまり経済現象も裏切るか協力するかの二者択一に根本的に左右されており、そこには以上に述べたメカニズムが深く関わっている。

 デフレが続くのは日本に「運」がないからでなく、「今だけ自分だけ」しか注視しない姑息な日本人が増えたからなのだ。

 そんな日本人は、過剰競争による物価下落を歓迎し、子孫のための公共投資に反対する。結果、内需は増えず、デフレはいつまでも続くことになる。デフレ脱却に今日本に必要なのは、究極的には他人や将来を考えることができる心の余裕なのだ。(談)

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