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 松下幸之助に学ぶ「強運になる方法」―江口克彦(江口オフィス社長

江口オフィス社長 江口克彦氏

松下電器産業(現パナソニック)入社後、PHP研究所で秘書となり、松下幸之助氏が亡くなるまでの23年間、側近として過ごした江口克彦氏。松下幸之助哲学の継承者、伝承者と評され、松下氏に関する著者、講演も多い。その江口氏が直々に教えられた運を強くする方法とは――。文=榎本正義 Photo=佐藤元樹

取材協力者プロフィール

江口克彦

えぐち・かつひこ 1940年名古屋市生まれ。江口オフィス社長、経済学博士、前参議院議員。慶応義塾大学法学部卒業後、松下電器産業(現パナソニック)入社。67年にPHP研究所に転じ、松下幸之助氏の秘書となる。同研究所で秘書室長、取締役、常務、専務などを経て、2004年社長に就任。23年間松下氏のもとで薫陶を受ける。一方で、道州制ビジョン懇談会座長(内閣官房)、沖縄新世代経営者塾塾長(内閣府)などを務め、政府への提言を行う。『ひとことの力 松下幸之助の言葉』『松下幸之助はなぜ成功したのか』(以上、東洋経済新報社)、『凡々たる非凡 松下幸之助とは何か』(H&I社)ほか著書多数。

松下幸之助氏を側で見てきて思うこと

「運がいい」と「運が強い」の違い

 人生で実力がものをいうと言われるが、松下幸之助さんは実力は10%、運が90%だと言っていた。日本人として生まれたのも、この時代に生まれたのも自分の意志ではない。生まれた家も、環境も、言わば運命で自分が決めたものではない。確かに松下さんの言うとおり、運が90%だと言っても過言ではないだろう。

 ところで、私が松下幸之助さんを長年、側で見てきて思うのは、「運がいい」ということと「運が強い」ということは、違うということである。「運がいい」というのは、たまたま「幸運」に恵まれること。例えば、宝くじに当たったとか、お店に行ったら思いがけず3割引の日だったり。まぁ、偶然に左右されるもの、一時的なものということである。

 しかし、「運が強い」「強運」というのは、いい運が継続されるということだと思う。では、「運を強くする」には、どうしたらいいのか。人生には、いいこともあれば、悪いこともある。それを、すべてひっくるめて運が強い、あるいは運がいいと受け止めること。

 言い換えれば、いいことも悪いことも、「大肯定すること」によって、運を強くすることができるということである。まさにニーチェの「永遠回帰の指輪」であり、カーライルの「永遠の肯定」である。

 松下幸之助さん自身の話を聞いていると、その思いを強くする。父親が米相場に手を出し、蓄財を一夜のうちに失う。

 そのため、小学校は4年中退、親姉兄の9人は、松下さんが26歳までにほとんど、結核で亡くなる。加えて、自身も20歳の時に、結核の初期症状である肺尖カタルにかかり、4、5年後にようやく病院に行くが、途中で血を吐いたりしている。

 こういう話を聞くと、私などは、つくづく運の悪い人だと思う。しかし、松下さんはこのように父親が米相場で失敗したこと、小学校を4年で中退したこと、家族をすべて亡くしたこと、自身も肺尖カタルにかかったことなど、こういうことが、自分にとっては運が強かったことだと解釈していた。

 なぜならば、父親の失敗のお陰で、船場(せんば)に出て、商売の勉強ができたこと、小学校4年中退で勉強できなかったことによって、多くの人たちにものを尋ねることを身につけ、それが衆知を集める経営を考え出したこと。

 また、身体が弱かったために、そのお陰で事業部制、言わば会社内会社を考え、そのことによって人材を育成することができたこと。だから、私がなんと不幸な、と思うことを、松下さんは自分の運の強さの証しとしてよく話をしていた。

松下幸之助に学ぶ「強運になる方法」

否定ではなく大肯定する

 明治43(1910)年に、松下さんは大阪電灯(現関西電力)に就職したが、欠員待ちになり、桜セメントに臨時就職している。桜セメントは、大阪湾の中の埋立地にあり、通勤するには毎日ポンポン船に乗らなければならなかった。

 ある夏の日、工場からの帰り、船べりに腰をかけていたところ、その船べりの上を歩いてきた船員が、ちょうど松下さんが座っているところで足をすべらし、転落。その時、船員は松下さんに抱きついたため、松下さんも転落した。この話は、時折、笑いながら話をしてくれたが、最初、私はなんと運の悪いことよ、と思った。

 だが、松下さんは笑いながら、「ワシは運が強いやろ」と言う。なぜか。それは松下さんが水に数分間浮くことを心得ていたこと。そして、すぐに船が戻ってきてくれたこと。しかも、幸いに真夏であったこと。「これが浮く心得がなかったり、船が気がつかなかったり、真冬であったりすれば、それで溺れ死んでいただろう。そう思うと、いかに自分が運が強いかとしみじみと思う」と言っていた。

 私が否定的に不運、不幸と受け止めることを、松下さんは、だから自分は運が強いという解釈をする。大肯定をする。そういう普通であれば否定的にとらえるところを大肯定するところが、非常に私には興味深かった。

 もうひとつ松下さんが話をしていたのは、独立して間もなく自転車の後ろに商品を載せて走っていた時、自動車と衝突して、自転車はぺしゃんこになるだけでなく、当然のこと荷台の商品は路上に散乱。そこは市電が走っていた道であり、まさに電車が、倒れている松下さんの数メートル先で停車した。

 自動車に跳ね飛ばされたり、商品が散乱したり、なんと不運なことかと私は思うが、松下さんはこれまた運が強かったと言う。自動車に衝突しながらけがをしなかったこと、電車が止まってくれたこと。そう言いながら、「わしはつくづく運が強いと思うわ」と言っていた。

 こういう話は、いくつも聞かされた。「松下さんは運が強い、運が強くなる方法は?」と多くの人から尋ねられたが、その都度、松下さんは「わしは運が強いから、運が強いんですわ」と言って、呵々と笑っていた。

 私は運が強くなる方法は、松下さんのように、すべてのことを大肯定することにあるのではないか。私のようなものは、とかく否定的に考えてしまうことを、良かったとすべてを肯定する。そういうことが、運が強くなるひとつの条件ではないかということである。

「大肯定」以外の強運になる条件とは

 大肯定するだけで、運が強くなるかと言うとそれだけでは運は強くはならない。もうひとつ条件が必要である。それは、大努力である。「大肯定と大努力」。この2つの条件によって、強い運を身につけることができるのである。

 すべてのことを大肯定した後、そのままではいけない。大肯定した後、明日に向かって、次に向かって、人並み以上の大努力をすることが必要である。松下幸之助さんの人生は、大肯定をしつつ、人並みはずれた努力、想像を絶する努力工夫を積み重ねる人生だったということは付け加えておかなければならないことだろう。

 運が強くなる方法を私の立場からもうひとつ、付け加えさせていただければ、「運の強い人のそばで一緒に過ごすこと」だということである。なぜならば、「運の強い人の大肯定と大努力が強い運をつくるということ」を学び、自分自身でも実践するようになるからである。(談)

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